第75話 定期的にお届け

「……え? えっ? えええっ!?」


 軽い牽制のつもりで投げた盾がミミックを粉砕。この事実に俺は目を疑い、目の前の光景を呑み込むまで時間を要してしまった。強固である筈の外殻にめり込んだかと思ったら、次の瞬間にはそのまま貫いてしまうなんて、誰が予想しただろうか。少なくとも、俺はしていない。ミミックの外殻にカツンと軽く当たって、不思議な力によって俺の手元に戻って来るとか、精々その程度にしか考えていなかったもの。


「こ、これ、立派な凶器じゃないか……?」

「というか、こんな危ないものでホワイトは遊んでおったのか…… いや、ホワイトだからこそ、これで遊べたと言うべきじゃろうか」

「なるほど、さすホワという事か。しかし、ものの見事に倒してしまったな」


 ミミックは宝箱の残骸となり、少しして靄となって消えてしまった。一応俺が倒した事になるんだろうが、ダリウスで止めを刺した訳ではない為、能力アップも霊刻印の入手もお預けである。


「今度から使いどころを考えよう、そうしよう……」


 この盾の投擲は見た目以上に強力で、威力だけなら魔法にも負けないほどの攻撃になり得る。成長を度外視するのなら、危なくなった時にゾンビの大群に使っても良いかもしれない。硬いと評判のミミック相手にこれだったんだ。恐らくゾンビ程度の脆さなら、複数に当たっても問題なく両断してくれるだろう。 ……刃でも隠し持ってるのかな、この盾?


「まあ、黒檻の探索を進めていけば、またいずれ彼の黒霊と戦う事もあるだろう。霊刻印はその時に手に入れれば良い。それよりも、次に進むべき道についてだが―――」


 ―――ズズッ……


 オルカが話している途中であったが、それを遮るように地面が軽く揺れ出す。俺達はこの時点である事を察し、息を潜め耳を澄ました。揺れは次第に大きくなっていき、それと共に遠くから叫び声が聞こえて来る


「……なんだろうな、この地響きと叫び声。俺、すっごいデジャブを感じる気がするんですけど?」

「奇遇じゃな、相棒。ワシもじゃ」

「こんな事もあるんだな。私もそう感じたところだよ」

「ゴォルルゥ……!」


 考えは皆同じ、って事かな? 一応、答え合わせもしておこうか。はい、せーの。


 ―――ズズズズズズンッ!


「また黒霊の大群がやって来るぞ! 迎撃準備!」

「狩り尽くしたと思ったらこれか! 全く、退屈しないエリアじゃて!」

「一度戻って補給したのは正解だったな。さて、この袋小路でどう防衛したものか?」


 ホワイトを先頭に陣を組み、俺達が通って来た道の奥へと睨みを利かす。なるほどなるほど、どうやらこの『血塗監獄ちぬりかんごく』のエリアは、定期的に黒霊を大量発生させる特性があるようだ。そんな大量の敵を倒して行ったら、そりゃあこんだけ血塗れにもなるってもんである。ある意味、魔具を成長させるのには打って付けの場所って感じかな。尤も、ダントツで危険ではあるけど!


「オルカ、感染がある以上は掠り傷も致命傷だ! 全力で行こう!」

「ああ、任せておけ。私はこの戦いが終わったら、ホワイトを思いっ切りモフモフするのだからな!」


 ……ん、んんっ? 今のってもしかして、フラグじゃないか?



    ◇    ◇    ◇    



 それから俺達は黒霊の大群を薙ぎ倒し、何とかこの難局を乗り越える事に成功した。唐突にオルカが死亡フラグめいた台詞言ったから焦ったけど、彼女はそのフラグごと黒霊をたたっ斬る活躍振りで、黒霊がいくら来ようとも全く問題にしなかった。オルカ自身も全く気にしていない様子で、戦闘の後は宣言通り、ホワイトをモフっていたよ。俺の心配は一体なんだったのか。


 まあ、最初の大群が襲来した時よりも数が少なく、こちらにはホワイトに加えてハゼちゃんズも居たから、俺としても戦力的に楽な印象だったかな。ちゃっかり戦いの最中に、赤いスライムと血塗れバージョンの聖ゾンを仲間にする事もできたし、成果としても上々なものだろう。何気に倒したミミックの中から小さな小剣も発見した。


 ……が、しかしだ。俺達が本当に苦労するのは、正にここからだったんだ。戦いを終え、俺達はこのエリアの更なる奥へと探索を進めて行った。その道中、再び黒霊達が大挙として押し寄せて来た回数、この数時間だけで三度。感覚的には一時間に一回は来ていると思う。今のところは何とかなっているけどさ、そろそろ勘弁して頂きたい。こう、精神的に来るよ?


「はぁー、一体どこから湧いて出て来てんだかな、あいつら……」

「全くじゃのう。脱落者がいないとはいえ、皆消耗はしておる。一度出直すか?」

「結構奥深くまで踏み込んでるし、そうした方が良いかもな。女神像があれば、直ぐに戻る事ができるけど…… ないものねだりしても仕方ない。オルカ、戻ろう」

「………」

「オルカ?」


 通路の何の変哲もない壁に手を当てながら、何やら注意深く観察しているオルカ。俺がもう一度声を掛けようとした矢先、オルカはその壁に向かって―――


「とおっ!」


 ―――蹴りをかました。


 強烈な蹴りをお見舞いされ、ガラガラと崩れ始める通路の壁。正直、この時俺は焦った。オルカが急にそんな事をし出した驚きもあったが、それ以上に生き埋めを恐れた。だってここ、広大で忘れがちだけど地下なんだもの。


「オオオ、オルカさん!? 急にどうしたの!? ストレス!? ストレス発散的な何か!?」

「ん? ハハ、違う違う。他の壁と違って、ここだけ叩いた時の音が異なっていたのでな。気になったから、試しに蹴ってみた」

「そんな滅茶苦茶な……」


 ただただ唖然とする俺。


「もちろん、それだけが理由ではないぞ。この壁を目にした瞬間、ホワイトの鼻がコンマ秒ほどヒクついていたのを確認した。ホワイトがそんな反応をするのは、何かあるような気はするけど、別に宝じゃないし、罠が仕掛けられている訳でもない。ならまあ良いか…… と、無意識のうちに判断している時なんだ」

「「へ、へえ……」」


 いつの間にそんなミクロレベルの判別までできるようになったのかと。ただただ俺とダリウスは、苦笑いを浮かべる事しかできない。オルカのマニアっぷりは、遂に底知れない域にまで達したのかもしれない。


「つまりだ、この先にはホワイトが知らないもの――― 女神像があると、私はそう確信した!」

「な、なるほどな。けどさ、そんな都合良く女神像が見つかる筈は―――」

「―――あ、見つけたぞ! あそこだ!」

「あったのかよ!?」


 破壊した壁の奥より、早速女神像を発見してしまうオルカ。そ、そんな馬鹿な。そんな都合良く漫画的な展開になるなんて、オルカには本当にホワイトの気持ちが分かるのか……!?


「相棒、ワシが言うのもなんじゃけど、それだけは相棒に言われたくないと思うの。というかワシ、相棒の運命力も若干は絡んでいると考えとる」


 ダリウスが何か言っていたような気がするが、俺には聞こえなかったので無視。


 何はともあれ、俺達は壊した壁を乗り越え、女神像が安置された空間へと足を踏み入れる事に。ちなみにホワイト達は女神像に近づけないので、一旦格納の中にインしておいた。


「けどここ、今までの場所とは何と言うか、雰囲気が違くないか?」


 牢屋四部屋分の広さはあろうこの空間には人工的な施設があり、何に使うのか全く分からない機材が所狭しと置かれていた。女神像はその中に埋もれるようにして置かれている。普通に考えれば、ここが日誌にあった研究施設なんだろう。どれもこれも壊れてしまっていて、今は使えそうにないけどな。


「……ベクト、あっちから何か感じないか?」

「えっ? 何かって、何を――― ッ!?」


 この瞬間、俺は久し振りにあの感覚を思い出した。

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