第73話 昨日の敵は今日の友

 鉄格子を弾き飛ばす豪快な音が鳴り響き、同時にその方向から先ほどの叫び声が聞こえて来た。牢屋の中で詰まっていた赤ゾンビごと鉄格子を吹き飛ばして、懐かしの肉ゴリラが襲来したのだ。しかも三体である。やあ、久し振り。あんまり会いたくなかったよ。


「「「ウヴォウゥ……!」」」

「一気に三体かよ。このエリアでは別に希少種でもないって事か?」


 筋肉ゴリラが現れたのは、各階層に一体ずつだ。ただこいつの場合、階段とか関係なしに直接通路をよじ登って来そうだし、例の咆哮攻撃もある。どこに居ようと油断できそうにないな。


「ベクト、私が一体請け負おうか?」

「いや、ちょっと試したい事があるんだ。筋肉ゴリラ三体と下の階層の敵は俺とホワイトでやるから、オルカはこの階層の赤ゾンビの相手をお願いして良いかな?」

「なるほど、何か考えがあるという事か。了解した、この場は任せろ!」


 そう言うや否や、オルカは力強く剣を振るい、凄まじい風切り音を発生させた。すると、どうした事か。まるで剣から斬撃が放たれたかの如く、青色を帯びた曲線が牢屋の方へと飛んで行った。


「クカッ……」

「ウバッ……」


 それが牢屋の鉄格子に接触した途端、唐突に分厚い氷の壁が出現。横並びになっている鉄格子一面にまで広がって、一瞬にして牢屋と通路の間を遮断してしまった。中には牢屋の中で巻き込まれ、鉄格子と一緒に氷漬けになってしまった赤ゾンビもいる。


「そ、そんな使い方もあるのか、その魔法……!?」

「使い方次第では、なっ!」


 更にオルカは、先ほどとは逆側の牢屋にも飛ぶ氷の斬撃を放ち、同じように牢屋の氷漬け(というか、一部通路まで氷結)を完成させてしまった。なるほど、これなら三階層の牢屋から赤ゾンビが溢れる心配はない。しかし、しかしだ。


「ウッヴァア! ウウゥー――!」


 どうやら、つい先ほど牢屋から飛び出した筋肉ゴリラにまで被害は及んだいたようで、奴の右半身が氷の中に埋もれてしまっていた。自慢の筋肉で何とか抜け出そうと頑張っているが、氷は一向に破壊される様子がなく――― あ、あれ? 俺の仕事、取られた?


「すまん、張り切り過ぎた」

「………」

「だ、だが、これはあくまで足止めが目的の魔法! ダメージは殆ど与えていない筈だ! という事でベクト、後は頼んだぞ!」


 そう言ってオルカは、奇跡的に凍結を免れた赤ゾンビを倒しに行ってしまった。何とか誤魔化したつもりなんだろうか? まあ、別に良いけどさ。


「ホワイト! そのでっかい敵は倒さないで、軽く傷を与える程度に留めてくれ! 敵陣真っ只中で辛いと思うが、できるか!?」

「ゴォルゥ!」


 楽勝! とばかりに、ホワイトが壁に張り付いたまま声を上げる。かと思えば、次の瞬間には敵に突っ込んで無双してるし。筋肉ゴリラが大声量の叫びを放てば、ホワイトも同様に叫びを放ち、衝撃を打ち消して――― うん、俺が心配するまでもなかったっぽい。俺は俺の成すべき事をするとしよう。


「つっても、体半分埋まったのが相手なんだけど……」


 氷に埋まった筋肉ゴリラの前にまでやって来た俺は、改めてこいつを観察する。相当にタフだったし、今のダリウスで何度か斬っても大丈夫かな?


「ウヴォウ!」


 拘束された事にお怒りなのか、筋肉ゴリラは既に興奮している様子だった。目が合った途端、大木のような左腕を振るわれてしまう。


「まあ、それはそれでやりやすいんだけどな」


 広範囲に及ぶ咆哮攻撃は厄介だけど、単純なパンチは読みやすい。ホワイトとの死闘の後なら、この狭い通路の上でも余裕で避けられるほどだ。腕の軌道に合わせて跳躍し、振るわれた後の腕の上へと着地。後は筋肉ゴリラを死なせない程度に浅く何度も――― 刺しまくる!


「~~~~~ッ!?」


 言葉にならない叫びを上げ始める筋肉ゴリラ。以前は急所以外に殆ど効果がなかった俺の攻撃も、成長した今ならば明確な痛みと伴うほどのダメージとなっているんだろう。けど、今回の目的はお前を倒す事じゃない。俺が欲しいのはお前の経験値や霊刻印ではなく、お前自身なんだからなっ!


「え、何それプロポーズ? 相棒、流石にその趣味は止めておいた方が良いぞい……」

「ちゃうわい!」


 ダリウスは無視する。酒場での戦いの時、こいつは『感染』を持つ赤ゾンビの攻撃を幾度となく受けたというのに、最後の最後までゾンビ化せずに死んでいった。なぜそうなったのか? 理由は実に簡単なもので、筋肉ゴリラが『耐性・感染』のレベル2を所持していたからだった。だが、今の俺達にはその霊刻印の力を上回る、『感染』レベル3がある! ダリウスの刃、そして同じくその効力を秘めたホワイトの爪牙そうがによる攻撃を受けたこいつらは、今度こそゾンビ化する!


「ヴ、ヴゥゥ……」


 覇気のあった声が、徐々に弱くなってきた。そろそろ、だろうか。


「握った左手を開け」

「……ヴォウ」


 少し間を置いたが、筋肉ゴリラは固めた拳を開き、俺の指示通りに手でパーの形を作った。ゾンビ化&使役化、完了である。


「よっし、読み通り!」

「こうして怪物は、相棒のところへ嫁入りしたと」

「だから違うっての! ふざけてないで、この調子で残りの二体も仲間にするぞ」

「まさかのハーレム!?」

「ダリウス君さぁ!?」


 すっかりとダリウスのペースに乗せられてしまう俺。仲間の中での唯一のツッコミ役として、流石に今の発言は我慢ならなかった。


「ったく、戦闘中に馬鹿な事を言うなよ。まあ、もう他のところも終わったみたいだけどさ」


 そう言って、俺は通路の手すりを握り、吹き抜けから真下を見下ろした。


「ホワイト、もうそいつらは仲間だ。倒さなくて良いからなー!」

「ゴォルルゥ?」


 良いの? とでも言っているのか、ホワイトが俺の方に顔を向けながら首を傾げた。俺の眼下に赤色なゾンビの姿は既になく、あるのは二体の筋肉ゴリラのみとなっている。そう、あれだけ居た大量の敵を全て、ホワイトが殲滅してしまったんだ。それでいて見た目無傷だし、ホントとんでもないよ。


「ふむ、考えとは彼奴あやつらを使役する事だったのか」

「ああ、オルカ。そっちも無事に終わったみたいだな」


 何事もなかったかのように、いつもの凛とした佇まいでオルカがやって来る。ホワイトもそうだけど、オルカの戦果も凄まじくて驚かされた。何あの魔法?


「しっかし、あんな魔法があったんなら、もっと前に教えておいてくれよ。ホワイトとの戦いの時だって、最初にあれで凍らせていたら、もっと楽に勝てたんじゃないか?」

「いや、そう簡単にはいかなかっただろう。あの攻撃は『魔法・氷剣ひょうけん』と『飛剣ひけん』の合わせ技なんだが、如何せん速度がないものでな。ホワイトほど勘が鋭く素早い者なら、容易に躱してしまう。仮に命中したとしても、ホワイトを封じ込めるほど強固ではないよ。うん、流石はホワイトと言うべきか。さすホワ!」

「へ、へえ、そうだったのか……」


 悲報、オルカの凛とした雰囲気、吹き飛ぶ。


 ……にしても、また新たな霊刻印の名が出て来たか。名前からして、本当に剣から斬撃を飛ばすものなのかな? 後で詳しく聞いてみるとしよう。今はひとまず、下のホワイト達と合流しなくちゃだ。


「筋肉ゴリ――― は、流石に名前としてはちょっとアレか。ええと、何て呼ぼうかな? 筋肉、略して筋ちゃんだと、キンちゃんと被るし……」

「ベクト、其奴そやつの本来の名は何と言うのだ?」

「え? 案内人に報告した時に出て来る、あの難しい名前の事か? ええと、確か…… ぜた大猩猩おおしょうじょう、だったかな?」

「なら、ハゼちゃんで良いだろう。よろしくお願いする、ハゼちゃん」

「ウヴァ!」


 あ、あれ? いつの間にか名前が決まっちゃったぞ?

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