第113話 フェイク
『増殖』、この霊刻印は俺が初めて戦った大黒霊、黒ネズミから会得したものだ。黒ネズミはこの霊刻印(恐らくはもっと高レベルであるだろうが)を使い、格納内にいる手下のネズミを無限に増殖させていた。最終的には配下ネズミの大群で巨大ネズミを形成し、攻防一体となる離れ業を披露してくれたっけ。当然、俺はそれら戦法に大いに苦しめられた。
そんな一見優秀そうに見えるこの霊刻印であるが、入手してみると意外と使いどころに困る能力でもあった。普通に使ったところで敵の黒霊を増やすだけの効果なので、『統率・屍』のような使役系の力とセットで使うのはまず必須条件。しかも、ただ増やすだけでは使役できる限界数へ直ぐに達してしまう為、そこからもう一工夫が必要になってしまうのだ。無限に増殖し、更には無限に使役できていた黒ネズミが、如何にズルをしていたかが理解できるだろう。
上記の問題はもちろんの事、『格納・屍』の枠残数が不足したりと、これまではなかなか試してみる機会に恵まれなかった。というか、試す余裕もなかった。しかし現在は、『格納・屍』のレベルが4に、格納できる黒霊の数も最大で9枠にまで上昇。ホワイトを格納内に戻したとしても、ハゼ槍ハゼ斧が抜けているこの状況であれば、空きが3枠できる事になる。この条件を利用して、何か有効に『増殖』を使う手立てはないか? そう考えに考え到達した奥の手というのが、このフェイクホワイトだったのだ。
と、色々と理屈を並べてみたが、まあやる事は単純明快だ。格納内にいるオリジナルホワイトを枠一杯まで増殖、増やしたフェイクホワイト格納から一斉放出、またオリジナルホワイトを増殖――― そんな感じで、このパターンを繰り返すだけだ。
「フェイクホワイト!」
「ゴオオォーーー!」
「ゴォルルルゥ!」
「ゴォオオオオオォ!」
格納から次々と放たれるフェイクホワイトが、攻撃対象であるクロノスへと一直線に突貫する。俺の『増殖』で複製された黒霊は、オリジナルよりも能力が一段階ほど劣り、また一定時間が過ぎると勝手に消え去ってしまうという特徴を有している。一度に複製できる最大数は三体までと、他にもそんなデメリットが存在するが、この攻撃方法であれば、極力デメリットを無視して複製体を運用する事が可能だ。
「気持ヂ悪イ気持ヂ悪イ! 腐ッタゾンビィ、何デェ走ルノォォォ!?」
その理由の一つがこれ、放たれたフェイクホワイトが、最初の一撃に全てを懸けている点にある。タイムリミットが決まっているからこそできる、捨て身の戦法とも呼べるだろうか。黒ネズミの配下をいくら倒しても意味がなかった時と同じように、フェイクホワイトがいくら倒されようとも、オリジナルホワイトさえ俺の格納内で生存していれば、複製の要領用法を守っている限り、ほぼ無制限に生成する事ができる。それ即ち、身を挺して敵に突貫できるという訳だ。たった今クロノスも言っていたが、正しくゾンビアタックである。
「ゴオォルゥ!」
「ムウウゥゥ、邪魔邪魔ァ、邪魔ダッテェェ! オルカ、コンナニ大キクナイ、沢山イナイィィ!」
更に第二の理由、格納内と格納外とでは、最大三体まで複製可能という制限が別枠扱いになっている点だ。ホワイトほど強大な黒霊を増殖させるとなれば、それなりの時間を要してしまうのが、ぶっちゃけ正直なところ。しかし、格納で生成したフェイクホワイト三体を外に出して戦わせ、その間にまた格納内で新たなフェイクホワイトを三体生成すれば、バデンが起こした弾切れのような隙は生じない。銃に喩えて言ってしまえば、銃弾が敵に向かっている最中に、次の装填を済ましているようなものだからだ。フェイクホワイトが一体倒されたら、次の一体を戦場に投入、格納でフェイクを増殖。この流れを繰り返す事で、宛ら機関銃の如くフェイクホワイトを放つ事ができる訳だ。
「オルカァ、オルガアアァァァ!」
「ギャン……!」
しかし、流石に強いな。能力の劣るフェイクホワイトとはいえ、クロノスはその殆どを一撃で仕留めている。アイアンメイデンの
決定打を与えるとなれば、クロノスの弱点部位を探し出すのがベターだろうか。頭部も駄目、体に攻撃しても駄目となれば――― やはり、残るはあそこしかない。
「フェイク、奴の扉を抉じ開けろ!」
「「「ゴォォルルゥ!」」」
俺の指示の応じ、フェイク達の攻撃がアイアンメイデンへと集中。鋭い牙と爪でクロノスの頭部を攻撃すれば、クロノスも対抗しようと拷問器具の
「良くやった! 後は、任せろおおおぉぉぉ!」
フェイク達が作ってくれた折角のチャンス、絶対無駄にはしない。そんな想いの中で俺が投擲したのは『刃の太陽』、盾型凶悪ブーメランだった。
―――ギギギィッ!
アリーシャ直伝の完璧なフォームから投じられた魂の一投が、空を切り裂く不気味な音と共にクロノスへと向かって行く。
「卑怯卑怯! デモ無駄ァ! コンナ犬ッコロ、幾ラ嗾ケタトコロデェ、僕ハ、私ハ、俺ハァ挫ケナイ止マラナイィィィ! 何故ナラァ、オルカ二ハ生キテ欲シ―――」
「―――ああ、その気持ちは俺も一緒だよ。だから、もう眠れ」
クロノスの
俺が狙った部位は、唯一クロノスを内部から攻撃する事ができる、アイアンメイデンの内側だ。通常のそれであれば内部も鉄製で、耐久性は外側と変わりないだろう。しかし奴は黒霊であり、声もそこから出していた。つまり、ミミックのような無機物を模した怪物ではないかと、そんな風に考えたのだ。ミミックであれば口の中身は生身、あのアイアンメイデンも同様に生身であれば、それは十分に弱点となり得る。
……と、ここまで予想を立ててはみたものの、実際にそうである確信はない。希望的観測と勘によるところが殆どの、穴だらけの予想だ。これが外れてしまえば、もうクロノスに弱点らしい部位は思い当たらず、小さなダメージを延々と重ねて倒すしかなくなる。そうなれば、瀕死の状態にあるオルカは…… だから、頼むよクロノス。これで倒れてくれ。俺は新たなるフェイクを増殖させつつ、そう強く願った。盾が入った次の瞬間に
「……? ガッ、ゴオッ……!?」
変化は直ぐに始まった。どこからか聞こえて来る肉を切り裂く音、メキメキと硬い何かが軋む音、そして急に苦しみ始めたクロノス。ここに至って初めて、俺は大きく息を吐く事ができた。
―――バキバキバキッ!
アイアンメイデンの、クロノスの
「イダ、イダ、イダイ、イィィ……」
絞り出すようにそんな言葉を口にしたクロノスは、半壊したアイアンメイデンから大量の血を流しながら、前のめりに倒れ込んだ。
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