第106話 恥知らず
―――スパァーーーン、スパァーーーン、スパァーーーン……
バデンの頭部を攻撃した事で生じた快音は、驚くほどに周囲へ響き渡った。決闘を見守る為に周りが静まり返っていたのも原因の一つなんだろうが、それにしたって凄い響きようである。正直バデンを攻撃した張本人である俺も、バデンの奥の手を目にした時よりも、驚いてしまっているくらいだ。
「ぶっ、くくく……!」
「い、いや、スパァーンって……!」
「クスクス」
「ぷっははははは! いくら何でも響き過ぎだろ!」
「だよな、だよな! 俺も思ったわ!」
「フ、フフフッ……! め、女神像の近くで思いっ切り斬ると、あんな音がしちゃうのね。初めて知ったわ。で、でも、ぷふっ!」
良い音が鳴り響いた後に一瞬の静寂があったのだが、その直後には笑いを必死に堪える声、はたまた我慢し切れずに笑う声が、観衆の方から続々と聞こえて来る。
「だ、駄目だ。もう、我慢が…… ぷっはははははは!」
「ククッ、あの頭だったから、尚更音が響いちゃったんだろ……!」
「ちょ、ちょっと、どうしてくれるんだい! これからバデンのあの頭を見る度、今日の事を思い出しちゃって、くふふふふっ!」
その笑いは次第に広まっていき、今では殆どの人々が目に涙を溜めながら爆笑してしまっていた。決闘というシリアスな展開から、あんなギャグみたいな音が、他でもないバデンの頭から鳴り響いてしまったんだ。これはもう笑わない方が無理というか、俺も正直必死に我慢しているところだったりする。当のバデンはというと、その場で真っ赤になりながら固まって、一言も言葉を発せないでいた。
「それまで。ベクトがバデンの頭部に魔具をヒットさせたのを確認した。よって、この決闘はベクトの勝利だくふふふっ……!」
途中まで頑張って言い切ろうとしたオルカも、最後の最後で駄目になってしまったらしい。それ以上の笑い声こそ洩らさないが、顔を伏せたまま全身が小刻みに震えてしまっている。そして、バデンの取り巻きまでも地面を叩きながら震えているのを確認。彼もツボにハマってしまったようだ。
「えっとー…… その、何か悪い事しちゃったな。ダメージが無効化される時って、あんな良い音が出るとは知らなくてさ。まあ、決闘は俺の勝ちって事で―――」
「―――ふ、ふざけるなっ! 俺は負けてなんかいねぇ!」
これまたビックリ。おいおい、何とかフォローしてやろうとしてんのに、早速駄々こねるつもりかよ。どんだけ神経が図太いんだ。
「負けてないって、あれだけ快音響かせたのに?」
「て、てめぇが俺に当てるより、俺の攻撃が
いや、掠ってもないだろ。こっちはそういう言いがかりを想定して、余裕をもって回避をしたし、ダリウスソードで弾くような事もしていないんだ。魔具も体の一部! とか言って来そうだったからな。
「ハァ…… オルカ、馬鹿がこんな馬鹿な事言ってるけど?」
「ああ、私も頭を抱えているところだよ。バデン、私はベクトの勝利だと宣言した筈だが?」
「オルカ、てめぇは元から小僧の味方だったろうが! 審判面するんじゃねぇ! それとも何か!? ここにいる観衆の誰かが、俺の攻撃を見極める事ができたとでも言うのか!?」
バデンの奴が、今度は周りの者達に問い掛け始めた。こいつ、マジで恥って概念がないんだな。オルカに続いて、俺も頭が痛くなって来る。
「それは、まあ……」
「うーん……」
いや、見物人が銃弾の軌道なんか見極められる筈がないだろう。微妙な反応をするに決まってるだろうが。
「フッ、やっぱり誰も見えてねぇじゃねーか! なら、この決闘は無効―――」
「―――んなこたぁありませんわ! 先に攻撃を当てたのはベクトさんですのよ!」
威勢の良い声に、バデンの台詞が掻き消される。同時に、観衆を掻き分けながら彼女が姿を現した。
「えっ、グレアさん!?」
そう、彼女とは先ほど見送ってもらった、あのグレアさんだったのだ。しかも、腕を組んでかなりご立腹されている様子だ。
「あ、あれはシングルの探索者、『大槌』のグレア・マルモリーじゃねぇか!」
「へえ、グレアさんも決闘を見ていたのね」
「じゃあ、やっぱりベクトって奴の勝ち?」
「だよな、俺は最初からそう思ってた!」
「か、可愛い……!」
グレアさんの登場により、場の空気がこちらに流れ始める。
「グレア、てめぇシングルの癖して、俺に楯突こうってのかぁ!?」
「バデンさん、貴方は何か勘違いされているようですわね。シングルだのダブルだの、これらは階級の高さを表している訳ではありませんのよ? まったく、常識くらい弁えてほしいですわ。まあそれはさて置き、ええ、私もオルカの判定に賛同致します。バデンさんが無残に敗北したのに対し、ベクト様は魔具で防ぐような事もしておらず、完全に攻撃を回避されていました。グレア・マルモリーの名において、私の目は節穴ではねぇと保証致します事よ!」
「「「「おおー!」」」」
グレアさんがそう断言すると、人々の意見は完全にこちらへと傾いた。悪質な噂が付きまとうバデンと、商売で信頼を積み重ねて来たグレアさん、どちらを信用するかなんて、比べるまでもないだろう。
「ハ、ハッ! 小娘如きが加わったところで、何が変わるってんだ! てめぇの目は節穴―――」
「―――節穴で恥知らずなのは、果たして誰なのでしょうね、バデン様?」
再び何者かに、バデンの口上が邪魔される。今度はやけにダンディな声だ。
「あ、貴方は、酒場のマスター!?」
「ベクト様、先日はどうも。私の目から見ても、貴方の完勝でしたよ」
酒場のバーテン――― 確か、名前はアーノルドさんだったかな。どこから飛び降りたのか、そのアーノルドさんが空から舞い降り、シュタッと華麗に着地して来た。
「うおおおっ! 今度はシングル探索者、『紳士』のアーノルド・ウォード! 酒場以外で見るなんて、すっげぇレアな光景だ!」
「な、何か凄く詳しくない、アンタ……?」
「あの人もベクトの勝ち判定? これ、もう決まったもんじゃない?」
「ほらな、俺が言った通りだ!」
「し、渋い……!」
まさかグレアさんに引き続き、アーノルドさんも駆け付けてくれるとは。ん? 待てよ、貴族同盟の面々が集結しているとなれば、次はもしや。
「フッ、貴族同盟揃い踏みであるな! 吾輩もここに保証しよう! この決闘、ベクトの勝利であると!」
やっぱり! オーリー男爵! オーリー・オルオリ―が来てくれたぞ、皆!
「……誰だ?」
「え、アンタでも分からないの? でも、ホントに誰?」
「あの変な髭の人、プラス要素なの? それともマイナス要素なの?」
「いかん、少し自信なくなって来た……」
「論外」
あ、あれっ? 個人的に嬉しさが最高潮に達しているんだけど、観衆の反応は真逆っぽい。おい、男爵に対して辛辣過ぎだろ。
「バデンさん、いい加減に敗北をお認めになっては如何ですの? これ以上の言い訳は、貴方の名誉を傷つけるだけですわ。尤も、今の時点で既にボロボロですけれどね」
「バデン様、いつも悪事の証拠を残さない貴方らしからぬ失態でしたね。オルカ様の事でよほど焦っていた、それともベクト様を本気で侮っていたのでしょうか? ……それで、まだ何か言うつもりなのですか? 我々貴族同盟の前で、どんな面白い話を?」
「そう、吾輩達、貴族同盟の前でね!」
「ぐっ……! ッチ、クソがっ!」
流石に分が悪いと判断したのか、吐き捨てるようにそう叫んだバデンの姿が、一瞬の光と共に消え去ってしまう。取り巻きも同じように逃げてしまったようで、既に観衆の中から姿を消していた。
「あら、女神像に祈って逃げ帰ってしまいましたか。口先と逃げ足だけは達者ですこと」
「うむ、吾輩の逃げ足と良い勝負であったな」
「ですが、あれだけの恥をかいたんです。暫くは街の中も歩けないでしょう」
そんな貴族同盟の言葉を耳にし、更にバデンが逃げ帰った事を確認した観衆は、その瞬間、わっと沸き立った。
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