第96話 貴族同盟
オルカに案内された酒場は広々としていて――― というよりも、広々とした広場の一角に設置された屋台だった。今のところ俺達以外に客はおらず、いきなり貸し切り状態である。
「ここからなら、グレアの様子を確認しながら待てるだろう」
「却下ですわー!」
「あ、ああ、彼女の声も耳に入るから、聞き逃す事はないだろうな……」
グレアさんの元気な声がここまで届いて来ている。口調はお嬢様っぽいのに、何ともあべこべな印象を受けちゃうな。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
ぬおっと、屋台の奥から店主と思われる大柄な男が現れた。率直に言おう、でかい! 身長、2メートル近くあるんじゃないか? ただ、オールバックの髪といい、きっちりと着こなしたバーテンダー風の服といい、彼から受ける印象は粗暴の類などではなく、洗練された雰囲気であった。男爵風に言うのであれば、とても紳士的? うん、そんな感じ。
「ここも交換形式なの?」
こっそりオルカに耳打ちする。
「いや、この酒場は少し特殊でな。支払いは物ではなく、探索中に起こった出来事を店主に話すだけで良いんだ。失敗談による笑い話でも、黒霊と勇敢に戦ったという武勇伝でも、本当に何でも良いぞ」
「……ええと、情報を対価にしてるって事?」
「いえいえ、そこまで大したものは求めておりません」
「うわっ!?」
突然、店主が話に割って入って来た。意外に地獄耳であるらしい。
「私がお客様に提供する酒は、我がホームより殆どコストをかけずに仕入れているもの。ですので、有用な情報などではなく、本当に些細な冒険譚で構わないのです。街の子供であれば、そう…… 勇気を振り絞り、数歩だけ街の外に出てみたとか、その程度の事で結構なのですよ」
「そ、それはいくら何でも些細過ぎませんか?」
「商売というよりも、趣味の意味合いが強い店ですので」
紳士店主はきっぱりとそう言い切った。おお、紳士スマイル。
「盟友ベクト、実を言うと彼、アーノルド
「な、なるほど、貴族同盟に――― 貴族同盟!?」
また変なのが出てきちゃったぞ。頭が痛くなってきちゃったぞ。
「ああ、そうだ。ベクト、一つだけ注意しておこう。ここの店主は寛大だが、嘘だけはつかない方が良い。昔、作り話でただ酒を飲もうとした輩がいたんだが、店主にそれを見破られて、その後この街にいられなくなったからな」
「……女神像付近での殺生は、起こらないんじゃなかったっけ?」
「殺生は起こらないが、やり方は色々あるんだ。彼やオーリー殿が所属する貴族同盟は、意外と街の有力者が多くてな。店での取引が一切できなくなる、それまでの悪行が一瞬にして街中に広がる、なんて事も不可能ではない」
「凄いな、貴族同盟!?」
「いえいえ、そんな大それた事はしていませんよ。私はただ、二度とこのような事はするなと、少しばかりの忠告を彼にしただけです」
「いや、忠告だけで街から姿を消すってのも、それはそれで凄い事だと思うんですけど……」
この店主、一見物腰穏やかだけど、怒らせちゃ不味いタイプだ。嘘、よくないよね! 僕もそう思います!
「その出来事があって以来、この店にはなかなか人が寄り付かなくなってしまってね。この通り、大体の時は閑古鳥が鳴いているのだよ」
「オーリー卿、そこは悪人が寄り付かなくなったと言ってください。お客様の質が高まった、そう考える事もできるのでは?」
「ハハハッ、まあ元々儲けを考えていない商売なんだ。それでも問題はないのさ。あ、ちなみにグレア卿も貴族同盟に所属しておるよ」
「グ、グレアさんもですか…… もう言葉もありませんよ……」
一体何なんだ、貴族同盟…… もしかして、だからグレアさんはお嬢様口調だったのだろうか? それなら納得――― いや、果たして納得して良いものなのだろうか?
「まあ、この店のシステムは理解できましたよ。でも、何について話そうかな。人に話すほど面白い話なんて、そんなにないんだけど……」
「下水道で大黒霊と戦った話はどうだろう? あの時の盟友の雄姿、末代まで語り継がせるべきだと思うのだが」
「夢魔の森を全力で駆け抜けた話はどうだ? 手の内まで明かす必要はないが、かなりスリリングな脱出劇だったろう?」
「ほう、大黒霊に夢魔の森ですか? それはどちらも興味深い。少々お待ちを、とっておきの酒と肴を出しますので」
そこまで期待されても困るのだが。けど、言って困るような内容でもないのは確かか。仕方がない。俺は嘘をつかないよう言葉を慎重に選びながら、事実のみを並べていこう。
◇ ◇ ◇
うっかりトラップを三連続で踏み抜いた話をオルカが、追いかけて来る黒霊の大群から命からがら逃げ延びた話を男爵が話し終える。笑い話で済まないそれらの事を肴にしながら、暫く四人で歓談を楽しんでいると――― 唐突に元気な声が酒場に飛び込んで来た。
「ふはー、良い商いができましたわ! 貴女達、今日もご苦労様でした! いつも通り私が奢りますから、好きなだけ飲むと良いですわ!」
「「「「「わーい、店長太っ腹ー!」」」」」
「だ、誰が太っ腹ですか! ほら、見てこのくびれ! 全然太くなんてないですから!」
この特徴的な話し方は、間違いなくグレアさんのものだ。どうやら露天販売を終え、店員の子達と一緒にこの酒場へ打ち上げに来たらしい。
「わざわざ迎えに行かなくても良いっていうオーリー男爵の言葉、見事に的中しましたね」
「まあね。仕事を終えたグレア卿は、決まってこの店にやって来るんだ」
「って、あらあら? 珍しいですわね、いつも閑古鳥が鳴いているこの酒場に、私達以外の客が訪れているなんて」
「グレア卿、貴女も本当に遠慮がありませんね…… ええ、珍しい御客人が来ていますよ」
「珍しい、ですの? ……ああっ! 貴女、オルカではありませんか! お久し振りですわね、半年振りじゃありませんの!?」
ダッシュでこちらに駆け寄って来たグレアさんが、オルカの両手を掴んでブンブンと上下に振る。なかなかに苛烈な再会だ。
「あ、ああ、それくらい振りか。グレア、君は変わらず元気そうだな?」
「ええ、もちのロンですの! 本当に本当に久し振りですわね! ……あら?」
一頻り手を振りまくった後、位置的にオルカの隣にいた俺と目が合う。
「こちらの方は? ああ、オーリー卿ではなく、オルカの隣にいる彼の事ですわよ? オーリー卿の顔は見飽きてますから、流石に覚えていますもの」
「ハッハッハ、相変わらず素直なお口だね、グレア卿。吾輩、ちょっとショック」
「はいはい。探索者たるもの、その程度のショックでは死にませんの。で、貴方は?」
ぐいっと近寄られての、再度の指名である。いや、それよりも顔が近い、顔が近い! 俺の方から一歩下がらせてもらう!
「は、はじめまして、グレアさん。俺、オルカとオーリー男爵の友人で、ベクトといいます。一応、ダブルの探索者をやっていまして」
「は、ダブル? 本当ですの?」
「ああ、私が保証するよ。ベクトは間違いなくダブルの探索者だ」
「訳あって、吾輩も戦いの場に立ち会った事があるのだ。吾輩も保証するぞ」
「実のところ、私も彼の話を先ほど聞いたところでしてね。嘘を言うような御仁ではないと、そう思っていたところなのですよ」
有り難い事に、周りの皆が俺の言葉を肯定してくれた。そして、そんな皆を前にグレアさんはというと―――
「……ほわわわわっ! マママママジでしたの!? こ、こいつぁてぇへんですわ! 事件ですわ!」
―――テンションを凄い勢いで爆上げさせて、本日一番となる驚き振りを見せてくれた。言葉もそうだが、腰を抜かして地面に尻餅をついてしまっている。
「て、店長が腰を抜かしちゃった! 大丈夫、傷は浅いですよ!」
「この特大インパクトなショックが浅い筈ありませんの! 危うくショック死するほどの、滅茶苦茶に深い傷でしたわ!」
「「「………」」」
探索者たるもの、何だっけ?
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