第84話 宴を終えて
結論から話そう。舞い戻って来た盾を、俺は何とかキャッチする事ができた。いやはや、一時はどうなるものかと思ったけど、キャッチする間際、刃が盾の内部に戻ってくれたんだ。俺の腕が両断されるという最悪の事態は、ギリギリのところで避けられたのである、まる。
「この装備、掴む直前で刃を引っ込める仕様だったんだろうけど、マジで心臓に悪い……」
「いえ、白の空間では負傷しませんから。たとえあのまま刃が出た状態でキャッチしたとしても、ベクトと腕がバイバイする事態にはなりませんでしたよ」
「そうだったとしても、視覚的には絶望感満載だったよ……」
「お兄ちゃん! 次、アリーシャの番ね!」
「え゛? い、今の見た後で投げてみたいのか、アリーシャ?」
「うんっ!」
アリーシャ、君ってそんなに怖いもの知らずだったっけ? 度胸があるというか、そもそも武器として認識していないのか?
「……はい」
色々と思うところはあったが、白の空間においては見た目が物騒でも、威力は玩具同然。一応は怪我に気を付けるようにと一言だけ添えて、
「えいっ!」
―――ジャキン! ギュギュン!
そして、俺よりも数段上手く飛ばされてしまう。速いし曲がり方が鋭い。距離も俺より大分飛んでいるような気がする。あ、あれ? お兄ちゃんとしての俺の立場は……?
「いや、そう落ち込む必要もあるまいて、相棒。ワシの目から見ても、アリーシャの投擲術はやばいからの。何、あの抉り込むような感じ?」
「あははっ。ベクトが外に出てる時、アリーシャってばよく投げる練習をしていたからねぇ。今じゃ鍋の蓋でも結構いけるよ?」
「あ、それなら私も見ましたよ。お鍋の蓋なのに、ちゃんとアリーシャさんのところに戻って来るんです。初めて目にした時は、何かの魔法かと思っちゃいました。先ほどのベクトさんの手品みたいですよね」
「そ、そうだな、ハハハ……」
「えーい!」
うん、俺の小粋な手品には歴とした
「三人とも、これから片付けがあるのでしょう? 私がアリーシャを見ていますから、先に酒場へ戻って大丈夫ですよ」
俺達がアリーシャの成長っぷりに驚いていると、ゼラがそんな申し出をしてくれた。自然な形で片付けを押し付け、アリーシャの投擲術を肴にして一杯やる気が見え隠れしているが、どっちにしろゼラは片付けをしないだろうという事で、俺達はこの申し出を受ける事に。
「アリーシャ、俺達は一足先に酒場に戻って、皿とかの片付けをしてるから。戻って来たら、手洗いうがいをするんだぞー?」
「はーい!」
「戻ったらデザートもありますからねー」
「わーい!」
再び聞こえて来る風を切る音をバックに、俺達は酒場へと戻るのであった。俺も後で練習しよう、そうしよう……
「気合い入れて作った分、洗い物も沢山あるねぇ。三人でちゃちゃっとやっちゃいますか!」
「了解、ピッカピカに磨いてやる!」
気合いを入れて袖をまくる。飲食の商売をしていた店だけあって、調理場の流し台はかなり広く、俺ら三人が並んで作業できるほどだった。どんな魔法を使っているのかは知らないけど、現代のシンク台の如く、レバーを引いて流水を出す事も可能である。サンドラに聞いてみたところ、酒場のマスターが大金をはたいて購入した、最新の魔導調理台なんだとか。本当によく分からないないが、実際便利なので問題なし。なしったらなし。
「今更だけどさ、今日の料理に青物野菜入ってなかった? そんなの畑で採れたっけ?」
「実は神父様の部屋を整理している時に、新たな野菜の種を発見しまして。試しに畑に植えてみたら、みるみるうちに立派なキャベツに育ったんです」
「へえ、そうだったのか。あのシャキシャキ食感、他の食材じゃなかなか味わえないからな。凄く美味しかったよ」
「フフン! そこはまあ、私の調理指導の賜物というかさ」
「はい、サンドラさんに色々と指導して頂きました。デザートに用意したニンジンのハチミツパンも、サンドラさんが考案されたものなんですよ」
「おおう、あのサンドラさんが!?」
「そう、このサンドラさんがね! いつかベクト言ってた好物の…… ええと、アップ、アッポウ、ポパイ?」
「……もしかして、アップルパイ?」
「そう、それ! そのアップルパイとやらも、材料が揃い次第私が作ってあげるから、期待していなって!」
「ハハッ、そいつは心強いな。というか、お願いしますねマジで」
「きゅ、急に真顔にならないでよ…… にしても、ベクトがあの肥料を与えてからさ、あの畑も良い野菜が育つようになったよね~。植えた瞬間に急速成長するのはどうかと思うけど」
「アリーシャさんが一生懸命お世話してしますからね。私も日に何度かお手伝いしますけど、土いじりに関してはアリーシャさんから教わってばかりで」
「なるほど、料理はサンドラが師匠、畑はアリーシャが師匠って事か」
「い、言われてみれば確かに、教わってばかりですね、私…… 今度、クウラン教の歴史について皆さんにお教えするというのは如何―――」
「「―――あ、それは遠慮します」」
「で、では、聖書の朗読―――」
「「―――ごめん、絶対寝ちゃう」」
見事に声が重なる俺とサンドラ。肩を落とすイレーネには申し訳ないけど、こればっかりは仕方がない。這い寄る睡眠欲には抗えられないものなのだ。
「うう、やはり私は魔法でしかお役に立てないようです……」
「そ、そんな事ないって。イレーネの気遣いや優しさに、いつも俺達は助けられっ放しだよ」
「二日酔いの時なんかも、イレーネが薬を作って助けてくれたしね! いやあ、あの時は本当に生き返った気分だったよ」
「イレーネ凄い!」
「イレーネ最高!」
「そ、そんな、えへへ」
阿吽の呼吸、褒め殺し。ただ事実を並べただけの事ではあるが、イレーネの心は何とか持ち直してくれたようだ。
「あっ、そうです! 魔法といえば、新たな奇跡をお教えできるようになったんですよ。『魔法・結界』という、以前なぜか使えなくなっていた、あの魔法です」
「おお、マジか。前回と今回の探索で、大分強くなったのが原因かな? 後でどんな魔法なのか見せてくれよ」
「お任せください。強力な魔法なので、きっと探索のお役に立ちますよ」
「うんうん、やっぱりイレーネも心強いよ。でもひょっとしたら、杖ズミさんが今以上に強くなっちゃうかもな」
「「ツエズミさん?」」
当然、杖ネズミの愛称(オルカ命名)である。オルカの力でゾンビな見た目を修復され、ホワイトと同じく生前同様の見た目となった彼(?)は、聖ゾンに代わる期待の後衛支援役なのだ!
……探索の進行具合はこれ以上ないほどに順調、ホームの皆との仲も円滑だ。今後も上手く事が進めば良いが、そう簡単にはいかせてくれないだろう。難攻不落、誰一人として突破した者が居ない、幾重にも捻くれた世界――― それが黒檻だ。討伐するべき大黒霊は残り六体、まだまだ道の折り返し地点にも差し掛かっていない。と来れば石橋叩いて、更に備えに備えないと、か。今回入手した『融合』で戦力増強をして、可能であれば他の探索者との情報交換とかもして―――
『相棒、ワシの事もしっかり活躍させんといかんぞ? でなければ、いつ口が滑るか分からんからのう!』
―――俺の名誉の為にも、ダリウスソードもちゃんと使ってやらねば。
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