第90話 白の塔
「で、出口、辿り着いた……!」
命からがら、メンタル滅茶苦茶、胃はシェイクシェイクしながら辿り着いた森の出口。エリアが切り替わり、殺気が薄れていくのを肌で感じる。生きてる、俺ってばまだ生きてる! こんな夢も希望もロマンもないところ、もう絶対に入らない……!
「だが相棒、森を抜けたこちら側で女神像を見つけんと、白の空間に帰還できんぞ?」
「ぬおっ!? た、確かにぃ……!」
衝撃的かつ当たり前の事実をダリウスに突きつけられ、素直にショックを受けてしまう俺。
「ダリウス、あまりベクトを虐めてくれるな。女神像については心配いらない。私が場所を知っているからな」
「オ、オルカ……!」
オルカより差し伸べられた救いの手に、マジ泣きしながら感謝の意を示す。そうか、そうだよな。オルカは元々こっち土地から来た探索者だったんだ。女神像の場所だって、予め把握しているだろう。けど嬉しい、俺は嬉しいんだ!
―――とまあ、俺のメンタルと胃が落ち着いて来たところで、改めて辺りを見回してみる。森の抜けた先は広々とした草原となっていて、これまでの息苦しさが嘘であったかのように、景色が彼方まで見渡せた。おお、草原としての色合いも至って普通だ。黒の空間にも、こんな穏やかな場所があったんだな。
「ここは『
「放牧地?」
放牧地って、牛とかの家畜を放し飼いする、あの? 放し飼いをするにしては、ちょっと広過ぎる気がするような――― ん? 待て、放し飼い?
「ブルルッ!」
不意に聞こえて来る、馬のような鳴き声。声のする方を向くと、そこには世紀末な世界からやって来たかのような、巨馬がいらっしゃった。筋肉がパンパンに膨れ上がり、ガシガシと地面を蹴るその様は、今にもこちらへと駆け出して来そうだ。巨馬の鼻息は大変に荒く、俺達を発見して一種の興奮状態にある事が、直感的に分かってしまう。
「オルカさん、俺達ロックオンされてません?」
「安心しろ、ベクト。このエリアの攻略難度は、あの監獄と同じくらいだ。夢魔の森に比べたら天国のようなものだし、今のベクトならそう苦戦するものではないよ」
「ヒヒィーン!」
うん、何を安心したら良いのだろうか? 遂に突撃を開始してしまったぞ、あの巨馬。だがまあ、これだけ広いエリアを移動するとなれば、
「ダリウス、手頃な敵が出て来たところ悪いけど、あいつもゾンビにしたいんだよね。今はお前に『感染』をセットしてないから、あいつはホワイト達に任せたいと思う」
「えー、ワシの出番はー?」
「次な、次!」
という事で、俺達に向かって突貫して来た巨馬を、格納から取り出したハゼ斧に防いでもらう。ハゼ斧と巨馬が真正面から衝突するも、そこは流石の全身鎧。ハゼ斧は難なく巨馬の突進を盾で受け止めてくれた。そして、ちゃっかり隣に出しておいた素手状態のハゼ槍が、背後より巨馬をホールド。拘束された巨馬が荒れ狂うも、ハゼ槍は全く動じず、拘束が解ける様子は微塵もない。いやはや、本当に頼りになる。後はこう、ホワイトが巨馬を甘噛みし続ければ―――
「……ブゥルル」
―――感染症状が進行して、無事、ゾンビ馬の誕生だ。 ……あっ、仲間にしておいて今更だけど、鞍なし手綱なしで乗るの、無理じゃね?
「私が腐食した外見を元に戻そう。 ……これで良し! どこからどう見ても、通常の状態そのままだ」
そんな俺の疑問をよそに、動物好きのオルカは早速馬との触れ合い体験に勤しんでいた。いや、仕事が早いと言うべきか。
「オルカ、この馬に乗る為の―――」
「―――ベクト、フリジアンという名はどうだろう?」
「……唐突に横文字の名前になったな。ホワイト以来か? まあ、じゃあフリジアンで。そのフリジアンに乗る為の鞍とか手綱とか、どこかで手に入ったりしないかな? ホワイトは毛がモフモフでそのまま乗れるけど、フリジアンはそうもいかないだろ?」
このまま乗ったら股が裂けてしまいそうだ。
「む、確かにそうだな。だが、ある意味ちょうど良かったかもしれん」
「ん? どういう事?」
オルカが左手でフリジアンを撫で回し、右手で草原の向こうを指差した。
「これから女神像の確保に向かおうとしていた場所に、物作りを得意とする知り合いがいるんだ。奴であれば、馬の鞍なども作れる可能性がある」
「へえ、物作りを…… って、んん? それって、相手も探索者なんだろ? どうしてそこに居るって分かるんだ?」
「ああ、そういえば、まだ言っていなかったか。これから向かう女神像がある場所は、黒の空間で唯一存在する、探索者の街なんだ」
た、探索者の街、だと……!?
◇ ◇ ◇
それからホワイトに乗った俺達は、
「クククッ、今宵も我が刃が血を求めておるわ……!」
……発散したせいで別ベクトルにやばくなっている気がするが、深く追求するのは面倒そうだ。いつものように調子に乗っているだけだろうし、聞かなかった事にしよう。
「見えて来た。あそこだ」
っと、いよいよ目的地に到着か。
「おお、本当に街がある!」
遠目に見えて来たのは、確かに探索者の街だった。城塞都市のような立派な外壁に護られている訳ではないが、いくつかの建造物が密集し、探索者のものらしき人影も見られる。あれだけの人数と会するとなると、ちょっと緊張しちゃうかも。
「けど、何で黒の空間に街なんてものを作れたんだ? 探索者が多く集まれば、それだけ黒霊も大量よって来るんじゃないのか?」
「当然の疑問だな。だが、あの場所に限っては、その心配はないんだ。街の中心に白い何かが見えないか?」
「えっ? んーっと…… ああ、少し斜めになってる気がするけど、白い塔みたいなのが建っているな」
「ははっ、白い塔か。確かにこの方向からだと、後ろ姿だからそう見えてしまうか」
「後ろ姿? 話が読めないけど、結局あの白いのがどうしたんだ?」
「ああ、すまない。あれは塔なんかではなく、私達が目指している女神像そのものなんだよ」
「……はい?」
俺の理解が追い付かないので、更なる説明をオルカより受ける。つまるところ、街の中心にそびえるあの白い物体は、超巨大な女神像なんだそうだ。 ……うん、そんなのアリかと俺もツッコミたい。だが、それが事実なんだそうだ。
巨大女神像は大昔よりこの地に
「大きさ驚くのも無理はないが、探索者にとってより重要なのは、あの巨大女神像の周囲にも安全なエリアが発生しているという事だ。女神像が大きいだけあって、あの通り規模も規格外になってる」
「それこそ、探索者がそこに街を作ってしまうほどに、か」
セーフティーエリアに黒霊は入れない。よって、外壁を作る必要もないって事か。うーむ、確かにあの場所でしか成立しない理屈だな。
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