第95話 交換市

 人混みを何とか抜け出した俺達は、これ以上目立たないよう注意を払いつつ、足早に次の目的地へと向かった。そして遂に街の東部、交換市へと到着する。


「へえ、ここが交換市か!」


 交換市は広場で行われており、大変な賑わいを見せていた。店員と思わしき探索者が所狭しとシートを敷き、その上に交換対象の商品を置いているのだが、その数が大変に多い。また、交換する気があるのかは別にして、市を巡る客の数も滅茶苦茶に多い。街の人口、ここにかなり集中しているんじゃないだろうか? 確かにこの人の数に入り込めば、俺達なんて直ぐに紛れられるだろう。


「ん?」


 辺りを観察していくと、新たによく分からないものを発見。並べられた商品の上の辺り、具体的には空中の部分に、何やらプレートのようなものを浮かんでいたのだ。値札にしてはでかいし、そもそも宙に浮いている意味が分からない。それに道を行き交う人々の手が触れそうになっても、透き通ってそのまま貫通してしまっている。なるほど、あのプレートには実体がないのか。


 それともう一点、何人もいる店員の腕に、腕章のようなものが着けられていた。これだけの人数がいると言うのに、一人として着けていない者がいない。腕章の色は赤だったり青だったりと、何色かに分けられていて、その腕章の色が同じ者同士が密集して露店を構えている事が分かる。不思議に思って、二人にそれらの事を聞いてみた。


「早速気付いたようだな、ベクト。その二つこそが交換市を成り立たせてくれるポイントなんだ」

「というと?」

「吾輩がお教えしよう。まず第一点、宙に浮かぶプレートについて。もっと近づけば分かると思うが、あれには商品である装備品やアイテムの解説文が記載されているんだ。白の空間で案内人が鑑定して話してくれる説明、それを文章化したものと言えば分かりやすいかな?」

「えっ、あれ全部が? そんな事が可能なんですか?」

「どういう訳か、それを可能とする霊刻印が発見されていてね。シングル相当の実力が必要とされるエリアではあるが、そこで頻繁に出現するとある黒霊を倒すと『鑑定』、そして『表記』という霊刻印を入手する事ができるんだ」


 男爵の話を聞くに、『鑑定』は自ら装備品等々の詳細を明かす能力で、『表記』は一定時間実体のないプレートを出現させ、そこに好きな内容を記す事ができる能力なんだとか。


「商品の上に浮かんでいるのは、それらを組み合わせて作り出した商品の説明文という訳だ。あれさえ見れば、その商品がどんなものなのか、一目瞭然だろう?」

「はー、そういう事だったんですね。でも、それだと嘘の情報も書けるんじゃないですか?」

「そこはアレだよ、次のポイントである腕章が信用の証になっているんだ」


 男爵曰く売り手が着けている腕章は、誰が鑑定し表記したのかを示す印であるらしい。青であればあの探索者が、赤であればこの探索者が! というように、色でその解説文を載せた人が分かるようになっているそうだ。『鑑定』と『表記』の霊刻印を共に所持している探索者は非常に少なく、また交換市で信頼の実績を築いた者の腕章は客側も認知している為、詐欺の類が殆ど起こらないのだという。


「逆に言えば、腕章のない露天は信用ができない。よって、売り手は皆真っ当に解説文を載せてもらい、お互いに利のある真っ当な交換をするようになったと、そういう事か…… あ、でも信頼のある腕章を偽装して、それでズルをしようとする奴はいないんですか?」

「同じ腕章をしている者達は、ああやって密集しているからね。一人二人が離れた場所で店を開いていたら、それはそれで怪しいのだよ。それにだ、密集した店の中央には、鑑定と表記を行った探索者本人がいる。盟友、あの白の腕章をした露天を見てみると良い。あそこだ」

「あそこ?」


 男爵の指差す方を向くと、露天の中央に一人の金髪ツインテールの少女が陣取っているのが見えた。腕章をした店員達に絶えず何かの指示をしているようで、大変に忙しそうだ。まだ西の三兄弟ほどの歳っぽいのに、店の中心となってバリバリ働いている事を、直感的に理解する。


「交換市を行う際は、ああやって鑑定を行った者が責任者となるのが基本なんだ」

「えっ? って事は、彼女が店の責任者なんですか? さっき、霊刻印はシングル程度の実力が必要なエリアにあると、そう聞いた気がしましたけど……」

「ん? ああ、彼女の容姿は実際以上に幼く見えてしまうからね。よく勘違いされるんだ。彼女の種族はドワーフ、背が低く見た目は子供のようだが、中身は立派な大人なのだよ」

「ド、ドワーフ……」


 な、なるほど。てっきり探索者は人間しかいないと思っていたけど、前の世界次第では、それ以外の種族が黒檻に来る事もあるのか。当たり前だけど、ドワーフは初めて見たなぁ。


「店長、交換のオーダーが入りました! Bランクのシールドに対して、食料品アイテムが3つです!」


 店員の女の子が、そう言ってドワーフの子を呼んでいる。今気付いたけど、白い腕章を着けた店員は女の子ばかりだな。そのせいもあるのか、ドワーフの子の露店は客足が伸びているように見える。


「今行きますわって、何ですかこれ?」

「何って、うちの白の空間で採れた野菜だけど?」

「それは見れば分かります。問題なのは、無制限に収穫できる食料品アイテムを無加工のまま持って来ている点です。良いですか? こういった食料品は交換市において、価値が低く見積もられるものなのです。そこを補う為に良きシェフの手で最上の料理に昇華させるなどしないと、とてもではありませんが交換する価値は生まれませんわ」

「け、けど、この野菜形には自信があって―――」

「―――そんなところを評価する探索者なんている訳ないでしょう! 食料品アイテムで重要なのは味と希少性に満足度! 他にも色々と要素はありますが、素材の形に拘ってどうするのです! 今、一応鑑定もしてみましたが、やはり何もかもが足りません! これではCランクの防具とも交換できませんわよ!」


 な、何かさっきのドワーフの子に、提案を持ちかけた客の探索者が責められている。


「ベクト、見てみろ。交換の交渉に入ると、ああやって買い手側が交換するアイテムを鑑定するんだ。売り手が信頼性を保証する一方で、客側が嘘をつかない保証なんてものはないからな」

「鑑定というか、客側に説教してない?」


 すっかり打ちひしがれて、地面に手をついてしまっているぞ、客の探索者。


「うーむ、身の丈に合っていない交換を持ち掛けてしまったんだろうねぇ。しかし、グレア君は優しいな。非のあったところを的確に指摘し、改善案まで教示している。あんな無茶な提案、他の店じゃ白い目で見られるだけだというのに、本当に心が広い」

「そ、そうなんですか? ……ん? グレア?」

「ああ、ちなみに彼女が私の知り合いのグレアだ。一発で会えるとは、今日は運が良いな」

「そうなの!?」


 予想外のところに着地した、この展開。ただ、今はグレアさんが忙しそうにいているという事で、閉店の時間になるまで近場の酒場(?)で時間を潰す事になった。


「おっしゃ、その条件交換で売った! ですわー!」


 酒場に向かう途中で、景気の良い声が彼方から聞こえて来た。オーリー男爵の言う通り、悪い人ではなさそうだけど…… うーん、どうだろうなぁ。

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