第102話 お披露目会
この三日間はとても平穏に過ごせ、俺としては久し振りにリフレッシュする事ができた日々だった。まあ、初日に地獄マッサージ事件やグレアさんに連絡し忘れ事件などもありはしたが、結果的にあのマッサージで体の調子は頗る良くなり、グレアさんからの定時連絡も半日に一回という非常に常識的な頻度にまで、なぜか回数が減った。いやあ、一時はどうなるものかと思ったけど、何とかなるものだ。
そして本日、グレアさんから依頼品完成の知らせが届き、再び俺達は黒の空間へと赴く事になったのである。
「では、そろそろ行こうか。二人とも、準備は良いか?」
「俺は大丈夫、グレアさんは?」
「問題などある筈がなくッ!」
「オーケー、なら行きましょう。先ほど説明した通り、同じタイミングで祈れば時間の誤差なく三人同時に移動できます。じゃ、いきますよ? せーのっ!」
「ですわっ!」
空間反転。白から黒へと世界が変わり、俺達は探索者の街に降り立った。女神像がでかいから、どこに転送されるかちょっと心配だったけど、三人とも同じ場所である。見覚えのあるこの辺りは、交換市をやっていた広場の近くか。
「よし、上手くいったみたいだ」
「今更ながらこの耳飾り、とっても便利ですわね。今まで交換市に参加する時は、わざわざ何人か街に待機させていましたのに、これがあればその必要もなさそうですわ」
「あの人数でとなると、相当数の耳飾りが必要になるがな。ところで、例のブツはどこで拝見しようか?」
「例のブツとか言うなって。何か怪しい取引をしているみたいじゃないか」
「フフッ、取引の重要度で言えば、似たようなものですの。それから私、良い取引場所を知ってます。こちらですわ」
何やら心当たりがあるらしいグレアさん。取り敢えず、彼女の後をついて行く事に。交換市が行われていた街の東部から北部へと移動し、何やら住居らしき建物が乱立するエリアに足を踏み入れる。おお、最初に見た西口が比じゃないくらいに、千差万別な建造物が建てられてるよ。建物が絶妙なバランスで積み重なって、一種の団地みたいになってる。
「こ、これは凄いな。というか、よく崩れないな」
「西部にある個人で建てた適当な住居と違って、こちらは低レベルではありますが、『建造』の霊刻印を持つ探索者が建てたものですの。今のところ倒壊した事はありませんわ!」
「今のところ、ですか…… えっと、今後は?」
「未来は自分で切り開くものですの!」
そうだけど、そうじゃないと思うのは俺だけだろうか。
「ここの一室に、私が店の待機所として使っている部屋がありますの。そこなら余計な人の目は付きませんわ。ささっ、ですのですの!」
ですのと同時にグレアさんに背中を押され、そのまま部屋へと誘導される俺とオルカ。上って大丈夫なのか少々不安な階段を乗り越え、行き着いた先は意外としっかりとしたワンルームであった。驚きである。店員の女の子達に出迎えられ、ソファへと案内される。
「あ、あの信じられない外見の建物だったのに、中は普通に良い部屋、だと……!?」
「街に新たな探索者がやって来ては付け足して、今のような外見になったそうですからね。まあ、住めば都というアレですわ! それよりも…… はい、これらが例のブツですの!」
テーブル挟み、向かいのソファに座ったグレアさんが、魔具のハンマーから次々とものを取り出していく。預けていた俺の装備一式、そして新規に頼んでいた馬用の鞍だ。
「おおっ、これが!」
分かりやすいようにと、グレアさんが気を利かしてくれたんだろう。それぞれの装備品の真上には、それらの詳細が『表記』で表示されていた。
「
「オーホッホッホ! そうでしょう、凄いでしょう! 私が鍛え上げた装備品の中でも、これらの品々は間違いなく最高傑作の一品! その性能は超ド級なのですわ!」
紺青シリーズ改め、この慟哭シリーズは見た目こそ殆ど変わっていないが、その強さは今までとは別物となっていた。これ、倍どころの上昇幅じゃないぞ。魔防の数字も合わせれば、それこそ四倍五倍くらいの価値に――― って、うん? 痛覚? 研ぎ澄ま、ううぅん?
「……あの、グレアさん? 表示されている装備の能力に、痛覚がどうのって記されているんですが、これは?」
「あら、お気づきになりましたのね! ベクトさんが求めるもの、それを追求した結果がこれですの!」
「……あの、一体何を追求して?」
「もう、そこまで私に言わせるおつもりですの? これ以上の言葉は野暮ってもんですわ!」
俺、何かグレアさんの気に障る事でもしたっけ?
「なるほど、敢えて痛覚を高める事で、危機感を常時高める狙いがある訳か。痛みに敏感になる事で、察知能力の向上も見込めるかもしれない。自分は生半可な覚悟で探索しているのではないと、そんな想いが文字通り痛いほど伝わって来る…… ベクトの気概を察するとは、グレアは流石だな!」
「何が!?」
オルカはオルカで、また都合の良いように解釈しちゃってる。俺、痛いの普通にやだよ? ああ、痛いのはもう嫌だ、嫌なんだ……
「む? グレア、私は馬用の鞍をお願いした筈だが、これは些か小さくはないか?」
そんなオルカの声に手放していた意識を取り戻して、視線を鞍の方へと移す。確かにオルカの言う通り、鞍は手の平に乗る程度のサイズでしかなく、馬に取り付けるにはかなり小さいように思えた。チワワとか、そんな小型犬向けという印象である。
「いえ、これで問題ありませんわ。ドワーフ殺しを頂いた分、こちらの鞍もかなり手が込んでいましてよ。馬に限らず、どんな黒霊もこれ一つで事足りますの」
「ッ! まさか、対象の大きさによってサイズが変化するのか!?」
「その通り! ですわ!」
何やらピンと来た様子のオルカ。えっと、どういう事だ?
「つまり装備させる黒霊の体に合わせて、この鞍の大きさが丁度良いサイズに変化するという事だよ。フリジアンだけでなくホワイトも、やろうと思えばハゼちゃんズに乗る鞍にもなる!」
え、それって地味に凄くない? 自動可変式って、お願いしていた鞍の範疇を軽く超えちゃってない?
「グ、グレアさん、良いんですか? 予想を遥かに超えて、こんなにも凄いものを……」
「何を言ってますの? この程度の事、ドワーフ殺しを頂いたのなら、当然の事ですわ! それよりもベクトさん、早くこれらを着てみてくださいな。着心地や動かしにくい箇所がないか、諸々をチェックしませんと!」
「はーい、試着室はこちらでーす」
「え、あ、ちょっと……!」
店員の子達に連れられて、部屋の片隅にあったカーテン式の試着室へと移動させられる俺。そして、慟哭シリーズと一緒にイン。
え? 確かにカーテンはあるけどさ、この状態で着替えるの? 何か、外の皆にすっごく注目されてない?
「………」
つっ立ってばかりいても仕方ないので、何とも言えない羞恥心と共に着替え始める。さっきまであんなに賑やかだったのに、何で今は静かになっているのだろうか。鎧やらの装備を装着する時のちょっとした音が、やたらと大きく聞こえてしまう。さ、さっさと済ませよう、そうしよう。
「あの、着替え終わったけど……」
「「「「「おおっ!」」」」」
カーテンを開けた途端、この場にいた全員の視線が一気に俺の方へと集束。直接的な痛みではない筈なんだけど、心への負荷がいつもよりも大きい気がした。
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