第91話 探索者の街

「ここからは徒歩で向かおう。黒霊を従える事ができるなんて手の内、他の探索者に晒したくはないだろう?」


 オルカのそんな助言もあって、探索者の街へは自らの足で向かう事にした。ホワイトと杖ズミさんを格納し、白き塔(巨大女神像)が見えるあの場所へと、歩みを進める。この辺りは大変に見晴らしが良く、歩いている間は時間もあったので、探索者の街についてのより詳しい話を聞いておく事に。


「あの街は寂寞放牧地せきばくほうぼくちのちょうど中央の辺りに位置しているんだ」

「えっ、あれだけホワイトに乗って移動して来たのに、まだ中心地なのか? 本当に広いな、このエリア」

「広くて同じような風景がどこまでも続くから、迷子になる探索者もそれなりに居るよ。ただ、寂寞放牧地せきばくほうぼくちは東西南北の四つにエリアが分かれていてな、その方角によって攻略難度も変化するんだ。例えば私達が通って来た西のエリア、ここは寂寞放牧地せきばくほうぼくちの中でも出現する黒霊が特に強いとされている」

「そうなのか?」

「フフッ、そんなに苦労はしていないという顔だな」

「まあ、それより前の森で悪夢を見たってのも、俺の感覚を狂わせているのかもだけど」

「いや、ベクトの感覚は正しいよ。難しいとはいえ、ダブルの探索者にとっては軽く乗り越えられる程度のものなんだ。ちなみに北部と南部がもう一段階難度が落ちて、東部に至っては屍街かばねがい程度の黒霊しか出ないぞ。新米の探索者が転送されて来る事もあるらしい」

「そいつは羨ましい話だな。近くに探索者の街があるのなら、最序盤から他の探索者と合流できるって事だろ? 俺みたいに屍街かばねがいに落とされるような奴とじゃ、生存率が段違いだ」


 今の俺達のように決まったペアでの探索はできないだろうが、黒の空間で偶然出会ったオーリー男爵の時みたいに、街に居合わせた者達で協力する事は可能だろう。


「うーむ、そこはまた一長一短なんだが……」

「え、何でだ? 絶対良いだろ、街が近くにあるこっちの転送された方が」

「それがな、自らを鍛える事もなく街に流れ着いた場合、あの街に依存してしまう事が多いんだ。前に探索するのを諦めて、白の空間に引き篭もってしまう探索者の話をしただろう? あの街版だと思ってくれて良い」

「あー……」


 なるほど、下手に安息の地がある分、今度は街の中に引き篭もってしまうのか。


「また、探索者だって善人ばかりではない。女神像がある特性上、街の中で殺生が起こる事はないが、中には他の探索者を騙し、甘い汁を吸おうとする者は存在するんだ。ベクトも気を付けてくれ」

「何とも世知辛いなぁ。まあ、了解だ。他に気を付ける事はあるか?」

「今の話の延長だが、とある探索者には注意してほしい。バデンという名の、全身にタトゥーを入れた強面こわもての探索者なんだが」

「いや、その情報の時点で何か不穏なんだけど……」

「見た目もそうだが、奴に関する噂はどれも良くないものが多いんだ。大黒霊を相手に、大人数で挑んだ探索者達の話を覚えているか? それをけしかけたのが、バデンだという者もいる。尤も、証拠らしい証拠は今のところ挙がっておらず、あくまで噂の範疇に止まっているんだがな。どちらにせよ、注意するに越した事はないだろう」

「うへぇ。まあ、重ねて了解。気を付けるよ」


 そうこうしているうちに、俺達は街へと辿り着く。街の周囲は外壁がない代わりに、簡易的な木の柵が設けられていた。これは外敵から街を護るってよりも、巨大女神像が発生させるセーフティーゾーンはここまで! という風に、一目で分かるように設置しているっぽい。しっかし、改めて安全圏の広さを目にしてみると、本当に街一つが収まっていて驚かされる。


 街の建造物に関しては、手作り感というか急ごしらえ感というか、取り敢えず建てれば良いって感じが拭えない。中には布を縫い合わせて作ったテントまである。まあ、探索者は建築のプロって訳じゃないんだ。それも黒の空間で材料を集めたとなれば、どうしたってあり合わせの建造物になってしまうんだろう。雨風防げれば上等、そんな気概でいれば、これも立派なマイホームか。


 ―――ズダダァーン!


「ああっ、マイケルの家がまた崩れたぞ!」

「まーた適当に建てやがったな!? 放っておけ! 生き埋めになったって、どうせ自力で出て来やがる!」


 何やら轟音と怒鳴り声が聞こえて来た。これは街の先輩方の声だろうか? うん、崩れそうな家の近くは通らないようにしよう。立派なマイホームも、安全があってこそだ。


「気を取り直して…… なるほど、ここが探索者の街か」

「色々と荒いところはあるが、それなりに居心地の良い街だよ。まずは女神像に祈って、私の知り合いを――― っと、すまないが通してくれるか?」

「ああっ?」


 入り口から街に入ろうとすると、なぜかその通り道に三人の男達が座り込んでいた。ちょっとガラが悪そうだが、彼らも探索者なんだろう。三人とも見た感じ、俺よりも若そうだ。中学生くらい? まあしかし、そんなところに居られては、端的に言って邪魔である。


「おう、ここを通って良いのはシングル以上の探索者だけだぜ? ゼロの探索者は実力を磨き上げてから、出直してくるんだな」

「そーだそーだ、出直して来るんだな!」

「だなだな。んっ、あれ? 何か違うような……?」


 こ、これはもしや、ここを通りたければ金出しな! という、お約束集団なのか!? おお、まさか我が人生で体験する事になるとは。喜ばしい事ではないんだけど、なぜかちょっと感動しちゃう。というか、他の探索者と出会えた事にも感動しちゃう。


「違うも何も、それは街の中から西に出る時に言う警告だろう。私達は外から来たんだが?」

「「「ああっ、確かに! って、オルカさん!?」」」

「まったく、お前達は相変わらずだな、西の三兄弟」


 先ほどまでの態度とは打って変わって、三人はオルカの顔を見るなり俊敏に道を開け、ペコペコと何度も頭を下げ始めた。一体これは何事なんだろうか?


「ッス! お蔭様で今日も元気に見張ってるッス!」

「オルカさんもお元気そうで、何よりッス! 暫く姿を見ていなかったんで、心配していたッス!」

「だなだな。でも、あれ? オルカさん、クロノスさんは? それに、その新顔は?」


 三人目の発言により、皆の視線が俺に集まる。 ……ん? クロノス?


「……色々あってな。彼はベクト、お前達にとっては新顔だろうが、これでも私と同じダブルの冒険者だ」

「「ダブルの!? すっげー!」」

「わわわ、新しいダブルの探索者なんて、いつぶりなんだな? よろしくだなー」

「「ッス! よろしくッス!」」

「あ、ああ、よろしくね」

「ではベクト、街の中へ入ろう」


 オルカにそう言われ、漸く街へと足を踏み入れる事ができた。しかし何だろう、結果的に非常にキラキラとした眼差しを向けられる事になってしまったけど……


「オルカ、さっきの彼らは?」

「いつも街の西入り口に集まっている、三人兄弟の探索者だ。兄弟とはいっても、もちろん血が繋がっている訳ではないんだが、それくらい仲が良いんだ。彼らは、その…… 序盤のうちに、探索に挫けてしまった者達でもあってな。秀でた霊刻印を持っている訳でもないんだが、それでも街の中で役立てる事はないかと仕事を探し回って、最終的に新米の探索者が間違って西方向に向かわぬよう、あの場所で注意喚起をする役目を負う事になった」

「ああ、別に喧嘩を売っている訳じゃなかったんだな。違う意味でも少し感動しちゃったけどさ」

「フッ、なかなかに眩しい眼差しだったからな」


 いや、感動したのは金出しな案件、探索者遭遇案件の方なんだけど。


 ……あー、うー。これって聞いちゃっても良いのかな? でも、この流れで聞かないってのも、逆に気を遣ってると思われてしまうような…… うーん、うん。


「でさ、それから…… クロノスってのは、誰なんだ?」


 俺は思い切って、一番気になっていた名前について聞く事にした。

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