第92話 クロノス
俺がクロノスの話を切り出した途端、それまで歩みを進めていたオルカの足がピタリと止まった。俺の気のせいかもしれないが、オルカの顔色にも多少の動揺の色が見える。
「……そうだな、そろそろベクトにも言っておくべきだろう。立ち話もなんだ、あそこに座りながら話そうか」
「ああ、頼む」
俺達は西の入り口からそう遠くなく、人目のつかない場所に腰掛ける事にした。その辺に放置された木箱に座るなり、オルカは大きく溜息をつく。
「ハァ…… しかし、どこから話したものか」
「えっと、取り敢えずそのクロノスって人は、どういう人なんだ?」
「……今、ベクトが耳に装備しているその耳飾り、元々はクロノスが身につけていたものなんだ」
「この耳飾りが? ……あー、オルカと協力してこの黒檻に挑んでいた探索者、今の俺みたいな立ち位置にいた相方、って事かな?」
「その通りだ」
むっ、何か今、胸の中がもやっとした。
『嫉妬、羨望の類かのう。まあ、それも青春じゃて』
ダリウスソードは少し黙ってくれ。けど、仮にそうだとしたら、今俺が代わりに耳飾りをつけているって事は、つまり―――
「少し、ベクトと出会う前の事を話そうか。ある日の事だが、私はクロノスと共にとある遺跡を探索していた。そこは少し特殊な仕掛けのあるエリアでな、探索者が二人でないと中に入れなかったんだ。その特殊性故に、内部の宝箱などは殆ど荒らされておらず、出現する黒霊のレベルも私達二人であれば楽に対処ができる程度だった。私達にとって、かなり実入りの良い場所だ。しかし、だからこそ、私達の心に油断を生じさせた」
「……その後、何があったんだ?」
「発見した宝箱の安全確認を行っていた際に、突如として現れた希少種に奇襲された。二人で探索していた私達と同じく、二人組で行動する風変わりな奴らだ。ただ、実力は本物でな。恐らく、私と同等の力を持っていたと思う」
「オルカと、同等……」
「ちなみにクロノスもダブルの探索者、彼もまた、私と同じくらいの実力者だった。そこで実力は拮抗、普通であれば、後は戦術や仲間との連携での勝負になるところなんだが…… 最初の不意打ちを躱す際、私が下手を打ってしまってな。攻撃を避け切れず、片腕を負傷してしまったんだ。手負いとなった私では、共闘どころか希少種との戦いの足枷にしかならず、戦況は悪くなる一方。そんな時にクロノスが、自分が何とか時間を稼ぐ、その間に逃げるんだと言ってきたんだ」
「おお、漢らしい探索者じゃのう」
「私としては、そんな事を言われても嬉しくなかったがな…… そして、その時の私は冷静ではなかった。馬鹿な事を言うな、最後まで諦めるものかと、本気で叫んでいたよ」
「うむ、オルカも熱いのう!」
「ダリウス、だから黙っとけって……」
しかし、オルカも退却する気がなかったとなると、どうやってその状況からオルカは助かったんだろうか?
「一歩も引かない私を見て、クロノスは戦いに似つかわしくない微笑みを浮かべていた。それから、私を突き飛ばしたんだ。 ……あるトラップが仕掛けられていた場所に」
「え? それってまさか……」
「ああ、踏むと黒の空間のどこかへと飛ばされてしまう、転送のトラップだ」
ここに来ての、まさかの転送トラップ。だがしかし、なんて事だ。俺とオルカは出会う直前に、そんな出来事があっただなんて。思い返してみれば、出会い頭のオルカはかなり気が立っていたっけ。
「宝箱があった部屋の中は、予めクロノスが罠がないかを確認していた。冷静でない私を見て、クロノスは苦肉の策として私を転送させたんだろう」
今にも泣き出してしまいそうな表情になりながら、オルカが俯いてしまう。
「悲観的になるのは、まだ早いだろ。そのクロノスって人が、そのまま死んでるとは限らない。オルカを逃がした後、クロノスも逃げ延びているかもしれないじゃないか」
「いや、それはないよ。私が転送される直前、クロノスが黒霊の攻撃に貫かれているのを、この目で見たんだ。傷の深さからして、あの状態から逃げ延びるのは不可能だ。それに、その耳飾りもいつの間にか私の懐に入っていた。まったく、手癖の悪い相方だったが、最期まで悪いままだとは、な……」
「………」
言葉が見つからない。そんな大事なものを、俺が身につけていたのか。もしかしたら、オルカが過剰に動物に夢中になったり、俺の指導に熱中していたのは、その悲しみを俺に気取らせないようにする為の演技、だったのかな?
「オルカ、色々と気を遣ってくれて、ありがとう。俺に指導をしてくれる時や、ホワイト達との触れ合いの時、もう無理して振舞わなくても大丈夫だ。事情を教えてくれたんだから、これからは自然体で接してくれ」
「え? あ、いや、そこはかなり素の私が出ていたところなんだが……」
違った。普通に自然体でアレだった。
「そ、そうか。じゃ、その辺は今まで通りで…… ええと、あとさ、そんな事があった直後に
「ん、んん? いや、何か勘違いしているようだが、その遺跡から飛ばされた先は、幸い私の知っている土地だったぞ?」
「え?」
「それから直ぐに助けに向かったんだが、さっきも言った通り、そのエリアは二人でなければ入れない特殊な場所、門前払いされてしまったよ。そこで立ち尽くして、時間が経つ事で徐々に冷静になって、今から向かっても遅過ぎる事を悟ったんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それなら、オルカは
「ああ、そういう事か。えと、実を言うとだな、せめてクロノスの仇を討とうと、探索に同行してくれる探索者を探していたんだが、信頼が置けて実力も十分な者となると、なかなか見つける事ができなくて…… それでも敵討ちを諦め切れなくて、良い案はないかと悩みながら歩いていたら―――」
「―――転送のトラップを踏んでしまっていた?」
「う、うむ……」
違った。うっかり自分でトラップにかかってた。
「と、兎に角だ! そんな事があったとは知らず、大事な耳飾りを俺なんかが使って、すまなかった!」
「いや! 謝らなければならないのは、むしろ私の方だ! 本当にすまない!」
「いやいや! 俺が無神経だったんだ!」
「いやいやいや! 本当に悪いのは私の方なんだ!」
お互いに頭を何度も下げ合い、まるで向かい合った水飲み鳥のようになってしまう俺達。
「「ハァ、ハァ……」」
暫くして、流石にキリがなくなり一旦停止。
「……今の話を聞いて察したと思う。私はベクトを敵討ちに協力してほしいが為に、共同戦線の申し出をしたんだ。ベクトがどのような人物なのか、共に探索を行う過程で見極めようともした。私の隣に立てるように、強くなる為の協力をした――― 結局全ては、私の為の行動だったんだ」
止まりはしたが、またオルカが俯いてしまった。別に何も悪い事はしていないってのに。逆に行動原理が人間的で、俺は好きだけどな。
「あー、オルカ、そっちこそ何か勘違いしていないか? オルカの目的が何であれ、俺は全く気にしていないぞ。結果的に探索のいろはを教えてもらったし、短期間で比較的安全に、ん、んん? 安全に……? あ、安全は兎も角として、短期間で急速に強くなる事もできた。感謝しこそすれ、恨む気持ちなんて微塵もないよ。逆にさ、こっちからお願いしたい。その敵討ち、俺にも協力させてくれないか?」
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