第97話 グレア・マルモリー

「もーう! どんな英雄が誕生したかと思えば、なかなかに話せる御仁ではありませんか! このこのこのおっ!」

「グ、グレアさん、あまり脇を突っつかないでください。こそばゆいですって」


 腰を抜かしたグレアさんであったが、酒を飲み交わしながら話をしているうちに、ここまで距離が近くなった。いや、なってしまったと言うべきか? 彼女はドワーフである筈なのだが、酒を飲むにつれて更に饒舌になり、テンションの高まりも天井知らずとなっている。要は結構な勢いで酔っているのだ。


「貴女達も飲んでますの~~~?」

「「「「「イエーイ、飲んでまーす! でも店長は、ほどほどにしてくださーい!」」」」」

「フフフッ、ナイスジョークですの!」


 グレアさんの掛け声に合わせて、店員の子達が一斉に樽ジョッキを掲げ始める。うーん、むしろ店員の子達の方が、酒に強い説があるんじゃないかな? グレアさんが顔真っ赤なのに対して、彼女らは全然顔色や調子に変化がない。グレアさんの酔い具合をこっそりと心配している辺り、飲んだ後のケアも彼女達がやっているんだろうな。ドワーフが酒に強いってのは、あくまでも物語上の性質なのかもしれないな。


「グレア、相変わらず酒に飲まれているな。彼女らが言う通り、そろそろ控えた方が良いんじゃないか?」

「なーに言ってますの、ヒック! ……宴はこれからですのよ?」


 オルカにも心配され始めるグレアさん。しゃっくりが出ていますのよ。


 しかし、酒を飲んでも凛々しいオルカと並んで座っていると、グレアさんの背が小さいのもあって、少し歳の離れた姉妹に見えてしまうな。まあ、実際には同じくらいの年齢っぽいけど。


「という訳でアーノルド卿、おかわり!」

「よろしいのですか?」

「よろしいのですの! って、ああ、そうですわ。あの子達の分も含めて、そろそろお代も払わなくては。何杯分注文しましたっけ?」

「店員方々の分を含め、二十七杯分ですね」

「なるほどなるほど、つまり二十七杯分の冒険譚をお話しすれば良いのですね? よろしい、では行きますわよ!」

「ああ、いえ、それは結構です。前回までに先んじてお話しして頂いた分で、十分に賄っておりますので。まだ五十以上のストックがありますよ」

「あら、そうですの?」


 お立ち台代わりの椅子まで用意して、そこに立とうとしていたグレアさんであったが、どうやら必要以上に話した分のストックがあったようだ。先払いを済んでいると、紳士店主にきっぱりと断られてしまう。 ……いや、五十以上のストックって何!?


「な、なあ、オルカ。グレアさんって、そんなに危険な場所へ探索に赴いているのか?」

「いや、そういう訳じゃないんだが…… まあ、街の中にいる事も多いから、黒檻の探索量はそれなりだ。ただ、商売が上手いのと同じくらい、お喋りも大好きなようでな。武勇伝を語らせたら、この街にグレアの横に並ぶ者はいないよ」

「うむ、グレア卿は些細な事でも面白おかしく語ってくれるのだ。まあ、冒険譚を一度語り始めたら、なかなか止まってくれないのが玉に瑕なんだけどね」


 ああ、アレか。マイクを放してくれない系か。紳士店主が即座に断ったのも納得だ。


「とーこーろーでー! オルカ、クロノスの姿が見えませんけど、あの男はどうしましたの? いつもなら街に入った途端に酒場に入り浸るか、女の尻を追いかけて盛大に振られて、結局酒場に入り浸るような奴でしたのに。あっ、さては遂にあの男に見切りをつけたんですわね? まあ、確かに品のあるオルカには釣り合わない男でしたけれど―――」

「―――グ、グレアさん! ストップ、その話題は一旦ストップ!」

「はえ?」


 これは不味いと思い、急いでグレアさんの話を止める。俺はクロノスの事はよく知らないけど、オルカの心境を考えるに、彼の突っ込んだ話を今するのは避けておきたい。


「ベクト、気遣ってくれてありがとう。だが、ちょうど良い機会だ。皆にも話しておくよ」

「オルカ……」

「うーん? どうしましたの、そんな改まって~?」


 それからオルカは、グレアさん達にクロノスの件を話し出した。とあるエリアの探索で黒霊に襲われ、クロノスが自分を逃がしてくれた事を。その代わりに、クロノスが犠牲になってしまった事を。


「……え? あ? ええっ? じょ、冗談ですわよね?」


 それまでの勝気な雰囲気から一転して、オロオロと狼狽し始めるグレアさん。すっかりと意気消沈、今にも泣き出してしまいそうだ。


「残念だが、本当だ。クロノスが敵の攻撃に貫かれたのを、転移する直前にこの目で見た」

「わ、私、オルカの前でなんて事を……! えと、その、あの…… オルカ、心ない事を言ってしまい、大変申し訳ありませんでしたの!」


 直立し、深々と頭を下げるグレアさん。店員の子達も、そんな彼女に倣って頭を下げ始める。


「いや、そんなに気にしないでくれ。クロノスの街での素行が悪かったのは、事実でしかないのだからな。私がもっとしっかりと監督しておくべきだったよ、まったく」


 オルカはあくまで気丈に振る舞う。いや、頭を次の段階、敵討ちへと完全に切り替えているというべきか。ただ、その代わりに貴族同盟の方々の涙腺が凄い事になっているようで。


「ううっ、そんな、そんな事があっただなんて……! 相方を救いしダブルの英傑に、献杯ッ……!」

「オルカ様、貴女は身を裂かれる思いをしながら、その話をしてくださいました。その価値は私程度の者では決して測れるものではなく、どれだけの対価を払えば良いのか分かりません。今後、この酒場での注文は無料とさせてください」

「こここ、こんな時に私にできる事、私にできる事…… あの、あの、私にできる事があったら、遠慮せずに何でも言ってくださいまし……?」


 オーリー男爵が杯を掲げながら号泣、紳士店主がハンカチで目元を押さえ、グレアさんが涙目になりながら未だにオロオロしていた。貴族同盟、俺以上に涙腺が脆い。


「ほう、何でもか。ならば、一つグレアに作ってほしいものがあってな。寂寞放牧地せきばくほうぼくちの西側に、大きな馬の黒霊がいるだろう? あの馬の体に合う鞍を作ってくれないか?」


 そしてオルカは一枚上手であった。


「鞍、ですの? ええ、それはもちろん構いませんが…… オルカ、黒霊を従える術を身につけましたの?」

「まあ、色々あってな。準備が整い次第、このベクトと共にクロノスの仇を討とうと考えている」

「ええええっ、ですの!? 待ってくださいまし! 何でそんな危険な事を!?」

「文字通り、敵討ちをする為ですよ。ああ、俺もオルカに同意してるんで、その辺は心配しないでください」

「ででで、ですがっ! ……いえ、私がとやかく言う事ではありませんでしたわね。オルカ、何気に一度決めたら頑固ですし。分かりました、お望みの鞍を作って差し上げますわ」

「すまない」

「そこは「ありがとう」と言うべきところですの! ……ところでベクトさん、貴方、そんな装備で危険なエリアに行くつもりですの?」

「えっ? だ、駄目かな?」

「駄目に決まってますの! 誰でも装備できる、私の店でいうところのCランク! その中で言えばなかなかの一品ですが、ダブルの探索者でも苦戦するような場所に行くような装備ではありませんわ!」


 な、なるほど。確かに、防具は最初に探索した屍街かばねがいで発見して以来、ダリウスと違って強化はされていなかったっけ。


「ええと、見ただけでよく分かりましたね?」

「当たり前ですわ! 私、『鑑定』の霊刻印を持っていてよ。そりゃあ、見ただけで分かりますわ!」


 ああ、そういやそうだった。


「ベクトさん、貴方さえよろしければ、私がその防具を鍛えて差し上げましょうか? もちろん、オルカとは違って対価は頂きますけどね!」

「交換市のオーダーメイド版って事ですか。でも対価となるアイテム、ですか…… うーん、俺にはこのドワーフ殺ししかないのですが……」

「そそそそそそそそ、それは伝説の酒ぇーーー!?」


 またグレアさんが腰を抜かした。

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