第116話 覚醒

 奴の頭部、特に兜の隙間から見える光る目に向けての魔法攻撃。フェイク杖ズミさんのコントロールは完璧、また敵の注意が俺にしか向けられていなかったのもあって、狙い取り爆発は奴の兜の内部で巻き起こった。外からの攻撃が駄目なら内部から、そんな当たり前な考えからの攻撃だが、効果は如何ほどだろうか?


「……ひゃ、ひゃっひゃひゃひゃ! だからよぉ、効かねぇんだよ! そんなチンケな攻撃なんてよぉぉぉ!」


 安い笑い声と共に、爆発の中から大黒霊の頭部が再び姿を現す。声色からも分かる通り、魔法攻撃によるダメージは殆どないに等しい。なるほど、あの全身鎧に関しては、外からも内からも万全の備えがあると思って良いようだ。弱点らしい見た目をしているあの光る目も、ダミーに過ぎないと。って事は、だ。


「さて、どうしたものかな。ものは試しに足の裏でも攻撃してみようか?」


 『増殖』で増やした黒霊は、術者の意思でその存在を解除する事ができる。残弾を撃ち終え、やる事がなくなったフェイク杖ズミさんを解除。同時に、格納内で新たに黒霊を増殖。


「ひゃっは! いつまでその減らず口を叩けるかなぁっ!?」


 攻撃を受け切った事に気を良くしたのか、またも単純な物理攻撃を仕掛けて来る大黒霊。横払いに放たれた剣を跳躍で躱し、次なる標的へと狙いを定める。


「今だ」

「ウヴォッ!」


 空中で取り出すはフェイクハゼ斧、上段にダリウスソードを構える俺と同じ格好、得物である斧を振り上げた状態での召喚だ。そしてこれを、俺達の真下を通り過ぎようとしている奴の長剣に叩きつける。手に伝わるは確かな感触、直撃を受けた長剣の刃はパキパキと薄氷が割れるような音を奏でていた。


「ぐうおっ!?」


 俺とハゼ斧が二連撃を放った後、なぜか大黒霊からもそんな声が漏れ出す。演技でしていた苦しみ声ではなく、本気の苦しみ様である。ここまで分かりやすいと、逆に罠じゃないかと疑ってしまうよ。俺達が地面に着地する辺りで、大黒霊は背後へと大きく下がり始めていた。


「ウヴォヴォ―……」

「ああ、一撃――― いや、二撃を食らったくらいで、そんな臆病にならないでほしいものだよな。おい、さっきまでの威勢はどうしたんだ? もっと減らず口を叩いてみせろよ?」

「………」


 ここに来て初めて、俺の挑発に乗らずに黙り込んだ大黒霊。奴が持つ長剣を注視すると、僅かにではあるが、刃に亀裂が走っているのが見えた。あからさまに警戒している様子だ。


「……分かった。別にお前に喋らすのが目的じゃないからな。じゃ、取り敢えずこれからは、その剣を狙う事にするよ。何か大事そうにしているみたいだし、攻撃の効かない鎧を狙うよりかは効果的だよな?」


 奴の弱点は本体の鎧などではなく、得物である筈の剣。そう判断した俺は揺さぶりをかけつつ、後ずさる奴へと近づくべく、歩みを進めた。



    ◇    ◇    ◇    



 戦いが激化する中、ダリウスはとある理由で唖然していた。ベクトと共に探索をしていたオルカが死んでしまったから? それはそうだろう。十分動揺するに足る理由だ。しかし、黒檻での探索で死は付き物、戦いの最中にまで、ダリウスが引き摺る事ではない。では、続きに続いた戦いが更に続き、四体目の新たな敵が現れたから? いいや、それこそ理由にはなり得ないだろう。黒檻という世界は何が起こるか予測ができず、場合によってはそんな事も起こるだろうと、ダリウスは知っているからだ。では、なぜダリウスは驚いているのだろうか?


「フェイクハゼ斧、攻撃は俺が躱しとくから、一旦解除だ。またよろしくな」


 その理由はこの戦いの中で起きた、ベクトの心境の変化にあった。石橋を叩いて渡る、入念に叩いて渡る、三度確認するまでは渡りませんを地で行うベクトは、その慎重さをこれまでの探索に活かし、ダブルの探索者にまで到達した。そんなベクトの探索者としての相性は大変に良く、オルカからも天性の探索者気質であると、そう褒められる事があったくらいだ。


「うらぁぁぁっ!」

「自分の武器が自分の弱点でもある。何とも使い辛いものだよな。道理で床や壁はその剣で傷つけない訳だ。オルカがお前に授けた力、だっけ? なるほど、同時に弱点も授けてくれた訳だ。俺としては感謝しなきゃだ」

「だぁまれぇぇぇ!」


 大黒霊が力任せに剣を振り回す。普通であれば、圧倒的な脅威に恐怖するのは探索者側である筈だ。しかし、この戦いにおいて恐怖という感情を感じているのは、ベクトではなく、むしろ大黒霊の方であった。大黒霊に意思があり感情がある、という点も通常の大黒霊戦とは異なるファクターであるが、それを考慮したとしても、この事態は異常であったのだ。


(いつもの相棒であれば、恐怖を感じながらもそれに抗い、自分にできる最善の行動を考え、己の正義心や道徳心を貫こうとする。じゃが、今の相棒はどうじゃ? 全く恐怖を感じておらん。最善を尽くすという一点においては同じじゃが、その選択に迷いがない。敵の反感を買うであろう言葉を巧みに操り、かなり危険な行為であったとしても、それが最も効果的であれば躊躇も一切せんと見える。これは一体……)


 ベクトはこの大黒霊を立ち回りやすい相手と評価していたが、ダリウスからすれば前回、前々回の大黒霊を大きく上回る強さを持つ、圧倒的な強敵としか思えなかった。一撃一撃が凶悪な威力を誇るあの斬撃に当たれば、ベクトの体は装備ごと両断されてしまう事だろう。剣身から放たれる氷の魔法に少しでも触れれば、肉体が一瞬で凍結、再起不能に陥ってしまうだろう。敵の基本的な身体能力だってそうだ。攻撃・防御・スピード、それらのどれを取ってみても、ベクトが勝っているものは何もないだろう。だが、そんな状況下でベクトは、この大黒霊を圧倒している。


「このクッソがぁぁ! ならよぉ、二本の剣ならどうだよぉぉぉ!?」


 大黒霊が自らに突き刺さった二本目の剣を抜き取り、左手にそれを装着する。巨体が二本の巨剣を構えるその様は、絶望的なまでに威圧感があるものだ。但し、相対あいたいするベクトが抱いた感想には、毛ほどもそのような要素は含まれていないようだった。


「何度もクソクソ言いやがって、ボキャブラリーの乏しい奴だ。というか、剣の一本も満足に操れない奴が、更に技術を要する二刀流なんかできると思っているのか? ダガーみたいな短剣ならまだしも、その長剣はお前にはまだ無理だ。大人しく元のスタイルに戻るのを勧めるぞ?」

「へ、へへっ、強がるなよ。本当はこの二本の剣が恐ろしく恐ろしくて、そうやって下手な挑発をしているんだろう? 俺は騙されない、ああ、騙されねぇよ……!」

「そうか。なら、ありがとう。こっちとしては、狙う的が多くなって嬉しいくらいだったんだ。助かるよ」

「―――ッ! ならぁやってみろやああぁぁぁ!」


 大黒霊が猛り、二本の剣が乱舞する。単純に手数が増え、戦場は更に激しさを増す。しかし、それでも大黒霊の攻撃がベクトに届く事はなかった。


(まるで別人…… オルカの死が、彼女を解放せんとする鉄の意志が、相棒の覚悟に繋がったとでも言うのか? 死に対する臆病なまでの嗅覚をそのままに、感情から恐怖を排除――― つまりそれは、最善手を躊躇する事なく、瞬時に実行できる事を示す!)


 基本となる剣による直接攻撃、そこから派生する氷塊、鎧の隙間から穴から放出される冷気、凍結した床によるスリップ等々、ベクトはこの戦いにおける注意点を的確に見抜いていた。敵の操る剣が一本から二本に変わったところで、ベクトの成す行動が変わる事はない。


「フェイクホワイト、そろそろ一本貰おう」

「ゴオオ!」


 格納から飛び出たフェイクホワイトの一撃が、何度も攻撃し続けた大黒霊の一本目の剣にヒット。刃に走った亀裂は限界を迎え、粉々に砕け散る。


(なるほど、これは…… 相棒の、探索者としての――― 覚醒!)


 ダリウスの心の声を置き去りにするように、ベクトは次なる弱点もくひょうに向かって走り出していた。

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