第86話 門番

 外壁の門番? ……そうだ、思い出して来た。前に話だけ聞いていたんだ。確かあれは、オルカと出会ったばかりの頃。屍街かばねがいを探索していく中で、俺はどちらに進もうかとオルカに相談したんだ。それで街の外へ向かうのはまだ早いとオルカに警告されて、中心街に向かって進む方針を固めたんだっけ。当時の俺じゃ、東門を守る門番には絶対に勝てないとか、そんな事を言われてさ。


「思い出したか?」

「ああ、何とかね。それで、その申し出をしてくれたって事は、今の俺なら勝機があると思っても良いのかな?」

「あの時の私は、ベクトが私と同等の強さになってからと言った筈だ。なら、もう既に問題はないだろう?」

「過分な評価、痛み入るよ。まあ信頼してくれた分は、頑張らせてもらうけどさ」

「フフッ、なら頑張ってくれ。東門の門番は二体、私とベクトで一体ずつ相手をする段取りでいこう。ああ、もちろんホワイト達を戦わせるのもアリだぞ。彼らを含めてベクトの強さだからな」


 おお、それなら何とかなりそうだ。一対一なら脱兎の如く逃げ出していたかもだが、ホワイトや杖ズミさん達との共闘がアリなのであれば、勝率はぐんと上がる。八つ腕のやっちゃんの初陣にも丁度良い――― いや、流石に初戦から強敵はないな。道中の黒霊と戦わせて、どんなもんか様子を見させてもらおう、そうしよう。


 ちなみにゼラに調べてもらったところ、やっちゃんが持つ霊刻印は『感染レベル2』と『剣術レベル3』だった。二度の大黒霊戦で成長させて来た俺の『剣術』も同じレベルだから、相当に接近戦に強い事になる。『感染』もあるから、敵をゾンビ化させる用途でも使えそうだ。ただまあ黒霊の場合、剣越しでは力を発揮しないみたいだけど。門番を仮に格上とすると、剣を捨てての戦いは避けたいところだ。


「そう考えると敵をゾンビ化させるのは、やはりホワイトやハゼちゃんズに任せるのが無難そうか……」

「どうした、ベクト?」

「ああ、悪い。その門番を仲間にできないかなって、そんな事をぼんやり考えてた」

「門番を? ああ、なるほど。それを成せたとすれば、強力な戦力になるかもしれんな。ただ、それは少し難しいかもしれない」

「えっ?」


 そ、そんなに強いのか、その門番? やばい、脱兎の如く逃げ出したくなってきたぞ、俺……


「実は、私も何度か単独での探索をしていてな。以前、実力を測る為に一度だけ刃を交えた事があった。その時の剣の感触からするに、あの門番、鎧の中は空洞だ」

「空洞? ……それって中身はないけど鎧自体に自我があって、自分で動いているって事か?」


 つまるところ、リビングアーマー的な。


「断言はできないが、恐らくな。仮にそういった物質系の黒霊だった場合、ベクトの『感染』は効かないと思う」

「生身の敵じゃないから、か。となると、普通に倒すしかないかな。全身鎧の黒霊とか、格好良いから仲間にしたかったんだけどなぁ……」

「相棒、そう落ち込む出ない。ほれ、騎士っぽい仲間と言えば、筆頭のこのワシがおる事じゃし!」

「……仲間にしたかったなぁ、全身鎧」

「なぜ二度も言ったし!?」


 それはまあ、ダリウスのこれまでの言動が、そもそも騎士っぽくないと言いますか。仕方ない、門番には成長の糧になってもらうとしよう。


 その後、俺達は大通りを外壁に向かって進んで行き、城塞都市の東門を目指した。この間に現れる黒霊は序盤のゾンビ系ばかりで、特に苦戦する事もなかった。やっちゃんで戦わせもしたが、実力差があり過ぎる為か全ての戦いが一太刀で終わってしまい、やはり強さがよく分からず。取り敢えず、かなり強いのは間違いない。


「壁、たっけー……」


 遠目に見えていた外壁が、近付くほどにどんどん大きくなっていく。外敵から内部を護る為とはいえ、この高さは流石に築き過ぎだろ、というのが素直な俺の感想だった。見上げる首が痛くなって来る。


「これだけ高いと、流石によじ登ろうという考えにはならないな……」

「ああ、壁を登るのは止した方が良い。壁の上に黒霊らしき人影を見掛けてな、そいつらは弓矢らしきものを持っていた。壁登りの無防備な最中に攻撃されたら、一方的にやられてしまうだろう」

「弓矢? へえ、あんな高いところが見えるのか。オルカは目が良いんだな」

「いや、頑張って途中まで登ったんだ。発見される前に引き返した」


 ……見かけによらずアグレッシブだよね、オルカって。


「そ、それはさて置き、あの二体が噂の門番って事で良いんだよな?」

「ああ、そうだ」


 『国民を護る慈愛の東門』、そう文字が記された壁の真下には、鋼鉄製の重厚な門が鎮座していた。何となくだけど、破壊不可オブジェクトって感じがする。まあ、あれだけ大きく強固そうだと、破壊する気がそもそも起きないけど。


 で、二体の門番はそんな重厚な門の左右にて、石像のように不動を貫いたまま立っていた。門に負けないくらいに重厚な全身鎧でその身を固め、人間とは思えないほどに巨体である為、より威圧感が増している。片や馬鹿みたいに大きな大斧を肩に担ぎ、片や身の丈以上の長さを誇る大槍を構えて――― って、何だよその異次元規模の武器は。ただでさえハゼちゃんサイズなのに、武器のせいで尚更でかく見えるわ。


「確かに、あの頃の俺には荷が重いというか、目にした瞬間逃走する相手だわな、アレは……」

「今はどうだ? 脱兎の如く逃げ出すほどか?」

「うーん…… 肉スライムよりかは、随分とマシ?」

「フフッ、良い答えだ」


 俺の答えに満足してくれたのか、オルカは機嫌が良さそうだ。


「それで、どちらを取る? 私はどちらでも構わないぞ」

「……それじゃあ、俺は大斧と戦わせてもらおうかな。皆、出て来い!」


 格納より出でるは、俺の頼もしき仲間達。相手の仏頂面もなかなかの威圧感だけど、こっちは更にその上を行っているんだ。そしてそして、俺は臆病だから加減してやら――― 待てよ?


「………」


 少し考えて、格納から出て来たハゼちゃんの方を向く。それからもう一度、門番の姿もチラリ。


「ベクト、急に黙ってどうした?」

「……いや、少し試したい事ができたんだ。オルカ、物は相談なんだけど、杖ズミさんの魔法を門のど真ん中にぶっ放して、あの二体を分断しようと思うんだ。それが戦闘開始の合図ってのはどうだろう? そっから左右に別れて、それぞれの敵を倒す! って、感じでさ」

「何か企みがありそうだな。うむ、私は構わん。好きにしてくれ」

「よし、それじゃ決まりな! 早速やろうと思うけど、準備は良いか?」

「フッ、やけにやる気じゃないか。さっきも言ったが、好きにして良いぞ。私はいつでも行ける」

「話が早くて助かるよ。杖ズミさん、お願いします!」

「「ヂュッ!」」


 杖をガジガジしていた杖ズミさん達に、例の毒爆発魔法の指示を送る。その間に俺は近くにいたハゼちゃんの肩に乗り、ついでにダリウスソードを彼に渡した。


「なるほど、魔法で分断したところを叩く作戦じゃなって、えええええっ!? ああああ、相棒!? 何でワシをハゼちゃんに渡しとるの!? 体格的には合ってるかもじゃけど、流石のハゼちゃんも剣は振るえんよ!?」


 分かってる分かってる。けど、アレ・・を使うには両手を空いた状態しないといけないだろ?


 ―――ボボォン!


 と、そんな事をしているうちに、開戦の轟音は鳴り響いたのであった。

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