第105話 決闘
「おい、聞いたか? あっちの方でよ、あのバデンとオルカの連れが決闘するんだってよ!」
「は? それってマジか? バデンと言えば素行はアレだが、実力は確かなダブルの探索者なんだろ? 勝負になるのか?」
「馬鹿、相手はオルカの連れなんだぞ!? 確かに実力は分からねぇが、弱いと決まった訳じゃねぇだろ!」
バデンが大声で決闘の宣伝をしてくれたお蔭なのか、いつの間にやら俺達の周りには、結構な数の野次馬による人だかりができていた。まあオルカとバデンは探索者の中でもトップレベルに有名な訳だし、その二人の名前が出て、実際この場にも二人がいたとしたら、これだけの人数が集まるのも納得か。
「良い感じに観客が集まって来やがった。なあ小僧、もう前言撤回はできねぇぜ? 娯楽の少ねぇこの街だ。何か騒ぎが起きれば、直ぐに噂は広がって街中に伝わる。それこそオルカの帰還やクロノスの死、或いは小生意気なルーキーの事とかなぁ!」
「何だ、やっぱり最初から俺の事は知ってたのか。安心しなって、今になって戦わないなんて事は言わない。これだけ人の目があるのなら、負けた方は言い訳できないからな。むしろ、そっちの方が逃げないか心配していたところだよ」
一方の俺とバデンはというと、口撃と視線のぶつけ合いで火花を散らしていた。何も無駄に時間を浪費している訳ではない。奇遇にもお互いに思惑は同じなようで、さっきも俺が言った通り、観衆を増やす事で決闘後の言い訳を封じる狙いがある。言ってしまえば、この場に立ち会っている全員が決闘の証人となってくれるのだ。
「ベクト、どうせダメージは入らないんだ。遠慮せず本気の一撃を食らわせてやれ」
「ああ、元からそのつもりだよ」
「バ、バデンさん、だ、大丈夫ッスよね? な、何かあのルーキー、やけに自信満々ッスけど……」
「怖いもの知らずなだけだ! それくらい分かれ!」
そして、立ち位置としてはセコンドに当たるオルカと敵の取り巻きであるが、こちらのスタンスは全く異なっていた。オルカが俺の背中を押してくれているのに対し、
「……そろそろ始めても良いんじゃないか? これだけ観衆がいるんだ、もう十分だろ」
「ハッ、よほど負け急ぎたいらしいな。良いだろう、てめぇの化けの皮を剥がしてやる!」
バデン曰く、互いに十歩ほど離れた位置より開始するのが、この街での決闘スタイルらしい。この話が本当なのかは怪しいところだが、オルカに聞いてみたところ、決闘には特に決まったスタイルなんてものはないんだそうだ。また嘘かよって話だが、まあこの形式自体に反論する要素はない為、そのまま受け入れる事にした。代わりに、開始の合図はこちらで決める。
「後で不正だなんだのって言われるのは面倒だからな。オルカ、その辺に落ちてる適当な石を、真上に投げてくれ。その石が地面に落ちた瞬間が合図だ」
「フン、まあ良いだろう。さあ、やろうじゃねぇか……!」
俺とバデンがスタートの位置につく。小石を地面から拾い上げたオルカは、合図を公平に行う為に、そのちょうど真ん中あたりの観衆近くへと移動。釣られてなのかバデンの取り巻きも遠慮がちに、オルカの向かい側の観衆達に交じって行った。
「お、おい」
「ああ、遂に始めるっぽいぞ」
「静かにしなって! 大事なとこを見逃しちゃうよ!」
「お前も静かにしろっての!」
空気の感じが変わった事に、観衆達も気付いたんだろう。段々と喧騒が収まっていき、最終的には街の中なのが嘘みたいに、シンと静まり返った。
「では、これよりベクトとバデンの決闘を執り行う。勝負はダメージにかかわらず、先に相手に一打を入れた方の勝ちとする。勝利の権利は事前に話した通り、開始の合図はこの石が地面に落ちた瞬間だ。双方、間違いないか?」
「ああ、バデンにはオルカの視界から今後一切消えてもらう。それで問題ないよ」
「ハッ、オルカこそ俺の相棒に相応しい。それで問題ないだろうが」
「よろしい」
皆が固唾を呑んで見守る中、オルカが握っていた小石を宙へと放り投げた。弧を描きながら高々と上がったそれは、次第に俺とバデンの視線の先へと落下していき―――
―――コンッ。
僅かな落下音を鳴らして、地面へと舞い降りた。
『行くぞ!』
その瞬間にダリウスソードが声を張り上げ、同時に「あいよ」と呼応した俺も、眼前の敵へと突貫を開始。自己採点ではあるが、スタートダッシュは完璧だった。
「驚け、クソがぁっ!」
そんな俺とは対照的に、バデンは全く前には進んでいなかった。代わりに懐から何かを取り出し、その矛先――― 否、
『むうっ、あの珍妙な筒はなんぞッ!?』
ダリウスの疑問に答える暇もなく、西部劇さながらの早撃ちで銃弾をぶっ放すバデン。俺が身を翻してその銃弾を躱すと、俺の背後にいた観衆の方から悲鳴染みた声が上がる。ダメージがないとはいえ、唐突に銃弾に当てられたら、そりゃあ悲鳴も上がるわな。
しかし、なるほど。黒檻に召喚された探索者は、様々な時代からやって来ている。つまり、うちのダリウスみたいに、銃の存在そのものを知らない者も多いって事だ。日本からやって来た俺は、詳しくないとしても、銃についてはもちろん知っていた。だからこそ、逸早く回避へ思考を回す事ができた訳だが、初見だと厳しかったかもしれない。この決闘方法を選んだ理由、そしてさっき、驚けよ咆哮した訳――― 納得させてもらったよ、悪知恵だけは働くバデンさんよ。
「ッ!?」
まさか俺が躱すとは思っていなかったのか、バデンは一瞬怪訝そうに顔を歪めた。ただ、そこは腐ってもダブルの探索者。次の瞬間には切り替えて、二発三発と次弾を発射。目と射撃の精度も良いようで、バデンの攻撃は正確に俺へと迫る。
『はぁー、飛び道具の類じゃったか。しかし、些か攻撃の軌道が素直過ぎるかの』
その通り。初見で動揺したダリウスでさえ、今はもう冷静さを取り戻している。そのくらいバデンの攻撃は素直過ぎた。現実であれば脅威以外の何者でもない銃撃も、黒檻の世界で探索者として生きる俺にとっては、ちょっと速い程度の代物だ。それが真っ直ぐにしか飛ばないとなれば、見てからでも躱すのは容易い。
「ッ!?」
こちとらホワイトや肉スライムとの戦いを経て、ここに来ているんだ。二発目、三発目も無事に回避。これにはバデンも焦ったようで、さっきよりも表情が酷くなっている。さあ、そろそろ俺の間合いだ。
「舐ぁめるなぁっ!」
バデンが再び吼える。ああ、俺は心配性だからな、舐めるなんて油断めいた思考、絶対にしてやらないよ。それにダブルにまで登り詰めた魔具が、この程度な訳がないもんな。
ダァンダァンと、バデンの魔具より四発目と五発目の弾が放たれる。今回の攻撃は今までとは異なり、銃弾は俺のいる位置とは少しずれた方向に向かって行った。そして俺とすれ違う寸前に、弾道が曲がる。直線から曲線への変化、これがバデンの奥の手か。
『じゃが、それでも相棒には届かぬ』
銃弾の向かう先が曲がっても、迫るスピードが同じであれば、大した驚きにはなり得ない。こんなもの、拳銃を目にした瞬間に予想した変化の一つに過ぎない。跳弾とか銃弾同士をぶつけるとか、それくらいしてくれたら良い勝負だったかもな。だからこそ、この程度の攻撃は問題なく躱せる。
「ば、馬鹿な―――」
おいおい、今更驚くなよ。自分有利なルールを仕掛けて来るのは良いけど、どんだけ俺を下に見ていたんだ。弾を躱した先にいたバデンの頭部目掛け、ダリウスソードにて鉄槌を下す。
―――スパァーーーン!
すると、どうだろう? まるで巨大なハリセンで叩いたが如く、バデンの頭は子気味の良い音を響かせてくれた。
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