第108話 双生の画廊

 あらゆる意味で緊張感に満ちた馬術指導が終わった頃、つまりは目的地へ到着した頃には、俺もそれなりにフリジアンを乗りこなせるようになっていた。これもオルカの指導の賜物か、それとも常に背水状態にあった俺の集中力が成せた業なのか。まあどちらにせよ、これで俺もフリジアンに騎乗できるようになった訳だ。


「で、ここが目的地、『双生の画廊そうせいのがろう』か」


 俺達の周りには、寂寞放牧地せきばくほうぼくちと同じ広大な平原が広がっている。視界を遮るものは何もなく、どの方向を向いても地平線とこんにちはができるような場所だ。だが、そんな見通しの良い平原のど真ん中に、地下へと続く階段がポツンと存在していた。


「ああ、この階段の先がそのエリアだ。階段からは石造りになっているが、よくよく注視してみなければ、まず発見する事はできない。方向感覚や距離感が麻痺する寂寞放牧地せきばくほうぼくちの中に隠れていたのもあって、これまで発見できた者が殆どいなかったんだろう。私とクロノスがこの場所を見つける事ができたのも、本当にたまたまだった」

「なるほど、確かにこれは見つけ難いな」

「更にだ、前にクロノスの事を話した際にも言ったと思うが、ここからまた別の仕掛けがある」


 仕掛け? ええと、何だったか…… なんて事を考えながら、先頭を歩くオルカの後を追う。ホワイトとフリジアンは一度格納内へ帰還だ。


 階段を下りた先にあったのは、これまた石造りの大きな扉、そしてその両端に設置された石像だった。扉はまあ良いとして、石像の方は言葉では言い表し辛い、何ともアーティスティックな形をしている。一応どちらも人型ではあるのだが、こう、変にクネクネとしているのだ。俺にはアートというものが欠片も分からないのだが、分かる人には分かるもんなのかな? という、そんな感じの二つの石像が、左右対称となるようにポーズをとっている…… んだと、思う。


 双生の画廊――― 画廊ってのは、確かギャラリーとかそんな意味だったっけ? となれば、エリアの入り口で芸術作品が出迎えてくれるのも、まあ納得するべきところなのかもしれない。しかし、これらがその別の仕掛けとやらと関係しているとは、これ如何に?


「ベクト、右の石像が片手を前に突き出しているだろう? そこに自分の手の平を合わせてくれ。私は左の石像と手を合わせる」

「りょ、了解」


 ああ、漸く思い出した。確かこのエリア、探索者が二人いないと入る事ができないって、そんな事を言っていたんだっけ。なるほど、この前衛的な石像は単なるモニュメントではなく、扉を開ける為の鍵だった訳か。


 ―――ゴゴゴゴゴゴ……!


 オルカに言われた通り石像の手(?)と自分の手を合わせると、中央にあった石扉がゆっくりと開いていった。なかなかに凝った仕組みである。


「奇跡的にこの場所を発見できたとしても、探索者が二人以上いないと内部に入られないって事か。こりゃあ、確かに中が荒らされていない訳だ」

「ああ、私やクロノスが発見していない宝箱など、手付かずのものを多いだろう。が、それはこのエリアが謎で包まれている裏返しでもある」

「分かってる、安易な行動は慎むよ。それでさ、分かってる範囲で何か内部の情報はあるか?」

「そうだな。ここまでは全て石造りで統一されていたが、内部の造りはまた別物だ。なんと言うか、その、うーむ…… 奇抜?」

「き、奇抜?」


 ええと、それはどういう意味だろうか?


「まあ、それは入ってみれば分かるだろう。恐らくベクトも、目にした瞬間に驚く事になるぞ」

「お、おう? まあ、一応その辺も警戒しとくよ」

「フフッ、そうしてくれ。後は出現する黒霊についてだが、今のベクトの実力があれば、その殆どは楽に倒せると思う。傾向としてはこの石像のような変わった風貌、接近戦での直接攻撃を好む黒霊が多い印象だったかな。ただ、私とクロノスを襲った二体の希少種、奴らの強さはそこらの黒霊とは段違いだった。常に最悪を想定して、一枚上手と戦うつもりで臨んでくれ」

「了解だ」


 じゃ、そろそろ行くとしますか。覚悟を決めた俺は、開いた扉の先へと足を踏み入れる。クロノスの敵討ち、やってやろうじゃないか!


「ああ、そうそう。扉を潜った直ぐ先は、女神像が安置されていてな。まずは一度祈って、この場所を記録しておこう」


 唐突な女神像との対面に、ドサッと盛大に転ぶ俺。ああ、なるほど。血塗監獄ちぬりかんごくの入り口みたいな構造になっていたと。それは良い。それは良いけど――― 何で女神像まで、前衛的なポージングをしているの!?


「大丈夫か、ベクト?」

「……大丈夫」


 一度決めた覚悟を瓦解させながら、俺は前衛的な女神像に祈りを捧げるのであった。



    ◇    ◇    ◇    



 クロノスの敵討ち、やってやろうじゃないか! と、改めて黒の空間へとやって来た俺は、心の中でそう仕切り直す。俺だってダブルに到達した探索者、気持ちを切り替える術は、既に心得ているのだ。


「うわぁ……」


 だがしかし、双生の画廊へと足を踏み入れるや否や、俺は無意識のうちにそんな声を漏らしてしまっていた。


「オルカ、これは一体……」

「驚く気持ちは痛いほど分かるが、今のうちに慣れておいてくれ。これからずっとこんな感じだぞ、このエリアは」

「な、慣れろと言われても……」


 そこは言うなれば、エリア全体が巨大なギャラリーと化した場所だった。壁はもちろん、天井や床にまで芸術的な動く・・絵画が描かれており、更には芸術的なオブジェがそこかしこに生えている。どの作品も形や色合いが奇抜で、目に大変な情報量が入って来る仕様だ。数分いるだけならまだしも、ずっと探索を続けるとなると、色々と不安になって来そうである。


「なんかさ、絵が微妙に動いてないか? あの目を描いた絵、瞬きしてるぞ?」

「以前訪れた際にアレも調査したが、ただ動いているように見えるだけで、それ以外はただの絵と何ら変わりないものだったよ。少なくとも、敵や罠の類ではない筈だ」

「なら、精神を削るのが目的かもな。ああ、驚くって意味を理解したよ。血塗監獄ちぬりかんごくは地獄を極めたような場所だったけど、ここも違う意味で狂った空間って訳だ」

「ベクトの順応性が高くて助かるよ。で、早速で申し訳ないのだが――― お客さんが来たようだ」


 オルカが剣を抜くのと同時に、俺もダリウスソードに手を掛ける。不気味かつ珍妙なこの空間の奥より、ツカツカと複数の足音が聞こえて来たのだ。


「うわ、ホントに黒霊まで芸術的なのか……」


 姿を現したのは妙に体が細かったり、逆に体の一部分のみが不自然に膨らんだりする、五体の動く石像――― いや、足音が軽そうだったから、着色された石ではないか。材質不明の材質っぽいから、動くアートな像と呼んでおこう。アート像は一体として同じ色や形状をしておらず、どれも個性溢れるフォルムで俺達を出迎えてくれた。うん、あまり嬉しくないです。


「こいつらは希少種か?」

「まさか、このエリアで現れる普通の黒霊だよ」

「ハァ、何が普通なのか分からなくなって来るな…… じゃ、準備運動がてらに頑張りますかね」


 屋内ではあるが、場所の高さと広さは十分。俺は格納より再びホワイトを、そしてハゼ槍とやっちゃんを出して、新たなる戦いへと臨むのであった。

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