第100話 マッサージ
「―――とまあ、作業は頗る順調ですわね。期待してくださっても良くってよ!」
「ハハッ、元より期待してますって。あっ、もうこんな時間だ。グレアさん、そろそろ失礼します。あまり長く通話に付き合わせても、作業の邪魔になると思いますし」
「私は別に構いません事よ? ですが、それもまたベクトさんの優しさ…… 私、遠慮なくその優しさを頂きます! オーホッホッホッホ! では、さらばですわっ!」
「ええ、さらばですー」
ガチャリ、なんて切断音は流石にしなかったが、グレアさんとの耳飾りを通しての念話を終える。経過報告とグレアさんがこの方法での連絡に慣れてもらうのを兼ねて、定期的にグレアさんから連絡をもらう事になったんだが…… まさか一時間ごとに連絡を頂けるとは、正直夢にも思わなんだ。練習しようと提案したのは俺なので、こちらからもう少し回数を減らすよう提案するもし難い。いや、グレアさんとのお喋り自体はとても愉快で面白いし、なぜか凄く嬉しそうなので、俺も嬉しくなっちゃって口調も段々と砕けて来たんだけど、やっぱり一時間ごとはなかなかに狂気の沙汰だと思うんだ。自身の研鑽に余念がなさ過ぎる。
「携帯電話を買ってもらったばかりの頃って、ああいうもんなのかな……」
「えと、ベクトさん、何だかお疲れのようですね」
「お兄ちゃん、お疲れ~?」
グレアさんとの会話をしつつ、教会裏の畑で野菜の収穫も手伝っていたので、一緒に作業していたイレーネとアリーシャには、とっても変な風に見えていたと思う。それとも、ずっと俺がこんな感じなので、そろそろ慣れて来た頃合いだろうか? ……うん、あまりそんな俺に慣れてほしくはないな。一応、白の空間にいる皆には、グレアさんとの連絡の事は話している。
「んー、多少疲れてるかも? 一度、ひと眠りするって連絡してみようかな。グレアさんも流石にその間は連絡しないだろうし」
「あ、それでしたら就寝前に、マッサージでもしましょうか? 私、結構自信ありますよ? やった後に体が軽くなると、専らの噂です」
「おっ、マッサージか。良いね、それじゃお願いしようかな」
どこでの噂かは知らないけど、上手いマッサージって、やられている間に寝ちゃうイメージがあるもんな。確かに、それならぐっすりと眠れそうだ。まあやるとしても、軽い肩もみや手の平をぐりぐりされたりなんだろうけど…… 今ならば、それでもぐっすりといけちゃう自信がある!
「お姉ちゃん、アリーシャも手伝いたい!」
「なら、一緒にベクトさんのマッサージをしましょうか。簡単なマッサージなら、その場でお教えできると思いますから。ベクトさん、畑仕事で少し汚れてしまいましたし、先に湯を浴びてしまいましょう。お部屋のベッドが一番落ち着くと思いますので、寝間着に着替えてベクトさんのお部屋で待っていてください。準備が整い次第、私達も向かいますので」
「了解だ。実はもう肩がバッキバキだったんだよ」
「あら、それはいけませんね。でしたら疲労軽減に効く調合オイルを持って行って入念に、それからそれから――― よし! 私、本領発揮しちゃいます!」
「アリーシャもしちゃうー」
「お、おう、お手柔らかに、ね……?」
もしかしたら、想像よりも本格的なマッサージかもしれん。
という訳で、収穫した野菜を酒場の調理場に置き、酒場二階の宿に併設されたシャワー室(どういう仕組みなのか不明だが、取っ手を捻るとお湯が出て来る)にて綺麗さっぱり。薄手で動きやすい寝間着に着替え、自室で待つ事十数分。
「ベクトさん、お待たせしました」
「お待たせー」
俺と同じくシャワーを浴びて着替えたのであろう寝間着姿のイレーネとアリーシャが、両手一杯に薬の瓶のようなものを持ってやって来た。 ……うん、何だその一杯の瓶は。
「や、やけに気合いが入ってるな。ええと、その手に持っているのは?」
「マッサージに使う各種オイルにタオル、お部屋に置くアロマポット等々、マッサージの必需品です」
「なのです!」
自信満々にそう言い切るイレーネ。アリーシャは既にお手伝いモードに入っているのか、イレーネの真似っ子をしているよう様子だ。
「……そのアロマ、この前の媚薬とかじゃないよな?」
「ち、違いますよ! 今回のものはいつも使っている材料で作ったものですし、何度も確認したので大丈夫なものです! ……た、多分」
多分……?
「と、兎に角安心なさってください。ささっ、ベッドへどうぞ」
「あ、ああ。横になれば良いのかな?」
「ええ、まずはうつ伏せになって頂ければ」
流石に大丈夫だよな、とイレーネを信じて、俺は素直にベッドの上でうつ伏せになる事に。その間、イレーネはアロマポットの準備をしているようだった。おっ、良い匂いがして来た。香りが強過ぎず、普通に安心できるって言うのかな。少なくとも、これは媚薬の類ではない。
「あー、アロマの匂いだけでで熟睡できそうだ。途中で寝ちゃったらごめんなー」
「いえ、大丈夫ですよ。やっているうちはマッサージの痛みで、まず寝れないと思いますし」
「へー、マッサージの痛みかー、なるほどねー。 ……ん? マッサージの痛み?」
「では、いきますねー」
ふとした疑問が頭に浮かんだ刹那、イレーネが触れた俺の足の裏より、脳天に駆け抜けていくような痛みが走った。
「ッッッ……!?」
声ならぬ声が出てしまう。えっ、何今の? 信じられないくらい痛かったんだけど? 黒の空間を探索していく中で、ある程度の痛みには適応していたつもりでいたが、今のは正直耐え難いくらいの激痛だったぞ。
「イ、イレーネ? 今、何したの……?」
「足のツボを刺激したんです。ツボ押しの効果を倍増させるオイルも併用していますので、やり終わった後は羽毛みたいに体が軽くなっていますよ」
イレーネが天使のような笑顔を咲かせながら、そう説明してくれる。なるほどなるほど、ツボを押したのか。それなら、あの電流みたいな痛みも納得――― できる筈がない。
「いや、それよりも滅茶苦茶痛かったんだけど!? ツボを押した痛みじゃなかったぞ、今の!?」
「ああ、それも特性オイルの効果だと思います。ツボ押しの効果を高めると同時に、少しだけ体が敏感になりますので」
「び、敏感……!?」
それ、つまりは痛覚が覚醒状態になって、ダメージ倍増って事ですか? 今更だけど、これって激痛系のマッサージだったりする? いや、待て待て。白の空間では命にかかわる暴力行為は無力化される筈だろ。なのに、何でこんな凄い刺激に襲われてるの?
「イレーネお姉ちゃん、アリーシャもやってみて良い?」
「でしたら、ベクトさんの肩をやってみましょうか。この辺りによく効くツボがあるんです。そうそう、そこを思いっ切りぐいっと!」
「ぐいっと? こうかな、えいっ!」
その瞬間、俺は男として大変恥ずかしい声を出していた…… と、思う。思うというのは、痛みに耐えるので精一杯で、どんな声を出していたのか、冷静に判別する事ができなかったんだ。
「ア、アリーシャさん、ツボへの刺激が的確です! さては経験者ですね!?」
「えへへ、お父さんとお母さんの肩をよく叩いていたんだ~。とんとんとーんって!」
断じてそんな微笑ましい肩叩きではない。ズドォン! バゴォン! と、マッチョな大男の拳が体に勢いよくめり込むレベルの衝撃だ。あかん、このオイルはあかん、危険過ぎる。眠るは眠るでも、全然違う意味で眠ってしまう。
「ベクトさんはお疲れのようですので、今回はフルコースでやりたいと思います! ベクトさん、そのままゆったり寝ていてくださいね?」
安易にイレーネにマッサージを頼んでしまったのは、ぶっちゃけて言えば過ちであったと確信した。そして、実のところ俺の過ちはもう一つあったんだ。 ……グレアさんに連絡、し忘れてた。
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