第110話 敵討ち

 天井に生えた希少種を重力に逆らって押し潰す形でホワイトの咆哮が激突、更に追撃の杖ズミさんの魔法、毒爆による大規模爆発が天井にて巻き起こる。普通の黒霊相手であれば過剰とも呼べる火力、そして追撃だ。仮に生きていたとしても、感染状態にあれば俺の管理下に置く事も可能だ。けど、相手がオルカ相当の力を持っていると考えれば、これで終わるとはとても思えないんだよな。いや、これで終わってくれれば本当に有り難い―――


 ―――ズッ。


 なんて、そんな美味い話はあり得なかった。爆風から当たり前のように飛び出て来る希少種共に、俺は「ですよねー」と心底残念そうに呟く。期待に応えてくれたとも言える、そんな忌まわしき奴らは、ワイヤーを押し固めて歪な人型にしたような姿をしていた。人の形と異なる点があるとすれば、それは腕の形と数だろう。喩えるならばやっちゃんの形状に近く、腕の先っぽが手の代わりに鋭利な刃物や巨大な針に置き換わっている。日常生活を送る事なんて度外視した、生物を殺す事に特化した姿だ。


 直撃を与えたってのに、外見からはダメージを与えているのかの区別がつかない。少なくとも、ワイヤー構成の肉体は破損していないようだ。ったく、どんだけ頑丈なワイヤーなのかと!


「感染は!?」

「効いてないっぽい!」


 姿を確認した瞬間に命令してみたが、奴らは全く従う素振りを見せない。ああ、そりゃそうだよな。見た目からして、生物の類ではないもんな。


「ならば後は倒すだけだ、なっ!」


 オルカが剣を二度振り、希少種のそれぞれに対し、氷を纏わせた斬撃を飛ばす。斬撃と凍結を同時に与えるオルカの得意技は速く、何よりも無防備な空中にいては避ける術がない。放たれた斬撃も直撃コースだ。


 ―――ガッ!


 目を疑う。斬撃が直撃する寸前、有ろう事か奴らは宙を蹴って・・・・・斬撃を躱しやがった。ホワイトに咆哮砲を放たせるも、結果は同じだ。文句の一つや二つを垂れてやりたいが、宙を蹴る事によって奴らの落下速度は更にスピードアップ、無駄な愚痴も一切言っている暇がなくなってしまった。マジで暗殺者かよ、こいつら!


 不規則な軌道を描きながら地上へと落下する奴らは、狙い澄ましたかの如く、俺とオルカ目掛けて飛び込んで来た。体格的に言えば大きな分目立つであろう、ホワイトやハゼ槍を無視しての突貫だ。全体重が乗せられた初撃をダリウスソードで弾き、直後にホワイトの爪で希少種を吹き飛ばす。オルカの方を確認すると、あちらも俺と同じく初撃を何とか回避しているところだった。ハゼ槍とやっちゃんを救援に向かわせ、俺は俺でこちらに集中する事にしよう。


「杖ズミさん」

「「ヂュッ!」」


 ホワイトによって吹き飛ばされた希少種に対し、更なる追撃。感染効果は見込めなくとも、爆発による単純なダメージは効果がある筈だ。それが微小なものであったとしても、積み重ねる事に意味がある。 ……と、思いたい! ダメージあるんだよな、これ!?


「………」


 爆風より再び出でる希少種。痛みがないのか無言のまま、真っ直ぐに俺の方へと突貫して来る。またもやホワイトや杖ズミさんは無視である。


「オルカ、こいつら探索者の俺達ばかりを狙って来るぞ、気を付けろ!」

「ああ、分かってるよ!」


 耳飾りによる通信は常にオンの状態だ。有益な発見があれば、戦ったまま即座に連絡し合える。しかし、なんつう黒霊だ。ホワイトの攻撃を多少受けようとも、回避や防御をするばかりで、俺の配下達には本当に興味を示さない。言うなれば、俺とオルカを殺す事に全てを懸けている感じだ。


「相棒!」


 ああ、分かってるよ。そうダリウスの声に呼応するように、全力の剣術で奴の連続攻撃を受け続ける。そんな形振り構わない作戦で来るのであれば、俺自身が無理に攻勢に回る必要はない。正直さ、複数の腕を持つ、それも自分と同等か、それ以上のスピードで襲い掛かって来る希少種の攻撃を防御するのは、並大抵の事ではないよな。事実、このほんの少しの間に軽傷ではあるが、防御し切れずに攻撃を受けてしまっている。慟哭装備の弊害なのか、軽傷の筈なのに全身に激痛が走りまくっていて、目は冴えるも気分は最悪だった。だがそれでも、俺が攻撃をいなせばいなすほどに、奴は背面側面はがら空きの状態となるのだ。


「ゴォォアアァァァ!」


 奴の背後にいたホワイトが、その大口を限界まで開けながら、奴の胴体に噛みついた。両脇を鋭利な牙で挟まれた奴の体からは、ギチギチとワイヤーが軋む音が鳴っている。ホワイトが全力で噛み砕こうとしているのに、どんだけ丈夫なんだよ、こいつは。


「……! ……!」


 そんな危機的状態にあるってのに、未だに希少種の目標は俺にのみ定められているらしい。無数の腕を振り回し、ホワイトの咬合力に抗うかのように、俺に向かって前進。それに合わせて、あのホワイトが前のめりになって徐々に引きずられてしまう。防御力だけでなく、パワーまでもが凄まじい。それにしても、ここまで俺狙いが徹底されてしまうと、戦法が分かりやすい相手とはいえ、不気味過ぎて冷や汗もんだ。


「「ヂュ?」」

「ああ、今は止めとけ。選手交代」


 ホワイトが敵に噛みついている今の状態では、杖ズミさん達に魔法をぶっ放させる訳にはいかない。という訳で、杖ズミさん達には格納へ帰還してもらい、交代する形でハゼ斧を出陣させる。ここまで頑丈でしぶとい相手なんだ。対抗するには、相応の破壊力が必須だろう。


「ハゼ斧、かましてやれ!」


 軽傷が積み重なって、そろそろ耐久値がやばくなっている今日この頃。それら受けたダメージを返してやるべく、俺は気合いを入れて命令を下した。


「ウ~~~~~…… ヴォッ!」


 大きく振りかぶったまま力を溜めに溜めたハゼ斧が、俺の叫びなんて比較にならないくらいに絶叫し、同時にその大斧を振るった。狙うは無防備な状態にある希少種の首、間違っても間近にいる俺やホワイトには当てるなよと再三注意を促したが、さて、どうなる?


 ―――ズバンッ!


 ハゼ斧の大斧のコントロールは完璧だった。狙った希少種の首へと正確に当て、一撃の下にワイヤーの束を両断したのだ。


「……! ……、……」


 首を飛ばした直後も、希少種は腕を振り回していた。首を飛ばしても死なないのかよ!? と、一瞬悲鳴染みた考えが頭を過るも、それら動きも徐々に鈍くなっていく。


「流石も流石に、今のは効いたみたいだな。安心した、よおっ!」


 最後の足掻きとなる攻撃を掻い潜り、止めの一撃を首の切断面に突き刺してやる。ダリウスソードの刃は深々とワイヤー内へと突貫し、希少種を靄として吸収した。


「おお、最後をワシに任せるとは、相棒は分かっておるのう! クロノスとやらの仇、ワシが討ったぞ!」

「俺達が討った、だろ? っと、喜ぶのはまだ早い。オルカ達の方は―――」


 再びダリウスソードを構え、ホワイト達と共にオルカの救援に向かおうとする。が、しかし、次に俺達の目に映ったのは、もう一体の希少種を氷漬けにし、その氷ごと袈裟斬りにするオルカの姿だった。


「……クロノス、やったよ」


 血塗れになりながらも、オルカの表情はどこか晴れやかだった。いや、漸く憑き物が落ちたとでも言うべきだろうか? ああ、そうだよな。俺達はクロノスの仇である希少種を、この手で倒す事ができたんだ。


「オルカ」

「ベクト」


 戦闘が終わった事を視線を合わせる事で確認し、緊張が途切れる。長い間求め続けていた目標を達成した喜び、今オルカが感じているそれは、俺の比ではないだろう。ええと、こんな時になんて声を掛ければ良いんだろうか? 気の利いた台詞が思い浮かばない。ああ、そうだ。まずは―――


 ―――バァン!

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