第72話 赤き牢獄
開けた空間に出たかと思えば、そこは広大な牢獄だった。
「な、何だここ? 地下ってのが信じられないくらい、途轍もなく広い…… ちょっとしたホールとか、それくらいの広さはあるんじゃないか?」
どうやら俺達は吹き抜けとなった空間、その三階部分を口字で囲う通路に出たようだ。牢獄らしくこの三階部分にも牢屋があり、通路の壁沿いに鉄格子が並んでいる。目の前の手すりから真下を覗けば、一階二階部分にも同様に牢屋があり、それぞれの階層を繋ぐ階段も見える。ハ、ハハッ、映画かなんかで、こんな刑務所見た事あるかも……
「気を付けろ、何かいる」
オルカが一番近くにあった牢屋、その奥へと視線と剣先を向けた。鉄格子の向こう側は小さな小部屋となっており、更にその奥には半壊状態の扉がある。そこからまた別のどこかに繋がっているんだろう。どうもこの場所、想像以上に複雑な構造になっているようで。だが、今それ以上に気にするべきは―――
「―――ウアァ……」
「……聞こえたか?」
「聞こえた。ゾンビの呻き声だ」
当然だが、今のは聖ゾンの呻き声ではない。あの壊れた扉の奥から聞こえて来た。不味いなぁ、ゾンビは一匹いたら百匹はいるって言うし、来て早々嫌な予感しかしない。俺も何度か映画に喩えちゃったけどさ、そこまでお約束を守る必要はないんだぞ?
―――ズズッ……
「んんっ? 少し揺れた? 地震か?」
「黒檻に地震なんてものはないよ。あるとすれば、何者かの影響によるものだ」
「と言うと?」
「例えば地を揺らすほどの大人数が、一斉に移動している…… とか」
「「「………」」」
―――ズズズズズズンッ!
仮に他の牢屋も同じ構造になっていて、同じように配置されてある扉の奥から、この地鳴りの大元が迫っているとしたら? それも俺達の居る三階だけじゃなくて、一階も二階も全部が全部で。となれば、それは確かにやばい数の質量が移動している事に繋がる訳で。しかもこの音、明らかに走っている訳で。
「「「ウアァーー!」」」
「来るぞ!」
「だよね!」
明確に聞こえて来た叫びは、ありとあらゆる方向から轟いている。俺とオルカは通路上で背を合わせ、左右のどちらにも対応できるように、且ついつでも逃走できるよう、来た道の正面に陣取る事にした。さあ、戦う準備も逃げる用意も万端だ。来るなら来いや! できるだけ遠慮して来いや!
「ウヴァア!」
「イエェアァ!」
敵意剥き出しの叫びと共に、鉄格子の間から真っ赤な腕が何本も飛び出して来る。ただでさえ無数の血痕で不気味な牢獄だってのに、今度は数え切れない数の腕が、全部の牢屋の中から生えて来やがった。和と洋のホラーが合体した感じでキモい。つうか、芋づる式ってレベルじゃない!
「って、冗談言ってる場合でもないんだよな! やっぱあの時の赤ゾンビだ、こいつら!」
「数やばくね? 優に百は超えてね?」
そう、走るゾンビってだけでも卑怯臭い存在なのに、今回のこいつらは何より数がやばい。うじゃうじゃい過ぎて、目視では数え切れないくらいだ。今のところ鉄格子に阻まれて、こっち側に入って来れないようだけど、それも時間の問題だろうな。老朽化の進んだ牢屋の鉄格子に、これだけの大群を押さえ付ける期待をするのは、いくら何でも酷ってもんだ。例の破壊不可オブジェクト? とやらでもない限り、物量に押されて壊されてしまうだろう。
「ウヴィアアアッ!」
―――ガシャーン!
なんて、そんな事を考えているうちに、どこかの鉄格子が破壊されたみたいだ。音の方向から察するに、下の階層にある牢屋か。開いてしまった地獄の門、そこから雪崩れ込むは赤の津波。階段を使って俺達が居る三階通路に来るまでの間に、多少の迎撃はしておきたいところだ。
「つう事で、頑張ってくれよ、聖ゾン衆! 魔法で倒してしまっても良いから、できるだけ数を減らしてくれ! どうせ壊されるんだ、密集している鉄格子の辺りにぶち込んでやれ!」
格納に収納していた残りの聖ゾンも全て出し、各自に炎弾による爆撃を指示する。聖ゾン五体×残弾三発の攻撃である為、全部で十五発しか発射する事はできないが、一発で何体かまとめて吹き飛ばす事を考慮すれば、これだけでも何十体かは倒せるだろう。
そして、魔法を使い果たしてしまった後は…… 聖ゾン達には申し訳ないが、その時点で倒させてもらう。聖ゾンは通常のゾンビよりも基礎能力が高いが、魔法がなければ赤ゾンビ達には敵わない。更に新しく覚えた回復系の魔法においても、赤ゾンビの強力な『感染』には効果がない為、あまり役には立たないだろう。よって、そんな状態の聖ゾンで使役する枠を圧迫させる訳にはいかないのだ。使役しているうちにダリウスに糧となってもらい、枠が空けば緊急避難方法として、操った赤ゾンビを六体まで格納する事もできる。
―――ドォンドォォン!
各所で巻き起こる爆発。しっかり赤ゾンビを倒せてるし、敵の数が多いのもあって効果覿面だ。
「聖ゾン、ありがとな」
魔法を使い果たした者から順に、俺の手で首を狩って行く。靄となった聖ゾンをダリウスに吸収させ、息つく間もなく目についた赤ゾンビを操作。敵陣のど真ん中で暴れさせて――― って、ど真ん中駄目だ。敵を一体攻撃した瞬間に、周りの赤ゾンビ達に袋叩きにされてしまった。
操るとすれば、先頭集団が有力か。先頭が詰まれば渋滞が起こり、後列の進行も遅くなる。操作している赤ゾンビが倒されたとしても、また新たに先頭を走り出した奴を再操作。これを繰り返していけば、相当な時間稼ぎになる筈だ。で、そんな渋滞するゾンビの中に飛び込ませるのは、我らの新たな切り込み隊長に就任した、あいつである。
「暴れて来い、ホワイト!」
これだけ広さのある空間であれば、巨躯を誇るホワイトを格納から出しても問題ない。さあ、思う存分暴れまくってくれよ!
「ゴオオアァ!」
吹き抜けの空中に出現したホワイトは、そのまま一階へと急速に落下して行き、何体かの赤ゾンビを踏みつける形で着地。更にそこから間を置かず、畳み掛けるように敵を食い千切り、爪を振るって両断していく。更に更に跳躍したホワイトは、壁を走り三角跳びをし、吹き抜けの全空間を使って縦横無尽に駆け巡り、赤ゾンビの大群を刈り取り続ける。
「ホ、ホワイト、頭で理解していたつもりだったけど、やっぱり強いなぁ……」
既に感染されているし、オルカの剣に耐えるほどに頑丈だから、赤ゾンビの攻撃も能力も、一切気にしなくて良い。多分、今背中を合わせているオルカは、とってもご満悦になっているんじゃないかな?
「ベクト、この階層の牢屋もそろそろ破られるぞ。一階二階から向かって来る敵はホワイトに任せて、私達はこちらに集中しよう!」
「お、おう……!」
違った。ちゃんと戦闘モードになっていた。オルカの切り替えの早さを見習いつつ、俺も目の前の敵に集中するとしよう。
「ふむ、この調子ならなんとかなりそうじゃのう。相棒の成長が窺えるわい。あ、それともワシの成長かの? まあ兎も角、この戦い…… 勝ったな!」
「ば、馬鹿! ダリウス、わざわざそんなフラグめいた台詞を言うなって!?」
ここはお約束を頑なに守る黒檻なんだぞ!? そんな事口にしたら、そんな事を口にしたらっ!?
「「「―――ウヴォオオオウゥ!」」」
どこからか、聞き覚えのある野太い声が聞こえてきた。それも複数である。はて、どこの筋肉なゴリラのものだろうか?
「ダリウスさぁ……」
「ワ、ワシのせいじゃないぞい。どっちかと言うと、相棒の運命力のせいじゃ!」
と、犯人は申しており。 ……だがまあ、考えようによってはチャンスか?
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