第71話 血塗られた道

 日誌に記されていたのは、この狂った国がなぜ出来上がってしまったのか、その発端を説明するものだった。何と言うか、狂気に飲み込まれると碌な事にならないって言うか、巻き込まれた側は堪ったもんじゃないよなぁ。仮にその中にアリーシャ達が含まれていたのだとしたら――― 本当に反吐が出る。国王、死すべし。あ、もう死んでるのか。


 しかし、文章の中にある魔物化だの怪物化だのという言葉、これは恐らく、いや、十中八九『感染』が関係しているだろう。だけど、生きた人間と死体に投与するとでは、その後の効力が異なっているようにも思える。元々生きた人間に投与していた方は、不完全ではあるが、コントロール自体はできていた。それが死体になった途端コントロールが効かなくなって、事故が多発するようになったって書いてるし、うーん…… やっぱり別物?


「オルカ、元々この国が作り出そうとしていた強力な兵士って、ゾンビとはまた別の存在なのかな?」

「文章を読み解くに、恐らくは。あくまで動く屍は偶然の産物、研究の本筋にはなかったものだ。それで国が滅びてしまうというのも、悲劇ではあるがな」

「ある意味、流行り病どころじゃない感染力だったろうしな…… ところでさ、思ったんだけど強力な兵士って、酒場で襲って来た筋肉ゴリラみたいな奴じゃないか? 勝手に俺がゴリラゴリラ言ってるけど、あいつの風貌は明らかに普通の生物からかけ離れていた。仮にこの薬の本来の目的が筋肉増強とかだったりしたら、あの不自然に発達した肉体にも納得がいくだろ? 研究所には死体を運ぶ搬入口があったっぽいし、そこを通って酒場までやって来たと考えれば…… うん、一応筋は通る」


 おっ、頭に浮かんだ事を口にしているだけなんだけど、これって結構信憑性があるんじゃないか? 我ながら想像力が逞しい。


「となればベクト、この大聖堂の地下、封印された扉の奥にあるのは薬の研究所で、そこにはその怪物が大量に居る事にならないか?」

「そうなんだよね、何それ最悪じゃねぇかって感じなんだよね。あ、いや、でも今の実力ならいけるのか? 確かに、あの時はギリギリの戦いだったけど……」


 あの頃のステータスは、それこそ今の半分以下ほどしかなかった筈。大黒霊の黒ネズミや、圧倒的強者であったホワイトとの戦いを経た今であれば、そんなに苦戦はしないような気もする。まあ、流石に量産とかされたら泣くけど。


「ベクトの推測が正しければ、同じタイミングで現れた赤い屍も居る可能性がある。となれば…… うむ、今までで一番攻略難易度が高そうなエリアだ。そうと決まれば早速行くとしようか、あの扉の前へ!」

「オルカさん、何で笑顔が眩しいんです……?」


 返答を聞くまでもなく、答えは決まっている。いつもの悪い癖だろう。


 まあ嫌な表情を作る俺としても、鍵を入手したからには、ちょっくら覗いてみる所存なんですけどね。霧裂魔都での成長にそろそろ上限が見えて来たから、ワンランク上のエリアを開拓するのは悪い手ではないのだ。こんな時に発動するオルカの趣味は、正に渡りに船だろう。それに国が管理する重要区画であれば、有用なアイテムがある可能性が高い!


「フフフ」

「ヘヘヘ」

「うわぁ、かつてないほど欲に塗れた顔しとるんじゃけど、この二人……」


 おっと、ダリウスが突っ込んでしまうほど酷い顔をしちゃってたか。反省反省。


「ダリウス、そう心配すんなって。俺はどんなに欲に塗れていようとと、やばい状況なら臆して尻尾を巻くから!」

「ま、まあ確かに、相棒ならそうするじゃろうが……」

「そうだ、案ずる事はないぞ。私はただ純粋にベクトを鍛え、ダリウスを名剣にしたいだけなんだ。打てば打つほど強くなる。これに勝る名言はないぞ?」

「そ、そう? ワシをあるべき姿にするのが目的なら、ワシもやる気を出しちゃおっかな? フハハ!」


 説得完了。全員がやる気になったところで、噂の地下研究所に繋がっているであろう、女神像が安置された小部屋へと向かう。そして到着。


「扉付近は女神像の範囲内、よって開けた途端に襲われるような事はないだろうが、油断はするなよ?」

「要はいつも通りって事な。オーケー、開けるぞ」


 ―――ガシャン。


 同じ扉である筈なのに、資料室よりもこちらの方が重く感じてしまうのは、果たして気のせいだろうか。それとも、奥に棲まう怪物達が原因か。見た目以上に重々しい扉は開かれ、新たな道が姿を現す。


「……血生臭い」


 思わずそう呟いてしまうほどに、扉の奥は酷い臭いだった。腐臭や悪臭など、結構な頻度で嫌な臭いと付き合っている俺だけどさ、今回はまた別ベクトルの臭いが来たもんだと驚いてるよ。しかもこの場所、視覚的にもよろしくない。


 人がギリギリすれ違えるほどの狭い通路、明かりは最低限しか確保されておらず、視界が悪い。だが、それでも目に入ってしまうのは、通路の床、壁、天井に残る古い血痕だ。一体何人分の血をこの場に散らしたのか。そんな疑問が浮かんで来るくらいに、ありとあらゆる所に血が付着している。どれも古いものらしく、黒に近い色で染まってはいるが…… 撒き散らしている量が半端でなく多い為、見ているだけで嫌な気分になってくる。体中に冷たい血が流れ、盛り上げたテンションが一気に下がっていくのが分かる。おいおい、何なんだ、ここは?


「ほほう、これがこの国の秘密か。確かに、公にはできん見た目の玄関口じゃわい」

「ハァ、入り口からとんだ挨拶だよ…… 見た感じ、その玄関口が思いっ切り俺達を拒絶してるけどさ、それでも入るか?」

「そうか? 私としては、下水道よりも入りやすいのだが…… 血の臭いなら、ホワイトからも嫌われないだろうしな!」

「気にするのはそっちなんかい。しかしこうも狭いと、ホワイトは出せないぞ?」


 仕方ないので、広い場所に出るまでホワイトは格納内で待機させる事に。オルカ、そんな死ぬほど残念そうな顔をしたって、出せないものは出せないぞ。ここ、地下だから無理に破壊する事もできないし。生き埋めは御免なのである。


「しょうがない、行くとしますかね」

「うむ」

「ああ」


 意を決し警戒心を強め、血に染まる通路を進む。でも先頭は怖いので、聖ゾンを一体だけ出して、彼に先頭を譲る。聖ゾンは機動力が人並みにあるから、ゆっくり進む分には先導役にもなるのだ。頑張れ聖ゾン、格好良いぞ聖ゾン!


 ―――とまあ、それから俺達は特に黒霊と出会でくわす事もなく、黙々と通路を進んで行った。視界に映る全てが血で装飾されてはいるが、今のところ通路は一本道で、このエリア自体は実に静かなものだ。あまりに何も起こらないので、ゾンビ映画の冒頭シーンを思い起こしてしまう。ほら、ああいう映画って、最初の一体はなかなか出て来ないじゃん? まあ肝心の一体が出て来たら、後は芋づる式に現れるようになるんだけどさ。


「オォア……」

「っと、通路が終わるみたいだ」

「そうか! ホワイトは出せるか!?」

「い、いや、それは通路の先を見てみないと、何とも……」

「これ、静かにせんかい。黒霊に見つかるわ」


 こんなにも不気味な場所なのに、不思議と空気はぽわぽわしているような。何はともあれ、血の通路を抜ける。抜けたのは良かったんだけど―――


「うへぇ……」


 ―――それから俺達を出迎えてくれたのは、またまた血で染まった、狂気の牢獄であった。 ……これ、どの辺が研究所なんだ?

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