第112話 成れの果て

「ふっっざぁけんじゃねぇぇーーー!」


 バデンの叫びと共に、奴の銃声がこのエリアに木霊する。銃弾の向かう先は、俺達からバデンの真上に潜んでいた黒霊へと移り変わっていた。


「マタ奇襲、マタ奇襲、本当二、良グナイィヨォォーーー!?」

「こ、のっ、化け物がぁぁぁ!」


 バデンによる決死の攻撃が何度も直撃するも、新たに登場した黒霊は殆どダメージを負っている様子がなかった。放たれた銃弾の嵐は黒霊の頭部(?)へとヒットするが、その全てが弾かれてしまうのだ。


 しかし、奇妙な姿だ。今にもバデンに襲い掛かりそうになっている黒霊は、頭部が鉄の処女――― 所謂アイアンメイデンと言われる、内部が針で覆われた鉄人形型の拷問器具になっており、そこにある両扉が口代わりになっているようなのだ。そんなアイアンメイデンを模した頭部の下には、影のように真っ黒で、伸縮自在かつ巨大な四肢が付いている。まあ、何だ。簡単に言ってしまえば手足のある不気味なアイアンメイデンなのだが、目の前に広がるこの光景は、とてもじゃないが簡単の一言では片付けられそうにない。事実、バデンの右腕とやらは一撃で粉砕され、仮面のみが地面に残されてしまった。


「まさか、黒霊に助けられる事になるとはな。言葉を話すって事は、ある程度の理性が…… いや、少なくとも正気ではなさそうか」

「ハァ、ハァ……」


 何度も何度も発砲を続け、遂には弾切れを起こしてしまうバデン。一方の黒霊は言葉とは裏腹に奇襲を仕掛けた形ではあるが、それでもダブルの探索者であるバデンを圧倒している。頼りになる援軍、されどバデンが倒されれば、次は俺達の番だ。無視して素通りできれば一番良いけど、果たしてそれを許してくれるかどうか。


「ハァ…… ク、クロノスだ……」

「えっ?」

「あの黒霊…… 恐らく、クロノスが黒霊化…… したもの、だろう…… 声は、まるで違う、が…… 一瞬、私の名を、呼んでいた……」

「……マジかよ。それじゃあ、黒霊化したクロノスに助けられた事になるのか。なら―――」

「―――ベクト、黒霊化した、探索者は…… 生前の名残を、僅かに持っている、だけだ…… 情に訴えるとか、記憶を思い出させる、とか…… そんな甘い事を、考えるべきじゃ、ない……」


 剣を地面に突き刺しながら、何とか前を見ようとするオルカ。立ち上がる事ができず、地面に膝をつけた状態ではあるが、この光景だけは目に焼き付けようと、そうしているように俺には思えた。


「おい、あまり無理をするな……!」

「ぐっ、ふ、うっ…… ベクト、わ、私からの最後の、お願いだ……」

「ッ!? 馬鹿、それ以上話すなって!」

「いいや、我が儘にも話させて、もらう…… クロノスを、安らかに眠らせて、やってくれ…… 私は私で、持ち堪えてみせる、から……」


 滝汗を流し、必死の表情で俺を見詰めるオルカ。だから、まずは自分の事を第一にって、そんな言葉で納得するような奴じゃないかったな、オルカは。どっちにしろ、クロノスの黒霊をどうにかしないと、出口への道は開けないんだ。なら、狙うは最短での撃破。今戦っているバデンが、少しでもクロノスの情報を引き出してくれれば助かるんだが―――


「―――うがぁぁぁ!」

「捕マエタ、掴マエダァ! 卑怯者ハ、死ナナイトォォ!」


 ああ、そうだった。バデンの銃は弾切れを起こしているんだった。銃弾を補充している隙を突かれたのか、バデンはクロノスの腕に掴まってしまっていた。メキメキと骨を軋ませ、鋭利な爪に触れた肉を裂かれていくバデン。外部から強く圧迫されている影響だろうか、口や目、体の穴という穴から血が流れ出している。ああなってしまうと、起死回生の一手を打つのは厳しそうだ。


「……分かった。その代わりに絶対に死ぬなよ、オルカ?」

「フ、フフッ…… 了解、だ……」


 オルカに俺の霊薬を数本投げて渡し、バデンが辛うじて生きている今のうちに、クロノスを倒す用意をしておこう。ハゼ槍ハゼ斧を残し、ホワイトを格納へと帰還させる。


「アデ? オルカ、オルカァァ!? 逃ガスダケジャ駄目ェェ! オルカハ、護ラナイトォォォ!」

「で、でめぇ……! 何を言ってやがッ……!? ば、馬鹿ッ……! や、やめ、止めろぉぉぉぉぉ!」


 ―――バグッ!


 アイアンメイデンの両扉が開いた次の瞬間、バデンを掴んだその腕ごと、悲鳴が闇の中へと消えて行った。丸飲み、そう、バデンは拷問器具の中へと、丸飲みにされてしまったのだ。あまりに一瞬の出来事であった為、アイアンメイデンの中身を確認する事はできなかったが…… 恐らく、その見た目通り碌な中身にはなっていないだろう。


「あ゛あ゛あ゛うぶえぇぇぇぇ……!」


 その証拠に、扉の隙間からバデンの断末魔と、夥しい量の血液が漏れ出していた。ついでに肉が弾けるような、何とも生々しい音まで聞こえて来て…… たとえそれが憎きバデンのものであったとしても、あまり耳にして気分の良いものではなかった。


「ンン、ンンンッ……? 不味イ、何ゴレ、ゲロ……? ゴレ、オルカジャナイ。タダノゴミカス、護ル価値、ナイナイ…… べッ!」


 べちゃりと、クロノスが床に何かを吐き出した。言うまでもなく、それは元はバデンであった筈の肉塊。最早人の形も留めていないそれは、ある意味で悪人として、そして醜悪な芸術として、相応しい姿になったのかもしれない。相変わらず、俺には理解できないセンスではあるけれど。


「デモ、オガジイ。確ガ二、オルカノ匂いガ…… ア、アアッ、アアアアアッ! オオオオ、オルカァッ!?」


 見つかったか。元は聖母を模ったとされる、アイアンメイデンの冷たい女の顔が、オルカの方を向いている。地面へと完全に降り立ったクロノスは、四足歩行の姿勢で何らかの感情に振るえているようだった。それは歓喜か、それとも別のものなのか。かつての相棒との再会だ。黒霊になろうとも、思うところはあるに決まっている。


「ヤッドォ、漸グゥ、遂二ィィ! 見ィヅゲダァアアアアァァ!」


 尤も、それが正常であるかは別として、だが。クロノスが獲物を見つけた肉食獣の如く、目にも止まらぬスピードでこちらに迫って来る。バデンごと噛み切った片腕は既に再生しており、今は力強い踏み込みを行う前脚として活躍中だ。正直、四足歩行で全力疾走するアイアンメイデン姿が異質過ぎて、全く洒落になっていない。


「ハゼハゼ、オルカの事を頼むぞ!」

「「ウヴォッ!」」


 良い返事だ。そのお蔭で俺は、攻撃に為に全神経を注ぐ事ができる。今回の探索、俺は『耐性・感染』の霊刻印を外し、新たに『増殖』の霊刻印をダリウスにセットして来た。この意味が分かるか? 要するに――― やりたい放題って事だ!


「出し惜しみなしで見せてやるよ、クロノス! 俺の奥の手、フェイクホワイトを!」

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