第111話 凶弾と強襲

 それは一瞬の出来事だった。いや、俺達の一瞬の隙を突いた悪意と呼んだ方が良いだろうか。敵討ちを果たした俺達は、互いを称え合い、ハイタッチを交わそうとしていた。しかし、次の瞬間に鳴ったのは心地良い快音などではなく、殺意が伴った銃声だった。気が付けば、オルカは腹部より大量の血を流し、膝から地面に崩れ落ちていて、俺は―――


「バアァデェェーーーン!」


 ―――力の限り、オルカに凶弾を放った犯人の名を叫んでいた。そう、この最悪のタイミングで不意打ちを仕掛けて来たのは、この前に決闘で負かしたばかりの、あのバデンであったのだ。


「ヒャッハハハハハハ! 当たった、当たっちまったぜぇぇぇ!?」


 バデンは入り口側の通路の奥にて、ニヤニヤと人を馬鹿にしたような笑みを浮かべ、心の底から面白そうにしながら、奴の魔具である拳銃を構えていた。


「お前ぇぇ!」

「クソ坊主、なーにキレてんだよ? 俺はただ、俺のものにならねぇ愚かな女を分からせてやっただけだぜぇ?」


 奴の銃口からは攻撃を放った決定的な証拠となる硝煙が生じており、ガンマン気取りのバデンはわざとらしく、その煙をフッと吹いて見せやがった。


「あの決闘で見せた力が、俺の全てだと思ったかぁ? なぁ訳ねぇーだろうがぁよぉーーー! 俺の全力の弾丸は更に速く、射程距離だってこの通りなんだからなぁーーー!」


 更なる発砲。銃声が何度も続き、俺達に向かって複雑な軌道を描く銃弾が何発も迫る。ハゼ斧とハゼ槍に負傷したオルカの盾となってもらい、俺は自力でそれら攻撃を弾き続けた。


「ヒャッハ! それともよぉ、俺がここにいる事が気に入られねぇのかぁ!? 意味が分からねぇって感じかぁ!? 不思議だよなぁ、秘密の場所がバレちまってさーーー! なら教えてやるよ、この親切なバデン様がなぁ!」


 遠慮のない銃弾をぶっ放しながら、バデンの演説は長ったらしく続いた。オルカとクロノスが探索者の街を長期間留守にしている間、このハゲは自分の手の者を使って、その足取りを調査させていたんだそうだ。探索に向かった方角、噂が途絶えた土地、その一帯を根こそぎ調査させて、結果としてこの双生の画廊そうせいのがろうを見つけ出したという。調査を重ねて二人の向かった先がここだと判断したバデンは、前々から計画していたクロノスの暗殺を、この場所で行う事を決断する。


「けどよぉ、手下を使って内部の探索も多少はしたけどよぉ、オルカもクロノスも、どこにもいねぇんだよぉ。俺は捜したよぉ? 手下を何人も潰して、文字通り命懸けで探したよぉ? けど見つかんねぇんだよぉ、クッソ腹が立ってよぉ、物資補給の為に仕方なく街に帰ってみれば、オルカだけが戻ってるじゃねぇか! おお、女神よ! 俺の代わりにクロノスをぶっ殺してくださったんですねと、マジで感謝しちまったよ! ギャハハハハハ!」


 度の過ぎたストーカーっぷりに、俺は開いた口が塞がらなかった。そこまでして悪を貫くものなのかと、それだけの執念があるのならば、もっと別の場所で発揮させれば大成しただろうに、と。だが、それ以上に俺の心で燃え盛っているのは、バデンに対する怒りの炎だった。今直ぐにでも奴を殺さなければ、あいつは存在してはならない下種だ。そんな殺意で頭が一杯になる。


「ぐ、う……」


 ただ、俺があと一歩のところで踏み止まる事ができたのは、傍にオルカがいたからだ。こんな状況だ、まずは自分の事を第一に考えるべきなのに、オルカは目で訴えかけてくれた。感情的になるな、常に冷静でいろ、ってな。お蔭で俺は無策な突貫をする事もなく、現在の状況を頭を冷やしながら確認する事ができた。


 不意打ちを食らったオルカであるが、即座に霊薬を使って銃弾による傷口を塞いでいた。流石は歴戦の探索者と言える。ただ、傷が癒えてもオルカは未だに立ち上がれず、苦し気な声を上げている。恐らく、何かしらの状態異常になってしまったんだろう。調子に乗ったバデンが口を滑らせてくれれば有り難いが、一番手っ取り早いのは女神像に駆け込む事だろう。


 しかし、その女神像の場所まで行くには、位置的にどうしてもバデンを突破しなくてはならない。今の俺達の居場所からバデンが銃を構えるところまでは、一直線ではあるが、全力で走ってもかなりの距離がある。遮蔽物もない為、そこに辿り着くまで奴は攻撃し放題の状態だ。更にこのエリアへ入って来れたって事は、まだ姿を見せていないお仲間もどこかに潜んでいる筈。オルカを残して単独で突貫するのは危険だろう。オルカをホワイトに乗せるにしても、銃弾を躱せるような速度で揺らすのは、あまりよろしくないと思う。となれば、ホワイトに速攻で方をつけてもらうのが最も現実的か。


 ……とまあ色々と思考させてもらったが、オルカに注意された段階で、俺はある事・・・に気が付いていた。だからこそ、俺の中で答えはもう出ている。だからこそ、けんに徹する事ができる。


「おいおい、無視するなよぉ? ヒヒッ、オルカを苦しませている猛毒が気がかりで、それどころじゃねぇのかなぁ? 俺様、馬鹿だから分からないぜぇ?」


 確かに馬鹿だな、本当に口を滑らせてくれるよは。しかし、やはり毒か。それも俺の解毒薬を使っても治らない、凄まじく強力な代物だ。腐っていてもダブルの探索者、相応のレベルの霊刻印を持っていやがる。


「おいおい、ここまでされて来ないのかぁ? 勇気も度胸もねぇ男だな、てめぇはよぉ!?」

「………」

「ギャハハハハ! マジでだんまりかよぉ!? 俺の本気が強過ぎたかぁ!?」


 飛来する銃弾を防ぐ事ばかりに専念する俺の姿が、そんなにも面白かったらしい。よくそんなに馬鹿笑いができるものだ。自身の計画、決闘での意趣返しが上手く運び、奴としては正に至福の時間なんだろう。


「はぁー、クロノスは勝手に死んじまったが、代わりにお前をオルカと一緒に殺す事で、俺の自尊心は何とも保てそうだぜぇ? ああ、そうだ。このままじゃてめぇらが可哀想だし、折角だからよぉ、冥土の土産に俺の右腕を紹介してやるぜ。おい、ダーク、出て来て良いぞ!」


 もう勝利を確信しているらしいバデンは、あろう事か隠れていた仲間を紹介してくださるようだ。バデンの呼び声に応じる形で、何もなかった奴の隣の空間に、仮面を被った黒尽くめの男が現れる。名前通り目立たない格好であるが、出て来るまでは確かに無色透明だった。さっきの希少種みたいに、隠密に関する霊刻印を持っているんだろうか。やっぱり、迂闊に突っ込んでいたら危なかったかもな。


「驚いたかぁ? 驚いたよなぁ!? てめぇらが街を出たって話を聞いてよぉ、ここに来るって当たりを付けて、待ち構えていて正解だったよぉ! このダークの力があれば、てめぇらは俺達を見つける事ができねぇ―――」

「―――おい、その臭い口を開くの、いい加減止めてくれよ。ここまで悪臭が臭って敵わねぇよ」

「……あ? てめぇ、状況分かってんのか? 俺様を馬鹿にしたてめぇらは、もう終わってんだぞ?」

「ああ、分かってるよ。但し、終わるのはお前らだがな。危険を冒して俺が手を下さなくても、そいつ・・・がお前らを殺してくれそうだ」

「あぁ? 何を言って―――」


 ―――ズジャッ!


 バデン頭上より、突如として伸びて来た異形なる腕。それはダークというらしいバデンの右腕をぶっ潰し、一瞬にして血の海を生成してしまった。彼の被っていた仮面が、カランカランと地面を転がる。


「ヒヒヒ、ヒ、卑怯、キキ、奇襲、良グナイィィィ! オオ、俺、俺俺、オオオ、オルカァ、護ルゥノォォォ!」

「なな、何だぁてめぇぇぇ!?」


 やたらと高い天井付近から現れた異形は、その大口をバデンへと向けていた。

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