第94話 四人目

「オ、オーリー男爵ぅ!?」

「ベ、ベクト!? 君は盟友ベクト!?」


 何度かの確認の後、疑念が確信へと変わった俺達は、視線の先にいるかつての戦友の名を叫んでいた。まさかこんなところで再会するなんて。そんな驚きと喜びの思いが入り混じり、感情が高まってしまう。俺達は無意識のうちに駆け寄っていた。


「良かった! やはり生きていたのだな、盟友!」

「男爵のお蔭ですよ。俺を担いで女神像の場所まで運んでくれて…… 感謝してもし切れないです!」

「それは吾輩の台詞なのだよ。盟友がいなかったら、吾輩はあの下水道で身も心も朽ちていたのだから! 兎も角、兎も角だ―――」

「「―――生きていて、本当に良かった!」」


 本日二度目となる固い握手をオーリー男爵と交わす。道のど真ん中だとか、人目なんて気にしている場合ではない。今はただ、男爵との出会いに感謝していたんだ。


「おい、さっきのあの男、今度は変なおっさんと話してるぞ」

「何か楽し気にお喋りしてるし、心なしか距離も近いような…… いや、気のせいなんかじゃない。あの二人の間には壁というものが存在していないんだ……!」

「そういう事なら我も祝福する。二人に幸あれ」

「何だか知らんが、めでたいようだし祝っておこう。呪いもなかった事にしてやるよ」

「へ、へえ、そういう世界もあるのですね。ふーん、ふーーーん? いえ、別に興味はないですけど? 別に何とも思っていませんけど?」


 俺達が再会を喜んでいると、自然と周りから拍手が鳴り響いて来た。見れば、先ほどまで俺に敵意(というよりも殺意)を送って来ていた探索者達が、にこやかな笑顔を作って拍手をしてくれている。へへっ、何だよ。普通に良い奴だったのか、アンタ達……!


 そんな風に少し照れているうちに、道のど真ん中で目立っている事、通行の妨げになっている事に気が付く。すみません、ご迷惑をお掛けしました。


「ベクト、その者は?」


 オルカの下に戻ると、最初にそう問い掛けられた。ああ、そうか。オルカと男爵を会わせるのは、これが初めてになるんだもんな。二人にこれまでの経緯を説明し、簡単に紹介をしていく。


「―――とまあ、そんな事があったんだよ」

「なるほど、ベクトが下水道で出会った探索者とは、貴殿の事だったのか。私からも礼を言わせてくれ。貴殿のお蔭で、ベクトの命が救われた」

「いやいや、だから救われたのは吾輩の命だと、口をすっぱくして言っているのだがね! しかし、驚いたな。盟友ベクトが共に探索をしている相方が、あのオルカ殿だったとは。噂はかねがね伺っておったよ」

「周りの反応からして予想はしてましたけど、男爵もオルカを知っていたんですね。オルカって、この辺では有名なんですか?」

「有名も有名、超有名だよ。容姿の美しさもさる事ながら、探索者の実力もトップを争うとして、この街では知らない者がいないくらいだ」

「へえ、そんなに。道理で注目される訳だ」

「おいおい、注目されていたのはベクト達だろう? それに探索者として評価してくれるのは嬉しいが、正直なところ、噂が独り歩きしている感が否めんよ。私一人が歩いたところで、誰も気づきもしないしな」

「「え?」」

「ん? どうした?」


 いや、注目されてましたよね? 熱視線浴びてましたよね? 俺、男爵と緊急会議。


「ヒソヒソ?(め、盟友ベクト、今のはジョークとして笑うところだったかね?)」

「ヒソ、ヒソヒソ(いえ、オルカは冗談を言うタイプじゃないんで、多分本気で言ってます。本気で周りの視線に気づいていません)」

「ヒソヒソヒソ―――(ほ、本当かね? 彼女、周りが集まっても、誰にアタックされても全く動じない、氷の女王と噂で呼ばれていたんだが、もしかして―――)」

「―――ヒソ(―――ええ、単に天然なだけです。いえ、かなり天然です)」


 確かに氷の魔法は使うけど、ニアピンではあるけど。


「二人とも、急にヒソヒソと何を話しているんだ?」

「い、いや、周りの評価はどうであれ、オルカの力は確かなものだよって、男爵に教えていたところなんだ」

「そ、そうなのだよ。尤も、吾輩はオルカ殿の実力を全く疑ってなどいないのだがね。何せオルカ殿は、この街に三人しかいないダブル――― 所謂、真の実力者だ。その力強くも荘厳なる魔具を前にしたら、疑う余地なんて生まれないのだよ」


 男爵がオルカの長剣型の魔具を注視する。言われてみれば確かに、周りの探索者達を見回しても、そこまで成長している魔具は見当たらない。なるほど、探索者の格好よりも魔具の成長具合を観察した方が、実力の判別に使えそうだ。


「ダブルの探索者って三人しかいないんだ?」

「一応、この街を利用している者の中ではな。私にクロノス、さっき言ったバデンの三人だ」

「げっ、要注意人物もダブルなのか……」


 街の中だと兎も角、外では会いたくない相手だな。尚更警戒が必要そうだ。


「むっ? ところで盟友ベクト、君の魔具も以前より大分大きく、いや、巨大になっているが、シングルになるとそんなにも成長するものなのかね? 以前はこのくらいだったと、そう記憶していたのだが……」

「ああ、俺の魔具ですか? 実はあの後、もう一体大黒霊を倒しまして、今はダブルの探索者なんですよ」

「………」

「あの、オーリー男爵?」

「お、お、お……」

「お?」

「おめでとう、盟友! 君はまた、伝説となった! まさかまさか、ダブルの探索者となっているだなんて、誰が予想していようか!?」


 街中に広がる男爵の叫び。また視線と注目が集まり、人も集まって来る。


「おい、さっきのあの男、ダブルの探索者らしいぞ。四人目のダブルだ……!」

「いやいや、流石にそんな訳があるかよ。あいつ、今日初めてここに来た新顔だぞ? ちょっとオルカと仲が良くて、仕事仲間っぽくて、魔具もでかくて――― あれ?」

「おお、新たなる希望の誕生に祝福を」

「俺は前から分かっていたぜ? あいつはいつか大業を成し遂げるってな」

「お姉様とお揃いの、ダブルの探索者!? まさかクロノスに並ぶ、私の新たなライバル……!?」


 そして、最早おなじみの人々によるコメントの嵐。アンタら、もしかしてずっと俺達の後をついて来てない?


「おい、新たなダブルの探索者だってよ。どいつだ?」

「それって大黒霊を二体も倒したって事だろ? おいおい、一体いつ振りの快挙だよ!」


 っと、顔なじみの人らの声が大きいのはいつもの事だが、ダブルの探索者というネームバリューは思っていた以上のようで、段々とそれ以外にも人だかりが増えて来ている。これ以上ここにいると、余計に目立ってしまいそうだ。


「す、すまない、盟友。思わず、余計な事を叫んでしまった……」

「いえ、いつかは知られてしまう事ですし、男爵が謝る必要なんてないですよ。それより、早くここを離れましょう」

「交換市は人通りが多いから、そこまで行けば撒けるだろう。先導しよう、こっちだ」

「男爵、少し飛ばしますよ?」

「ああ、問題ない。吾輩、逃げ足だけは誰にも負けないからな!」


 オルカを先頭に、人混みからの脱出を図る俺達。目指すは交換市、グレアさんが店を構える場所だ。

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