第103話 善と悪

 その後、慟哭どうこく装備に着替え終わった俺は、着心地を確かめるという名目で皆の前で様々なポージングを決める事になった。ダリウスソードを構えたり、女の子達の要望で格好つけたポーズになったりと、控えめに言って地獄である。ただ、オルカだけは遠目に見ているだけで、その輪に交じる事はなかった。うう、流石はオルカ、俺にとっての最後の良心……!


「うむ、熟考完了。それよりも、こっちに腕を持って来た方が良いだろう。角度的に大剣が映えるし、影も良い感じに入る」

「「「おおっ、確かに!」」」


 違った。ただ遠目に考えを纏めているだけだった。


 そんな地獄は兎も角として、鍛え直してもらった防具の出来は大変に良く、どこにも問題はなかった。むしろ以前よりも軽く感じるくらいで、動きも全く阻害されない。端的に言ってパーフェクト。


「どこにも問題はなさそうです。流石グレアさんですね」

「も、もう! ですから、ベクトさんってば褒め過ぎですわっ!」

「ぐへぇ」


 バシンと、背中に照れ隠しであろうツッコミが飛んで来る。うん、最後の能力さえなければ、本当に完璧の出来だったんだけどなぁ。一応、これでも男の子なので、顔には出さないけどさ。痛い、痛いのよ……


 恥ずかしさと痛みに耐えた後は完全に息抜きモードとなり、皆で会話を弾ませる。


「堪能させて頂きました。まさか、私達の無茶振りに応えてくれるなんて、思ってもいませんでした!」

「ねー。ベクトさんが普通に良い人そうで良かったです」

「私達も安心して(店長を)任せられます!」

「そ、そうですか。期待に応えられて良かったです。(装備を)任せられたからには、探索者としてしっかりと付き合っていきますよ」

「「「キャー!」」」


 地獄のポージング大会をやり遂げたからなのか、或いは装備について満足のいく回答が得られたからなのか、店員の子達は非常に嬉しそうだ。まあ、アレで喜んでくれたのなら何よりかな。何気にオルカやグレアさんも楽しんでいたみたいだし。


「そういえば、グレアさんと店員の皆さんは、どういった繋がりでお店をする事になったんですか? やはり、元々何かしらの形でこの街で商売を?」

「あ、いえ、私達は店長に拾ってもらったんです」

「へ?」


 思わぬ返答に変な声が出てしまう。


「私達、一応は探索者でもあるんですけど…… 運良くこの街を見つけて、それから直ぐに色々と諦めちゃったんです」

「あの時の私、酷かったなぁ。ゼロのままの探索者で、他にできる事なんて何もなくて、だけど白の空間にただ引き篭もる事もできなくって、街の中でただただ時間が過ぎるのを待っていただけだったもん」

「そんな時に声を掛けてくれたのが、他でもない店長だったんです!」

「そんなに暇なら、私の華麗な仕事をお手伝いなさい! って、自信満々に言われちゃって。最初は何事かと面食らっちゃいましたよ~。このお店の制服も店長のお手製で、こんなに可愛いのに実はかなり高性能なんです!」

「へえ、それもグレアさんが」

「ちょっと、貴女達!?」


 ああ、なるほど。探索を諦め路頭に迷っていたこの子達に、グレアさんは救いの手を差し伸べたのか。人手を必要としていたってのもあるんだろうけど、俺にとってオルカがそうであったように、頼りになる誰かが正しい道に導いてくれるってのは、凄く心の支えになる事なんだ。このクソみたいな世界では、特にな。


「こういった服まで製作されるなんて、グレアさんは本当に何でも作れるんですね。改めて驚かされました」

「そ、そこまで大した事ではありませんの。心を込めてハンマーで叩けば、自ずと頭に思い描いた形になるものですわ」

「へ、へえ~」


 ん、んんっ? 聞き間違えたかな? 今、ハンマーで叩いたって聞こえた気がしたけど。まさかな、きっと聞き間違いだろう。


「他にも白の空間に置く用の分割式のベッドだとか、青霊を救出した事のない私達に、最低限の家具とかもくれたんだよね。これくらい、うちの社員として当然の待遇ですの! ってさ」

「あっ、今のすっごく似てた~。後は街で待機する時に不自由しないようにって、この部屋を借りたり家具や日用品を揃えてくれたりも―――」

「―――そ、そんな昔のつまらない話、お客様の前でするものではないですの! 貴女達、雑談をするにしても、もっと探索者として有益な話をなさい!」


 よほど恥ずかしかったんだろう。グレアさんは頭から湯気が出るほど顔を真っ赤にしながら、店員の子達がそれ以上話を掘り下げるのを阻止した。俺としては今の話題も、グレアさんの人柄を知れる有益な話だったんだけど、本人が嫌がるなら仕方ないな。


「有益な話ですか、そうですね…… あっ、そうだ! オルカさん、気を付けてください。数日前に、バデンの奴が街に帰って来たんですよ」

「バデンが? むう、面倒だな……」


 先ほどまでの緩やか空気と打って変わって、皆が何やら不穏そうな表情を見せている。バデン、確かこの街にいるっていう、悪い噂の絶えないダブルの探索者だったか。しかし、何でオルカを名指しで話したんだろうか?


「オルカ、そのバデンって奴と、何か因縁でもあるのか?」

「いや、私としては何もないつもりなんだが、向こうが事ある毎に突っ掛かって来てな。ほとほと迷惑しているんだよ」


 溜息をつくオルカの表情は、本当に迷惑そうである。


「まあ話を聞く限り、関わるだけ面倒そうな相手だもんな。でも、何でそんなにオルカに?」

「ベクトさん、よく見てくださいよ。オルカさんのこの美貌を!」

「お、おう?」

「これだけ美人で腕っぷしも強い! バデンみたいな独占欲の強い悪人からしてみれば、何としてでも味方に引き込みたい女性って事ですよ!」


 店員の子達がオルカについて力説し始めた。まあ、確かに分からない事もない。今となっては俺も慣れて来たけど、初めて会った時は一瞬見惚れたしな、実際。


「いや、そんな事はないと思うが?」

「「「あるんです! オルカさんは店長とは別方向に魅力的なんです!」」」

「ですわ?」


 ちゃっかりグレアさんの事も褒め称える彼女らは、マジで店員の鏡だと思う。


「あまりこういう事は言いたくありませんけど、クロノスさんがいなくなった今、バデンは以前よりも積極的にオルカさんをつけ狙うと思うんです」

「ですからベクトさん、オルカさんの事、しっかり護ってくださいね!」

「ははっ、どっちかって言うと、いつもは俺の方が護られる側なんだけど…… 分かりました。オルカの相棒として、最善を尽くすと約束します」


 それからも暫く談笑が続き、グレアさん達との距離はすっかりとなくなった。ただまあ、いつまでもお邪魔している訳にもいかないので、頃合いを見計らっておいとまする事に。


「もう行ってしまいますの? もう少しゆっくりして頂いても結構ですのよ?」

「「「そうだそうだ~、もっとゆっくりしていって~!」」」


 が、なぜか止められてしまう。


「いえ、これからオルカと探索に向かう約束をしていたんですよ。グレアさんから頂いた、この新装備の性能も確かめたいですしね」

「むっ、そういう事なら仕方ありませんね。私の防具は超一流ですが、だからと言って過信は禁物です事よ?」

「ああ、グレア。ベクトはそういう油断などとは無縁の性格だから、その辺は安心してくれて良い。どんなに余力があろうと石橋を叩くような奴だ」

「オルカ、それって褒めてるんだよね?」


 そんなこんなで俺達は退室し、グレアさん達と別れるのであった。次の目的地は街から南方向なので、そちら側の街の出口へと向かう。


「……ベクト」

「ああ、分かってる」


 街の南部に差し掛かった辺りで、俺達はとある事に気が付いた。さっきから、何者かに後をつけられている。


「よう、オルカじゃねぇか。聞いたぜ、クロノスの馬鹿がくたばったんだってなぁ?」

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