第87話 リビングアーマー

 ダリウスの不満を華麗に聞き流しつつ、俺は眼前の敵を注視していた。毒爆弾の魔法は強力だが、着弾までの弾速は比較的遅い方だ。俺が予想する通り、あのリビングアーマーが強いのであれば―――


「……!」


 ―――うん、避けるよな。鈍重そうな見た目を裏切り、全身鎧は結構な速さで爆発を躱していた。だが、次の手は既に打っている。その逃げ先に居るのは、俺の頼もしき仲間達だ。


「ゴオオォォ!」

「エウアッ……!」


 先読みした地点で待っていたのは、ホワイトとやっちゃんの接近戦つよつよコンビ。裂けた大口を限界まで開いたホワイトの迫力は凄まじく、八本の剣先を敵に向けるやっちゃんも殺気に満ちている。しかし、それでもリビングアーマーは一瞬も怯む事なく、その手に持つ大斧をホワイト達に向けて振るう。


 ―――ガキンッ!


 猛烈な勢いで迫る大斧を、ホワイトが刃部分に噛みつく事でキャッチ。かなり口の深いところにまで入り込んでいるが、ホワイトの口は元々深くまで裂けている為、ダメージを負ってはいないようだ。やっちゃんも複数の剣を大斧に押し付け、これ以上進ませるものかと堪えている。


「ウヴォ!」

「ウヴァッ!」

「……!?」


 そんな拮抗状態に割り込むのは、俺が乗っていない方のハゼちゃんズの二体だ。彼らに出した命令は単純なもので、奴の動きを封じろというもの。隙を突く形で乱入したハゼちゃんズは、その大木の如き両腕でリビングアーマーに組み付き、できる限りの自由を奪うのである。


 さて、これで敵の得物を封じ、奴自身も動き辛い状況を作る事に成功した。ここから止めを刺すのは、もちろん俺達の仕事だ。


「ウヴォウヴォ!」


 俺が乗るハゼちゃんもかなりやる気のようで、渡したダリウスソードを元気に乱雑に振るっている。ああ、やる気がある事は良い事だ。俺が仕掛けて奴がまた生きていたら、そのダリウスを思いっ切り叩き付けて良いぞ。


「ウーヴォッ!」

「ええっ!? やっぱりハゼちゃんに振るわせるのかっ!? 相棒、確かに活躍したいとは言ったけど、ワシが望むのは、そんな活躍の仕方じゃないんじゃけどっ!?」


 ダリウスが不平不満を言っている気がするが、今は余裕がないので、華麗に気のせいだった事にする。


「ヴァッ!」


 ハゼちゃんが大きく跳躍し、拘束したリビングアーマーの背後へと降り立つ。その後、俺は瞬時にハゼちゃんの肩から右手を伸ばし、奴の兜をがっちりと掴んだ。そして左手はバランスを崩さぬようにと、ハゼちゃんの筋肉をこれまたしっかりと掴んでいる。これにて準備完了、失敗したその時はすまん、ダリウス!


「何が!? 何が失敗したら!?」

「融合が失敗したら、だよッ!」


 頭の中で念じるは、ハゼちゃんとリビングアーマーの融合命令。前回の融合試験の際、ゾンビ化していない黒霊には行うべきではないと結論付けたのに、次の探索で早速破ってしまう大胆不敵っぷりだ。我ながら、この大胆さには驚いてしまう。けど、こいつを目にした時に思いついちゃったんだよ。ひょっとしてこいつ、ハゼちゃんにちょうど良い鎧なんじゃね? ってさ。


「ウヴォ!」

「……!」


 ハゼちゃん達が、俺の手の先で眩い光を発し始める。


「良し、これは融合が開始される際の発光だ! やっぱりこの二体には、融合の適性があったんだ!」


 融合の光を確認した直後、俺はハゼちゃんの腕にあったダリウスソードを回収し、周りの仲間達にも少し離れるようにとの指示を出した。後は俺も仲間達に倣い、少し距離を置いての経過観察である。


「のう、相棒…… ワシ、ハゼちゃんに叩きつけられる寸前だったんじゃけど……」

「あ、ああ、高らかと真上に掲げられて、マジで振るわれる寸前だったもんな、最後のところ…… まあ、間に合ったんだから気にするなよ。融合が成功しない可能性もあったから、ダリウスはその時の切り札として必要不可欠だったんだ」

「き、切り札とな……! ふむ、ならば仕方ないのう。ワシってば相棒にとっての奥の手、最終兵器、ワイルドカード的な存在じゃし? あー、頼れる魔剣の立場は辛いのう!」


 うん、そこまでは言ってない。が、何か納得してくれたみたいなんで、そっとしておこう。


「っと、そろそろ融合が終わるぞ」

「ふむ?」


 融合の光が徐々に弱まっていく。


「「おおっ!」」


 次第に見えて来た新たな姿、それは鬼の如く猛々しい面が着けられた、ハゼちゃんジャストサイズな全身鎧であった。顎が外れているハゼちゃんの表情を表しているのか、面の口は大きく開かれている。得物である大斧も変わらずに手に持っており、正に二体の特徴が合わさった黒霊と言えるだろう。更に左手には、さっきまではなかった頑強そうな大盾まで! こちらにも面と同様の顔が描かれていて、迫力満点だ。もう…… もうね! 見た目からして強そうだし、何より格好良い!


「重鎧の騎士、来たな……!」

「ま、まあまあじゃな。一番騎士なのはワシじゃけど……」

「ウヴォ―!」


 気のせいかもしれないけど、声までもが凛々しく感じてしまう。それどころか、知性と忠義も備わっているように思えてしまう! これはこれからに期待大だ。早くオルカにも見せ――― って、そうだ! オルカはどうなった!?


 新ハゼちゃんに夢中になっていた俺は落ち着きを取り戻し、急いでオルカが戦っているであろう、大槍の騎士の方へと視線をやった。


「ああ、ベクトも終わったか。横目に見ながら戦っていたが、まさか戦いの最中に融合を行うとはな。ベクトにはいつも驚かされるよ」

「……! ……ッ!」

「「うわー……」」


 思わず、ダリウスと揃って変な声を出してしまった。俺達の視線の先にあったもの、それは半身が氷漬けになった槍のリビングアーマーが、オルカの目の前で苦しみ悶えている姿だった。こっちは数と質に任せての力押し、しかも融合という特殊勝利みたいな勝ち方だったけど、オルカは一対一じゃなかったっけ? 何で俺達以上の速度で勝っているんだ……


「見た目からして、斬撃に耐性のありそうな黒霊だったからな。何度か打ち合った際に『氷剣』の魔法を剣から槍に伝わせて、このように動きを封じる手に出たんだ。言ってしまえば、ベクトと同じ作戦だよ」

「そ、そうか? うーん…… そう、かなぁ……?」


 分かってはいたけど、同じダブルの探索者になったとはいえ、まだまだオルカの背中は遠いようだ。一対一で勝てるビジョンが、一切思い浮かばない。


「えっと、ところでオルカ、そいつに止めは刺さないのか? この状況から察するに、俺達の戦いが終わるのを待っていてくれたみたいだけど?」

「うむ、最初は私が倒すつもりだったのだが、先ほどの融合を見て考えが変わったんだ。ベクト、この動く鎧も、ハゼちゃんと融合させてみてはどうか? 今なら指一本動かせないから、安全に試す事ができるぞ?」

「……オーケー、全て理解した!」


 こうして槍のリビングアーマーは別のハゼちゃんと融合し、大槍バージョンの新ハゼちゃんへの進化を遂げるのであった。


「名前はハゼ槍、ハゼ斧というのはどうだろうか? 分かりやすく、大変に愛らしい愛称だと思うのだが!」


 ……こうして、ハゼ槍とハゼ斧が誕生したのであった。

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