第93話 再結成と再会

「い、良いのか、ベクト? これはお前にとって、何の利益もない話なんだぞ? 単なる私怨による復讐、たとえこれを成し遂げられたとしても、私がベクトにしてやれる事なんて―――」

「―――前払いで散々鍛えてもらったから、メリット云々の話はそもそも必要ないんだよ。オルカが単なる復讐も燃えているのなら、単に俺はその手伝いをしたいだけだ。ほら」


 オルカに右手を差し出す。


「これは?」

「改めてコンビを組む、契りの握手。もうお互いに隠す事も全部なくなったんだ。こんなところで酒を飲み交わす訳にもいかないからさ、一先ずはこれでコンビ再結成って事にしないか? まあ、オルカが良ければ、なんだけどな」

「……フフッ、お前って奴は。ここまでお膳立てしておいて、私の方から断ると思うのか? 答えはもちろん――― 私からも、改めてよろしく頼む!」


 オルカとがっしりと握手を交わす。これで俺達は、正真正銘の探索者コンビって事あだだだだだっ! オルカさん、力ッ! 握手の力加減! 潰れる、潰れるうッ!?


「フッ、純粋な力であれば、まだまだ私の方が上のようだな」

「ち、力に限らず、基本的なステータスはオルカが上だよ……」


 これ、折れてない? ヒビ入ってない? 霊薬使った方が良くない? ヘイ、ダリウス。霊薬プリーズ。


『相棒、前払いで貰ってるというくだり良かったが、そこはもう少し貪欲に行った方が良かったのではないか? ほれ、この場合、相棒は何でもお願いできる立場にいる訳じゃし』


 ダリウスソード、お前は騎士道をどこに捨てて来たの? それより霊薬を出してくれ。割とマジで激痛走ってるから。


「まあ、オルカがいつもの調子に戻ってくれた事を、今は喜ぶべきかな…… で、一旦あの巨大女神像に祈りに行くんだっけ? それとも、例の物作りが得意な知り合いを捜しに行くか?」

「会いに行く方を優先しようか。ここに拠点を置いているとはいえ、いつも街にいるとは限らないからな」

「了解だ。ええと、その探索者の名前は?」

「グレアだ。グレア・マルモリー」

「へ、へえ、個性的な名前だな」


 どこかの男爵と似たニュアンスの名前のような…… うん、きっと気のせいだろう、気のせい。



    ◇    ◇    ◇    



 探索者の街、その東部へと向かう。上を見上げれば巨大女神像の慈悲深い顔が直ぐそこにあって、ずっと上から見られているようで少し落ち着かない。いや、探索者にとっては、とっても有り難い存在なのは間違いないんだけど、やっぱ威圧感が凄まじいんだよなぁ。これ、暫く滞在したら慣れるもんなんだろうか?


「物々交換を行う交換市こうかんいちが、街の東部にあるんだ。あと少しで到着するぞ」


 黒の空間での探索を行う者達は、その過程で装備品やアイテムを発見する事がある。たとえ宝箱でなくとも、その場に放棄されていたもので役立ちそうなものがあれば、魔具に収集して持ち帰るのが、探索者のさがというものだ。しかし、持ち帰って案内人に鑑定してもらった結果、使えそうにないものが出て来る事だって当然あるだろう。その理由は自分の戦術に合わない、装備の組み合わせが悪い等々、色々だ。そういったものは普通であれば、白の空間のどこかに置いたまま、放置される定めにあるものだが―――


「―――そこには不必要品同士を交換するフリーマーケットがある、だったっけ?」

「ああ、買い物感覚で巡れる唯一の場所だ。まあ、実際にはこちらも相応の品を用意する必要があるんだが…… 目的もなく巡るのも、気分転換には悪くない」


 安全に人が集まれるこの街ならではのシステム、物々交換。貨幣なんてものが存在しないこの世界において、確かに物々交換は単純ながらに有効的な手段だ。並べるのはタダ、見るのもタダって事で、オルカの言う交換市とやらは、毎日盛況であるらしい。


「うーん、面白そうだし興味もあるけど…… それってさ、装備とかの性能を偽って交換、なんて事も簡単にできちゃうんじゃないか? 白の空間に持ち帰って案内人に鑑定してもらうまで、実際の性能なんて分からないんだし、見て回る分には良いけど交換するのは気が引けると言うか…… 物々交換はお互いを信用してこそ成り立つ手法だから、初見の探索者相手だとなかなかやり辛くないか?」

「当然の疑問だな。実際、物々交換をやり始めた黎明期れいめいきには、そんな詐欺紛いな行為が頻発していたらしい」

「というと、今はそうじゃないのか?」

「ああ、安全に確実に交換できる方法はないかと、先人達が色々と考えを巡らせてくれた。いや、交換に有用な霊刻印を発見してくれた、というのが正しいか。これに関しては口で説明するより、現地を直に見た方が早いだろう」


 という訳で詳しい説明は省かれ、まずは交換市に向かう事を優先。はてさて、どんな霊刻印を使うのだろうか。


 ……しかし、さっきから気になってはいたけど、何か周りからの視線がやけに痛い。こう、圧倒的熱視線が凄い。尤もその視線の先は俺ではなく、オルカな訳だけど。


「おい、見ろ。オルカがいるぞ。顔を拝めるとは、今日はラッキーだな!」

「暫く姿を見なかったから、ひょっとしたら何かあったのかと思っていたが…… 普通に元気そうだな。良かった、この世界に救いはまだあったか……」

「この出会い、神に感謝」

「拝んでおこう」

「お姉様、しゅき……」


 お世辞抜きに美人なオルカは、他の探索者から見てもやはり美人であるらしい。すれ違う者が皆振り返り、熱い視線を浴びせている。しかし、当のオルカは全く気にしている様子はなく、普通に俺との会話に興じていた。うーむ、場慣れしているというべきか、それともああいった視線に鈍いのか…… 隣を歩く俺の方が気が気でないぞ。


「つうか、隣の男は誰だよ? クロノスじゃねぇよな?」

「何か普通にお喋りしているし、心なしか距離も近いような…… いや、やっぱり気のせいだ。クロノスと同じで、きっと仕事仲間かなんかだろう。そうだ、そうに決まっているんだ……」

「悪魔よ、我と契約して奴に裁きを」

「誰だか知らんが、取り敢えず呪っとくわ。腹を下せ、大事な場面で腹を下せ……!」

「死ね」


 やばい、オルカがスル―した熱い視線が、今度は俺の方にやって来た。後半になるにつれ、俺への誹謗中傷がストレートになっていやがる。特に最後の女の人、シンプルに怖い……!


 そんな割と本気目の殺気も入り混じる今日この頃、俺は石橋を叩いて周囲の探索者達を警戒しつつ、彼らのチェックにも勤しむ。ざっと見た感じ、三割ほどの服装は最初期に俺も着ていたボロ布で占められている。これはつまり、黒の空間での探索を諦めた者が全体の三割もいるって事だ。思っていたよりも多いという印象。


 そして残りの七割、こっちに関しては本当に様々で、一人として同じ服装がいない。俺みたいに軽装の剣士っぽい人がいれば、全身鎧を身につけて顔も見えない人もいるし、杖ズミさんのようなザ・魔法使いな格好も見掛ける。まあ、量産品を店で購入した訳ではなく、黒の空間で発見した装備を身につけているのだから、当然といえば当然なのだが。見た目だけじゃ装備の性能は測れないから、その程度の実力なのかも判断がつかない。難点といえば難点だけど、それは向こうも同じなので割り切る。


 しっかり、本当に色々な格好があるんだなぁ。交換市を巡る以前に、すれ違う探索者の格好を眺めるだけでも、結構楽しいかも。うわ、あの人なんて特にユニークだ。装備が如何にも貴族風だし、髭までもU字型に整えている。ここまで来ると、その人の美学的なものを感じてしまうって、んんんんっ? あの服装、どこかで―――


「―――ッ! オ、オーリー男爵!?」

「むうっ! その勇ましくも用心深そうな声は、盟友ベクト!?」


 道のど真ん中にて劇的な再会を果たした俺達は、多分思いっ切り目立っていた。

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