第104話 馬耳東風

 なぜこの世界は、こうもタイミング悪く物事を進めてしまうのか。というか、さっきの今でフラグを回収するのは止めて頂きたい。そんな訳で、表情にこそ出してはいないが、今の俺はとっても愚痴を言いたい気分だった。


「おい、無視するなよ。こっちを向け」


 そんな俺の思いなど知る筈もなく、先ほど声を掛けて来た相手が催促して来た。用があるのはオルカだけなんだろうが、彼女の相棒としてこれを見過ごす訳にもいかない。オルカと一度視線を合わせ、仕方なく振り返ってやる。


「おお、やっぱりオルカだ。言っただろ? 俺は相手がオルカなら、尻の形で見分けがつくってよ」

「へへっ、流石はバデンさんでさぁ」


 先の一言である程度の予想はしていたが、振り返った途端に下劣な言葉が耳に入ってしまう。そして視界の先には、スキンヘッドに入れ墨入りの強面、聞いていた情報ほぼその通りの筋肉質な男と、恐らくはその取り巻きであろうガラの悪そうな男がいた。取り巻きの方が強面をバデンと呼んでいるし、やはり確定か。


「……悪いが、私は貴様に用がない。つまらない話をするつもりなら、自分の仲間とだけやっているんだな」

「へへっ、相変わらず口の減らない女だ。だが、それが良い。確かな実力に気高き精神、俺の好みのど真ん中を貫いているぜ、オルカァ~」


 この世界での入れ墨って、どういう立ち位置になるんだろうな。黒檻に入る前に彫っていたら、その状態のまま継承されるのだろうか? それともないとは思うが、この世界で改めて彫ったとか? まあ、どっちでも良いか。入れ墨が前者だろうが後者だろうが、それ以前に人としてろくでもない事が、この僅かな時間だけで理解できてしまったもの。あまり噂話には振り回されるものではないが、このバデンとやらは、どうやら噂通りの人物であるらしい。


「なに、これから俺がするのはオルカ、お前にだって有益な話さ。さっきも言ったが、クロノスの野郎がくたばったんだろう? なら、お前と対等の実力者はこの俺、バデンだけになった訳だ。そうだろ? 前々から何度も誘ってはいたが、クロノスがいるからという理由はもう通用しないぜ?」

「………」


 っと、思わず唖然としてしまった。オルカに態度と言葉で断られているってのに、このバデンという男は全然めげてない。それどころか当然とばかりに、強引にオルカに近づこうとしていた。ただ、唖然としている間にも俺の体は自然と動いていたようで、気が付けば立ち塞がるようにして、オルカの前に出ていた。


「あ? 何か用か、小僧?」

「いや、俺はアンタに用はないけど、パートナーが嫌がってるのを放っておく訳にもいかなくてさ。できれば回れ右していんだけど、どうかな?」

「ああ?」


 バデンが分かりやすいほどに威嚇して来た。ああ、もう。ホワイトの咆哮ほどではないにしても、その強面で睨まれると怖いんですけど…… ここが安全地帯で本当に良かったよ。どうあっても暴力沙汰にはならないし。


「さっきからオルカの隣にいて、気になってはいたが、てめぇは一体何なんだ? 目ざわりだ、失せろ」

「おっと、思ったよりも耳が悪かったようだ。それとも頭が悪いのかな? さっき言っただろ、オルカは俺のパートナーだ。失せるのはお前の方だって、馬鹿でも分かるように言ったつもりなんだけど、その残念な頭じゃ理解できなかったか」

「んだとぉ!?」


 自分でも驚いてしまうくらい、売り言葉に買い言葉で答えてしまった。おかしいな、俺は穏便に済ませたかった筈なんだけど。 ……けど、相方のオルカを、そしてその大切な仲間であるクロノスを、ここまで虚仮これにされて、黙っている訳にはいかないよな。


「フッ、その通りだ。バデン、クロノスの事をどこで聞いたのかは知らないが、今の私にはこのベクトがいる。そもそも対等云々の話も気に入らないし、貴様と組む気なんてさらさらないよ。で、用件はそれだけか? ならば、私達はこれで失礼するよ。貴様と無駄話をしているほど、私達は暇ではないんでね」

「ッ……!」


 いつもよりも攻撃的な俺の援護射撃をするように、いや、自ら止めを刺しに行くかの如く、オルカが強烈な言葉いちげきをバデンに食らわす。完璧なる否定と拒絶だ。取り巻きの男も唖然としているようだし、流石のバデンだって、オルカにここまで言われては言い返す事は―――


「待てぇい! 気に入らねぇ、ああ、気に入らねぇなぁ! そんな小僧がこのバデンを差し置いて、オルカと組んだだとぉ!? 納得いく訳ねぇだろうぉがよぉぉぉ!」


 ―――あるよなぁ。ここで諦めてくれたら、こんなにも拗らせてまでオルカに付き纏う訳がないもんなぁ。バデンはスキンヘッドに幾つもの青筋を立てながら、尚も大声で喚き続けている。


「ベクト、アレでもバデンは悪知恵が働く。一見感情のままに動いているようにしか見えなくとも、注意は怠らないでくれ」


 どうしたものかと考えを巡らせていると、ふとオルカが俺の耳元でそう囁いた。なるほど、あの怒りはあくまでもポーズ、裏では何か汚い事でも考えてるって事か。


「てめぇ、ベクトと言ったか? それ以上俺のオルカに近づくんじゃねぇ。マジで殺すぞ?」


 俺がオルカに了解と耳打ちしていると、その行為さえも気に障ったのか、バデンが更に声を荒げ始めた。しかし理屈が通じず、何か裏がありそうだとはいえ、このまま無視するのも危うそうだ。どこまでも纏わりついて来そうだし。さて、どうしたものか。


「分かった、分かったぜぇ。そこまでその小僧の肩を持つと言うのなら、今この場で実力を示してもらおうじゃねぇか。小僧、いっちょ俺と勝負といこうや。オルカと並ぶ覚悟あるのなら、これくらいの事は当然受けるんだろぉ?」

「ハァ、改めてオルカとクロノスに同情するよ。こんなのにストーカーされちゃあ、追い返すのも一苦労だったろうに。何が当然なのか全くもって理解不能、その上この場で勝負だって? ダメージの通らないこの街の中じゃ、やったとしても決着もクソもないだろ」


 ここは探索者の街の南部、もろに女神像の影響を受けている場所だ。仮に俺とバデンが争ったって、どちらにもダメージが通らず状態異常も起きず、勝負は決まらない。


「ハッ、何も殺す殺しただけが勝負じゃねぇだろうが。ダメージが通らなくとも、斬った斬られたのやり取りはできらぁ。どうだ? 相手に対して、先に一打を入れた方が勝ちってのは? 要は先制した方の勝ちってこった。これならてめぇと勝負を決するこたぁできる。やるだろ? やるよなぁ? あれだけの啖呵を切ったんだもんなぁ!?」


 バデンは明らかに俺を煽っている。その先手勝負とやらに余程の自信があるのか、それとも勝ちを確信できるらくいの策を用意しているのか…… 今のところ、バデンの魔具らしきものはどこにも見当たらない。一体何の得物を使うのか分からないってのは、少し厄介だな。


「オルカ」

「ああ、あんな挑発に乗る必要は―――」

「―――いや、勝負してみても良いか?」

「……ベクト?」

「いやさ、あの手の輩は話が通じないし、このままじゃ問題の解決だってできないだろ? 仮に勝負に勝っても絶対因縁はつけて来るだろうけど、奴の実力を測る分にはこっちも損はない。何か仕掛けて来るにしても、外でやられるよりかは安心だろうしさ」

「それは、そうだが……」


 オルカはバデンとの因縁に俺を関わらせたくないようだが、これからバデンよりも手強い黒霊を倒しに行こうとしているんだ。こんなところで負けているようじゃ、正直敵討ちも話にならないだろう。 ……それに、そろそろ俺も我慢の限界だ。


「……分かったよ。ベクト、この場はお前に任せた」

「了解、任せてくれてありがとな」


 やるからには徹底的にやれと、オルカが視線でそう言っている。ああ、分かってるよ。ダブルの先輩だろうが、そんなの関係ない。気持ち悪くにやついているバデンに、俺の手で一泡吹かせてやるよ。


「俺が勝ったら、今後一切オルカの視界に入るな。それを約束するんだったら、勝負してやるよ」

「ひゃっははははは! 言ったなぁ、受けるんだなぁ!? ならよ、俺が勝ったらてめぇは落第、オルカは俺が貰うぜぇ!?」


 こうして俺は同じダブルの探索者、バデンと決闘する事になった。

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