第88話 邪心

 ―――ズズズゥン……!


 ハゼ槍の融合が完了した瞬間、外壁の大扉がゆっくりと開き出した。ああ、なるほど。門番の二体を倒す事自体が、この扉を開けるキーとなっていたのか。


「オルカ、次の探索先ってのは、この先にあるのか?」

「ああ、恐らくな」

「お、恐らく……?」


 のっけから不穏である。


「し、仕方ないだろう。私が知る場所に出れば話は早いが、この城塞都市がどこに位置しているのか、正直私もよく分かっていないのだ。だからこそ、この外壁の外を確認する必要があったんだ。大よそにでも知る土地があれば、大体の位置は把握できる。そうすれば私が目指す先にも行けるかな~と、そう思ったんだ」

「……要はそれなりに運任せ?」

「そ、そうとも言えるかもしれない……」


 ま、まあオルカの知る場所に出るかは別にして、城塞都市の外がどうなっているのか、それを確認する事自体は必要か。下水道で出会ったオーリー男爵も、城塞都市の外から来ている風の口振りだった。ゼロの探索者である男爵が来られる道のりとなれば、俺達ならまあ余裕だろう。それこそ、屍街かばねがいと同じくらいの攻略難度かもしれない。油断はしないけど、少しだけ気は楽かな。


「ベクト、門の向こう側が見えて来たぞ」

「おっ、どれどれ?」


 開かれた門の先を凝視する。視線の先に見えて来たのは――― 鬱蒼とした森だった。


「ギュアギュア!」

「キキキキキッ!」

「うわああああぁー――……!」


 ……付け加えよう。何やら不気味な鳴き声&悲鳴が響き渡り、殺気を増し増しと感じられる、鬱蒼とした森だった。


 待て、待ってくれ。アレ、遠目に見ても普通の森じゃないよ? 木々の高さが城塞都市の壁ほどもあるし、木々の形がうねって不気味だし、嫌な予感が嫌ってほどするよ!? オーリー男爵、本当にここを通ってきたの!?


「いや、絶対他に抜け道あったって…… 下水道どころの難易度じゃないって、絶対あそこ……!」

「……この森、もしや『夢魔の森』か」

「えっ? オ、オルカ、知っているのか?」


 個人的には知らないって事にしておきたいんですけど! あんまり進む気が起きないんですけど!


「ああ、危険な黒霊が棲む森だ。なんでも女性型の黒霊が多く、精を根こそぎ吸われると聞いた事がある」

「せ、精を、吸う……?」

「言ってしまえば、サキュバスという奴かの? ほれ、男に淫らな夢を見せて、ゲフンゴホンな行為の果てに枯らしてしまうという、あの!」

「あのッ!?」


 思わず今日一番の声が出てしまった。他意はないのだが、つい出してしまった。一切ない。ないったらない。


「ベクトが驚くのも無理はない。それほどまでに危険な場所だからな。このエリアで死んだシングルの探索者は数知れず、ダブルの探索者でも油断のならないところなんだ。この森を突っ切り、森の反対側に出てさえしまえば、私の知る場所に出る筈なのだが…… 流石にそんな危険を冒す事はできないか。ベクト、残念だがここは別の道を探すとしよう」

「え゛っ!?」


 他意は全くないのだが、自然と俺の口から声が漏れ出してしまった。おかしいな、他意はないのに。


「……? どうしたのだ、ベクト? 変な声を出して?」

「相棒、本当に期待を裏切らんのう……」


 いや、だってさ、いつものオルカなら意気揚々と行くじゃん? 厳しいくらいがちょうど良いとか言って、無茶な突貫させようとするじゃん? それなのに、何で今回は妥協するの!? いや、俺に他意はホントないんだけどね!?


「え、えっと、ええっと…… む、無理かどうかは、実際に入って確認してからでも、遅くないんじゃないかな~って。ほら、ホワイトを仲間にした時も、大黒霊と戦った時だって、結構な無理をして来た訳だし、今の俺ならオルカの横を歩ける訳だし、なんて……」


 しどろもどろな答えを何とか捻り出し、他意はないけど挑戦してみても良いんじゃないかな~、という意志を伝える俺。自分で言うのも何だが、多分必死である。


「ベクト、お前…… 流石は私が見込んだ探索者だ! 危険を顧みず、そんな勇気ある発言をするようになったんだな! ベクトの探索者魂に、少しばかりの感動をしてしまったよ。心も強くなったのだな!」

「う、うん? ……うん」

「………」


 感動して涙ぐむオルカに、無言のまま「あーあー」みたいな雰囲気を発し出すダリウス。そこまでの反応をされて、俺はいたたまれない気持ちで一杯になってしまった。だって、だってさぁ、俺だって男の子だもん……!


「っと、すまない。この森を通るとなれば、感情を昂らせている場合ではなかったな」

「い、いや、俺こそ、ごめん……」

「ん? 何を謝る必要がある? それよりも、今のうちに忠告しておこう。夢魔の森は本当に危険な場所だ。ここに棲まう黒霊は直接探索者の前に現れようとせず、物陰に隠れながら、或いは周囲の環境に擬態して探索者を襲うんだ。見えないところから幻影を見せたり、木になりすまして背後からバッサリ、なんて風にな」

「……ん、んんっ? それ、サキュバス要素なくない?」

「サキュバス要素? ああ、夢魔の事か。夢魔は先ほど言った幻影を見せる黒霊だ。探索者の前には自分の姿を見せようとせず、魔法で幻影を作り出し、また別の魔法で巧みに眠らせようとして来るんだ。眠ってしまうと、今度は『吸魔』による吸収攻撃が飛んで来る」

「吸収攻撃が飛んでくる? ……それって、その夢魔って奴が直接仕掛けて来る訳じゃないのか?」

「さっきも言っただろう。夢魔は我々の前には姿を現さないんだ。一説によると、眠らせる事が『吸魔』のトリガーになるようでな。別に黒霊本人が表に出て来る必要はないらしい」

「へ、へえ…… あっ、もしかして眠らされた時に見る夢ってのが、良い夢だったりして?」

「いや、夢魔は知性を持ち、凄まじく性格が悪いようでな。見せられる夢は総じて悪夢であるらしい。しかも魔法によって強制的に眠らされているから、自力で起き上がるのは困難を極める」

「ええっ…… い、いや、まだだ! 隠れている夢魔本体は、女性型の黒霊って言ったよな!? なら、男を魅了するほど美人だとか!?」

「いや、それも違うぞ。人型の女性の括りではあるが、その容姿は見た者を恐怖させるほど醜悪であるらしい。万が一に発見された際、敵である探索者を動揺させる最後の策なんだろう。実際、たまたま夢魔を発見した探索者の悲鳴が、この森から聞こえて来る事で有名なんだ。さっきも遠くの方から、一瞬悲鳴が聞こえただろう?」

「……ソウナノ?」


 あの不気味な声、同業者の悲鳴だったんかい! というか、想像していたサキュバスと全っ然違う! ああ、他意だってあったさ! 男の子だもの! 悪い!?


「ん゛ん゛っ、冷静に考えて普通に自業自得……! だがダリウス、貴様も普通に騙しに来たな……!?」

「いやー、ワシってばゲフンゴホンとしか言っとらんしー。サキュバスの容姿に言及しとらんしー」


 こいつ、やっぱりわざとか!


「しかし、ベクトは勉強熱心だな。黒霊の特徴を事細かに把握する事で、リスクを減らそうとするその姿勢――― 正に探索者の鏡と言えるだろう。実に見事だ!」

「……オルカさん、オルカさん。お褒めに預かり恐悦至極なんですが、やっぱり今一度進むべきか考えるべきだと思うんスよね。俺も勢いで言っちゃった感じもありましたし、ここは一旦初心に戻って―――」

「―――フッ、そう謙遜するな。ベクトの熱い想いは確かに受け取った! さあ行くぞ、夢魔の森!」


 どうも俺の軽率な発言が、オルカのコーチ魂に火をつけてしまったようだ。クソッ、よこしまな心に負けてしまった自分が憎い……!

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