第101話 慟哭
一方その頃、グレアの拠点である白の空間では、鍛冶工房にて彼女が作業に取り掛かる真っ最中であった。
―――カァーン、カァーン。
金属を打ち鳴らす音が、工房内に絶えず鳴り響く。工房は溢れる熱気でサウナ以上の温度になっており、ただそこにいるだけで汗が吹き出るような状態だ。しかし、そこはドワーフ族の特性と言うべきか。普通の人間であれば数分で逃げ出してしまうであろうこの環境下で、彼女は一時間もハンマーを握り、また振るい続けていた。
「うお、あっづ! 相変わらずの地獄温度だなぁ、ここは…… お嬢、そろそろ休憩にしやしょうぜ!」
そう叫びながら灼熱の工房に入って来たのは、この工房を生成した巨漢の青霊であった。この場所は本来鍛冶師である彼の仕事場で、元々グレアは彼の下で鍛冶の技術を学んでいたのだが、彼女がシングルの探索者へと成長した際、力量の大逆転現象が発生。『鍛冶』の霊刻印をレベルアップさせたグレアは、職人としての腕が彼以上に優れていたのだ。その為に立場までもが大逆転してしまい、現在彼はグレアの下で見習いとして修行している訳だ。普通はやさぐれてしまいそうな事柄であるが、意外と彼は乗り気であったようだ。
「あら、もう休憩ですの? さっきハンマーを握ったばかりですのに」
「もうって、きっかり一時間経ってますよ。本っ当に凄い集中力ッスよね、お嬢は」
「霊刻印に頼らずとも、技術的な事は自力で成長できますもの。集中しないなんて、もったいないではないですか! って、一時間? もう一時間ですの? 五分十分の間違いではなくって?」
「間違いなく一時間ッス。良いんですかい、例の定時連絡だか何だかってやつをしなくても?」
「てんで良ろしくありませんのっ! 商人たる者、時間厳守は絶対! そしてまた、報・連・相も絶対ですからね! これからベクトさんに連絡して来ますので、窯の温度が下がらないように調整しておいてくださいまし!」
「へい、承知しやした。ごゆっくりどうぞ~」
慌てて工房を出て行くグレアの小さな後ろ姿を、彼は微笑ましそうに見送る。
「……あんなに夢中になちゃって。今までならどんな理由があろうとも、仕事中に道具を手放したりなんてしなかっただろうに。これは遂に、お嬢にも春が来たって事かねぇ? あっしが心配する事でもねぇが、意中の相手には是非とも健全なお付き合いをしてもらいたいもんだ。お嬢、見た目通りマジで初心だし。いやまあ、三日も徹夜してハンマー振るうよりかは、全然こっちの方が健全かな? なんつって! ……よし、仕事すっか」
室内かつサウナ状態の工房だというのに、台詞の最後に冷たい風が吹いたような、そんな気がした青霊であった。
「ふんふんふふ~ん♪ ……ここなら誰もいませんわね? 大事なお客様との連絡ですもの、機密保持はしっかりしなくてはなりませんわ」
工房を出て人目のつかない場所へと移動したグレアは、キョロキョロと周りを見回しながら、耳飾りでの連絡の準備をしていた。如何に親しい白の空間の青霊達と言えども、その会話を聞かれるのは少々気恥ずかしい、否、秘密保持の観点からよろしくないと考えているようだ。尤も先ほどの鍛冶職人同様、薄々周りには気付かれていたりするのだが、その事にグレアは全く気付いていない。
「いつにも増して作業が捗っていますからね。この調子であれば三日と言わず、もっと早くに仕上がると報告するべきでしょうか? いえ、それで手抜きと思われるのは癪ですわね。ここは己の限界に挑戦するという意味でも、ベクトさんの期待に応えられる出来にしませんと。そういう事で作業期間は予定通り、しかしながら強化と生産自体は順調に進んでいると、そのように報告にするのが無難でしょうね。むっ、無難という言葉が少々気に入りませんわね。王道と言い換えておきましょう。作業の話はそうするとして、後はどういった事をお話ししましょうか…… 前回の報告の際には、好きな食べ物がアップルパイである事が分かりました。うーん、次はベクトさんの趣味趣向でもお伺いしましょうか? 顧客の好みを把握するのも、商いをする者として当然の事ですからね! ……では、いきますわよ!」
お得意の独り言マシンガントークを終えて、意を決するが如く、やけに気合いを入れながら耳飾りに触れるグレア。
「オーホッホッホ! ベクトさん、お元気ですか? 私ですのよ!」
滑り出しの言葉がバッチリ決まったとでも思っているのか、グレアの腕はガッツポーズを作っていた。
「この一時間の成果を報告させて頂きますわ。私としては体感で数分に過ぎない時間でしたが、そこは流石の私、体感以上の仕事っぷりを発揮して、着々と防具の完成に近づき――― あの、ベクトさん?」
しかし、そのガッツポーズは直ぐに解かれる事となる。通話先のベクトの様子がおかしな事に気が付いたのだ。前回の通話もそうであったが、いつものベクトであれば通話の返答は直ぐによこす。だというのに今現在グレアの耳に聞こえて来るのは、苦しんで何かに耐えているような、言葉にもならない呻き声ばかりだっだ。
「ベクトさん、ベクトさんですの? あの、何やら苦し気な様子ですが、大丈夫なのですか? 今は白の空間にいらっしゃるのですよね?」
白の空間にいるのであれば、何をされようとも安全な筈。そう考えるグレアの思考は正しく、何も間違ってはいない。だがしかし、耳飾りはいつまで経っても同じような声を寄こすばかりだ。そこから状況が動き出したのは、グレアが通話を開始し、ベクトに問い掛け続けて数分が経っての事だった。
「キャッ!?」
耳飾り越しに、突然ベクトの悲鳴染みた叫び声が聞こえて来たのだ。あまりの衝撃にグレアもつられて悲鳴を漏らしてしまう。
「い、一体何事ですの? この耳飾り、同じ色の空間同士でしか使えませんから、ベクトさんも拠点の方にいらっしゃる筈ですのに。それに、一時間前は普通の様子でした。何か他に作業をしていたのか、時折あちらの青霊の方と話すような感じもしていましたが…… ハッ!?」
この時、グレアが閃く。先ほどのベクトの呻き声や叫び声は、悲痛な様子の他にどこか艶を感じさせるものがあったと、妙な洞察力を発揮したらしい。
「な、なるほど、そういう事でしたのね。探索者によっては仲良くなった青霊の承諾を得て、そのような行為に及ぶという噂を聞いた事があります。ベクトさんはあれほどまでに立派な方、あちらの青霊の方々にも、さぞ頼られる存在になっているのでしょう。ならば、アレがこうして、そんながどうする関係になるのも、まあ自然な流れ。いえ、ぶっちゃけよく分かりませんけど、大よその理解はしましたの!」
分かったような、分かっていないような。兎も角、グレアは分からないところを妄想で補完し、納得に至ったようだ。
「つまり、ベクトさんは痛みを与えられる事に、喜びを感じていらっしゃるのですわ!」
ただ、結論は酷かった。
「思わぬ形でベクトさんの趣味趣向を知ってしまいましたの。ですが、この昂りは一体何でしょうか? 身の内より、無限のエネルギーが溢れ出すような…… ああ、今直ぐにこれを何かにぶつけなければッ!」
その後、グレアは工房へとダッシュ。ベクトの防具の前に立つや否や、ハンマーを大きく掲げ出した。
「ですわ、ですわ、ですわーーーッ!」
「す、すげぇ、今日のお嬢はいつも以上の集中力だ……!」
未知の興奮のまま、本能の赴くままにグレアが打ち直した防具は、予定よりも品質の良く、方向性の異なるものに仕上がったそうな。
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頑強 :+17
魔防 :+16
効果 :痛覚が研ぎ澄まされる。
頑強 :+12
魔防 :+18
効果 :痛覚が研ぎ澄まされる。
頑強 :+3
魔防 :+3
速度 :+5
効果 :痛覚が研ぎ澄まされる。
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