第109話 芸術たる暗殺者

 ―――ザンッ!


 現れた最後の黒霊を斬り倒し、周囲の安全を確認する。 ……よし、敵影なし。一先ずは戦闘終了だ。


「見かけは不気味な連中だったけど、前評判通り、強さはそれほどでもなかったな。うーん、血塗監獄ちぬりかんごくより少し劣るくらい?」

「気が合うな、私もそのくらいだと考えていたところだ」


 アート像を一人一体ずつ倒した為、戦闘は一瞬だった。ホワイトはもちろん、俺やハゼ槍やっちゃんも敵を圧倒する展開で、全員が一撃で沈める事に成功している。うん、確かにこの調子で進んでいけば、慢心からの油断が生じてしまうのも無理ないだろう。更にエリアに宝箱が満載と来れば、どうしても浮かれてしまう。


「そこに生じた隙を、馬鹿みたいに強い希少種で突く、か。性格の悪いエリアだな、ここは」

「逆に聞くが、性格の良いエリアなんて、この黒檻の世界にあったか?」

「あー、探索者の街くらいかな、うん…… それは兎も角として、道はまだ覚えてる?」

「忘れる筈がないよ。当初の計画通り、まずはクロノスが死んだ場所を目指そう。例の希少種がその場所に居続けているとは思えんが、目的もなく彷徨うよりは収穫もあるだろう。何よりも―――」

「―――もし希少種の臭いがそこに残っていれば、ホワイトの嗅覚で追跡できる、だったか?」


 ここに来た俺達の目的は単なる探索ではなく、クロノスの仇である希少種を倒す事だ。ただ、希少種とは滅多に遭わないから希少種なのであって、普通に探していては恐らく埒が明かない。そこで俺達が考えた策が、皆大好きホワイトの嗅覚という訳だ。


「ベクト、それは私の台詞だぞ……」

「すまんすまん、つい」


 冗談の一つも言っておかないと、精神がどうにかなってしまうんだもの。とまあ、そんな感じで開始した双生の画廊そうせいのがろう探索。ホワイトを先頭に俺とオルカが続き、ハゼ槍とやっちゃんに殿しんがりを任せる隊列で突き進む。


 希少種発見場所までの道中、先ほどの動くアート像や宙を漂う額縁、丸や三角といった立体の集合体等々、ギャリーに纏わる(?)黒霊と度々遭遇し、戦闘へと発展。初戦同様、俺達は傷一つ負う事なくこれらを下し続けた。罠においてもいつも通り先導するホワイトが回避してくれる為、こちらも特に問題にはならず、驚くほど順調に先へ先へと進む事ができた。ただ、目標としている希少種は一向に見つかる気配がない。そんな調子がずっと続き、遂には目的地へと到着する。


「ここか?」

「ああ、ここだ。この場所で私は、クロノスの最期を目にした。ああ、そっち側は転移のトラップがあった場所だ。ホワイトが反応していないし、今は大丈夫だと思うが一応気を付けておいてくれ」

「オーケー」


 辿り着いた先は行き止まりで、これ見よがしに宝箱が一つだけ置かれてあった。見たところ、隠れられそうな遮蔽物は見当たらない。オルカは宝箱を調べていた際に奇襲を受けたと言っていたが、見通しの良いこの通路で、ダブルの二人が不意を打たれるものだろうか?


「オルカ、その希少種って、どんな風に出現したんだ?」

「気がついたら、敵が間合いに入っていた――― と、そう言うしかないな。正直に言ってしまえば、攻撃が迫るまで黒霊の存在に気付けなかったんだ」

「オルカでも、か?」

「私どころか、察知能力に長けていたクロノスさえも、だ。強さもさる事ながら、隠密能力も相当なものだったよ」

「……それ、やばくないか? こっちから見つけない限り、確実に不意打ちされるじゃないか。というか、これだけ開けた場所でも見つからないものなのか?」

「ああ、いや、直前まで姿が見えなかったカラクリは、何となくだが分かっているんだ。奴らが奇襲を仕掛けて来た時、攻撃と同時に大きな着地音がした。この意味が分かるか?」

「着地音? 着地…… あっ」


 俺は少し考えてから天井を見上げた。着地音がしたって事は、つまるところ上から落下して来たって事だ。もしや希少種は床ではなくて、天井を伝って移動している?


「……入り口からそうだったけどさ、天井、変なオブジェが何個も張り付いてるよな」

「何なら、壁に張り付いている奴らもいるな」

「希少種はそれに擬態して、獲物を待ち構えている?」

「そう考えるのが自然だろう。希少種の見た目も、ああいった風変わりなものだった」


 うん、今更だけどさ、その情報は最初に言っておくれよ。 


「そんな顔をするな。私が言わなくとも、ベクトは自然とあの変な置き物に注意を払っていただろう?」

「……まあ、それはそうだけどさ。天井や壁に変なオブジェが不自然にあったら、嫌でも警戒しちゃうって」

「自然とそれができているのが、ベクトの凄いところだよ。このエリア、天井がどこに行っても高いだろ? 恐らく上の空間が探索者の死角になるように、このような構造になっているんだろう。先ほどベクトが言い当てた通り、希少種はこの構造を利用して、天井から私達を狙っていたんだ」


 褒められて嬉しくはあるけど、そんな暗殺者染みた動きをする希少種はマジで何なのかと。美術品は見られるのが仕事みたいなものなんだからさ、もっと目立って頂きたい。


「尤も、ここまでの道中でホワイトは反応せず、私もそれらしき気配は未だに発見できていないのだが…… うーむ、やはり未だここに留まっているような事もなかったか。ホワイト、この辺りに気になる臭いは残っていないか? どんな些細なものでも良い」

「ゴォルルゥ……」


 ふるふると首を横に振るホワイト。流石に時間が経っているし、残り香だけで希少種を追跡するのは無理があったか。となると後は地道に探し回るしか、方法はなくなってしまうが、ううーむ。


「オルカ、その時の行動を再現してみるのはどうだ?」

「……? どういう事だ?」

「前に希少種に襲われた時、オルカ達はあの宝箱を開けようとしていたんだろ? もし仮に、希少種がその宝箱を開けようとする事で発動する、トラップの一部だったとしたら…… なんて事はないかな?」

「それは、いや…… 可能性がない訳ではない、か?」

「まあ試すのはタダなんだ。やってみるだけやってみよう。ほら、宝箱の中身も気になる事だし?」

「ベクト、中身そっちが一番気になっているんじゃないか?」

「ウウン、ソンナ事ナイヨ? 全然ナイ、俺、嘘ツカナイ」


 興味がないかと問われれば嘘になるが、トラップ説を検証する事自体が重要なのは間違いないんだ。やる価値は十分にあるだろう。だけどその前に、杖ズミさん達を格納から出して、ホワイトに宝箱自体にトラップがないかと確認してもらって、と――― よし、準備オーケー!


「オルカ、心の準備は?」

「そんなもの、街を出た瞬間に整えていたさ。いつ始めてくれても構わない」


 警戒すべきは宝箱の真上、その天井付近。どうやって現れるか謎であるが、予め奇襲が来る事を警戒していれば、後の対応はどうとでもなる。もちろん、そこ意外の警戒も同時進行だ。


 ―――カチャ。


 宝箱の蓋に手を掛け、それをゆっくりと開けようとする。鍵は掛かっておらず、宝箱の蓋は簡単に持ち上がった。さてさて、中身は? なんて、本来であればお楽しみタイムに突入するところだが、現在俺達の視線は宝箱ではなく、その真上へと向かっていた。


「……オルカ」

「ああ、まさか本当に現れるとはな」


 注視していた天井より、ニョキニョキと何かが生えて来た。それも二体である。ここまで条件が揃ってしまえば、最早疑いようはないだろう。


「ホワイト、杖ズミさん!」


 オルカ達に不意打ちを仕掛けるような、ふてぇ奴らだ。お行儀よく待ってやる必要は皆無だろう。奴らが天井から完全に出て来るよりも早くに、俺は遠距離攻撃に長けたホワイト達に攻撃を指示した。

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