第107話 馬術指導

 バデンとの決闘に決着がついた事で、俺達のいた街の南部はちょっとしたお祭り騒ぎとなった。うん、なってしまった。


「おいおいおいおい、あんちゃんすげぇな! バデンは性格はアレでも、一応はダブルの探索者だったんだぜ!?」

「いやー、お蔭でスカッとしたよ! あいつ、日頃からあんな感じでさ、私達も鬱憤が溜まっていてさぁ!」

「え、この人もダブルの探索者なの!? すっご、ホントにオルカと同じ強さだったんだ!」

「皆、一気に押すな! ベクトさんが戸惑ってるだろうが! 知りたい事があるのなら、逸早くベクトさんの実力を見抜いた俺に聞け!」

「す、素敵……!」


 とまあ、現在俺は周りで見物していた人々に、揉みくちゃにされている最中である。そして、これは俺にとって一大事だった。何せ、今の俺の痛覚は人一倍にあだだだだだっ!


「ベクト、こっちだ」


 天からの声ならぬ、いつの間にか建物の屋根に上っていたオルカからの声。なるほど、そっちが安全地帯か。人の波に飲まれる前に、そこまで一気に跳躍して避難。ダメージがないとはいえ、昨日のマッサージの二の舞は勘弁だ。


「おー、すっげぇジャンプ力」

「助走もなしに、あそこまで跳躍できるもんなのか!?」

「そりゃまあダブルともなれば、私らとはステータスが比較にならないだろうしねぇ」

「夢魔の森を抜けて来たって話、本当だったんだなぁ……」


 よし、流石にここまでは追って来ないか。屋根の上で一段落ってのも、少しおかしいけどさ。


「ありがとう、オルカ。お蔭で助かったよ」

「いや、礼を言うのは私の方だ。バデンを黙らせてくれて本当に助かった。周りの者達も言っていたが、私も胸がすく思いだったよ。実にナイスだ」

「ハハッ、このままだとお礼合戦になっちゃうな。って、そうだ! グレアさん達にもお礼を言わないと!」


 バッと立ち上がり、辺りから貴族同盟の姿を捜す。しかし、三人の姿はどこにも見当たらない。


「ああ、グレア達なら、あの後直ぐに帰って行ったぞ? これから打ち合わせがある、酒場の開店準備が、盟友ならもう大丈夫だろう! とか、そんな事を言っていたな」

「な、なるほど?」


 ええと…… 忙しい中、わざわざ駆け付けてくれたって事かな? うーむ、後で会った時に、改めてお礼をしなくちゃ。


「ところでベクト、予定ではこれから目的地に向かう事になっていたが…… こんな事があった後だ、疲れてはいないか?」

「もち、全然問題ないよ。またあの馬鹿バデンと顔を合わせる方が心配だから、あいつがいないうちにガンガン先に進んでしまおう。さ、出発だ!」


 それから俺達はテンション高めな街の人々を避けつつ、屋根の上を渡り歩きながら、何とか街の南出入り口を通り抜けるのであった。


 ……探索者の街、滞在したのはほんの少しの間だけだったけど、想像以上に出会いが多くて、思い出も一杯作る事ができた。他者との交流の少ない探索者にとって、本当に有り難い街だったな。またオルカと共に酒を飲み交わし、皆との交流を深めに来たいものだ。


「よし、ここらで良いかな。ホワイト、フリジアン、出て来ーい」


 街から離れ、人の目が届かなくなった辺りで、格納よりホワイト達に登場してもらう。


「ゴオォ」

「ブゥルルルゥ」

「ああ、久し振りだな。まあ、そこまで時間は経ってないけどさ」


 ホワイトもフリジアンも巨体だから、久し振りに目にすると圧倒されてしまう。けど、それ以上に「おお、ホワイト達だ!」って感じがして、何だか感慨深い。


「ああ、ホワイトモフモフ! フリジアンはモフモフとは違うは、これはこれで良い!」

「ゴ、ゴルルゥ!?」

「ヒ、ヒヒィン……」


 いやまあ、出て来た瞬間にモフりに飛ぶ込む、オルカほどでは流石にないと思うけど。オルカさん、二人とも若干引いていますよ。


 さて、オルカが満足したところで、フリジアンにグレアさんに作ってもらった鞍を装着――― したかったのだが、くつわなどの装着の仕方が分からなかったので、オルカにやってもらう事に。手の平サイズで本当に大丈夫かと正直疑問に思っていたが、鞍はフリジアンに触れた瞬間、丁度のサイズへと早変わりした。


「おおっ、本当に魔法の鞍じゃないか」

「だから言っただろう?」


 グレアさんの腕を褒められて嬉しかったのか、オルカは自分の事にように喜んでいた。しかし、その間も鞍等々の馬具を装着する手は止まらず、気が付けば見事フリジアンへの装着が完了。その華麗な活躍振りは、相当に慣れているように見える。


「お、おおー…… オルカ、馬に乗った事があるのか?」

「フフッ、これでもベクトよりも長い間、探索者をやっていたからな。色々と経験してるのさ。 ……ところで、ベクトは馬に乗れるか?」

「の、乗った事ないです……」


 という事で目的地に向かう道中、オルカに騎乗の仕方を習う事となる。今更ながらに思うのだが、巨馬であるフリジアンって、習い始めの第一歩としては難易度高過ぎじゃない? スクーターにも乗った事のない初心者に、大型二輪で練習させるようなものじゃん?


「そう心配するな。鞍を二人乗り用に変化させれば、私も乗りながら指導できる」

「へ?」


 ……おかしい、どうしたこうなった? オルカが鞍に手をかざすと、鞍は二度目の変化を起こし、二人乗り用のそれへとなった。グレアさん、そんな機能、俺も聞いていないんスけど。そして、オルカ流の指導とはフリジアンに一緒に乗る事だったらしく、俺が前に、オルカが後ろに乗る形で騎乗。いや、自転車の相乗りみたいなノリでやられても!


「人馬一体となる為には、乗り手が馬の気持ちを理解する事が必要不可欠だ。一度フリジアンの立場になって、いつどうしてほしいのか考えて―――」


 オルカは至極真面目に指導してくれているが、一方の俺はそれどころではない。例の慟哭装備、どうやら痛覚どころか触覚にも敏感になるように作用しているらしく、つまり、ええと…… これ以上説明しなくても分かるだろ!? オルカに腰に手を回され、色々と不味いんだ……! でもそんな背水状態のせいなのか、フリジアンへの騎乗には頗る順調に適応できている不思議! ピンチって人を成長させるんだね! ちなみに、ホワイトには警護しながらついて来てもらってます!


「そういえば、決闘での新装備の使い心地はどうだった?」


 オルカもオルカで、天然なのか分かって言っているのか、このタイミングでそんな事を聞いて来る。もちろん心地はとても良いって違うぅぅぅ!


「あ、ああ、どうも痛覚が増したせいなのか、バデンの攻撃の軌道が目で見るんじゃなくて、こう、肌で感じられた気がしたよ。危機に対する察知能力が高まったって言うのかな? 兎に角、攻撃を受けない限りはいつもより調子が良いくらいだった」

「ふむ、やはり私が読んだ通りの効果が表れたか。予定になかった決闘だったとはいえ、その新たな装備について事前に知る事ができたのは、ある意味で良いタイミングだったのかもしれないな」

「……そうだな」


 今現在も新たな発見に至っているんだけど、こればっかりは口が裂けても言えない。ああ、言えないよ。


「ゴオオォン、ゴォ!」

「む、どうしたホワイト? 私に何か話し掛けてくれているのか? フフッ、相変わらず可愛い奴だ」


 ……ホワイト、もしや俺の代わりに伝えようとしてくれているのか? いや、うん、気持ちは嬉しいけど、マジで気持ちだけ受け取っておこうかな。確かにホワイトは口が裂けてるけど、これはそういう問題じゃなくてですね。


「ゴォル?」


 恐らく分かっていない様子で首を傾げるホワイト。とまあ目的地に到着するまで、オルカの馬術指導は続くのであった。

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