第70話 とある研究員の日誌
収穫祭で腹と心が満たされた翌日、ホワイトの巣穴で発見した鍵で例の扉を開ける為、俺とオルカは再び探索を開始した。現在発見されている扉は二つ、司教の部屋の前にあったもの、そして隠し地下階段の先にあったものだ。オルカとの相談の末、まずは司教部屋近くの扉から当たる事にした。
―――ガチャリ。
「開いた……!」
俺の直ぐ後ろにホワイトを配置。そしてダリウスを構えつつ、ゆっくりと封印の解かれた扉を開けていく。ゾンビだろうと幽霊だろうと、何だって相手をしてやる! 想定外の強さだったら撤退するけどな! という、勇ましくも逃げ腰な精神で俺は臨んだ。
「……何だ、ここ?」
扉の奥が明かされると、臨戦態勢は直ぐに解かれた。そこにあったのは、新たな通路でも新たな黒霊の巣でもなく、ただの部屋だったのだ。それこそ、司教の部屋と同じくらいの広さしかない。置かれているものの種類は更に少なく、朽ちた木製の棚らしきものが、そこら中に並んでいるだけだった。唯一、一番奥にあった本棚だけが、形を保っていると言えるだろうか。
「窓がないから薄暗いな…… ホワイト、罠は?」
フルフルと首を横に振るホワイト。罠はないらしいので、早速中へと踏み込む。
「この朽ちた棚、どうやら元々は本棚だったようだ。恐らく、全部がそうだろう」
オルカが『修繕』の力を使って、壊れた本棚を元の形に戻してくれた。確かに、この本棚は奥のものと同じ種類だ。
「という事は、この部屋にはずらっと本棚が並んでいたのか。図書館? いや、それにしては手狭だから、資料室だったのかもしれないな。何で厳重に封印されていたのかは知らないけど」
「よほど見られたくない資料があったんじゃないか? そこに置かれていたであろう、肝心の本がこうも何も残されていないとなると、今となっては想像するしかないがな」
「だなー…… っと?」
辺りを見回していると、破損した本棚の下敷きになっている一冊の本が、ふと目に入った。本棚をどかし、本を拾う。
「オルカ、ここに一冊だけ本があった。状態は…… 良くない、つうかボロボロだ。紙がくっついて開けないページがあるし、開けるページも読める状態にない」
「私に貸してくれ。『修繕』する」
そう言って、ボロボロだった本を新品同様に直してしまうオルカ。いやはや、本当に便利な力だよね、それ。
「これで良し。うん、うん…… 何者かの日誌、だろうか?」
「どれどれ?」
オルカの横に並び、俺もその日誌とやらに目を通す。
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天星歴1674年4月3日
国王より緊急の呼び出しがかかった。何でも東の大国、セレスティア帝国が本格的に侵略活動を活発化させているという。我らが国とは緩衝国として幾つかの国々を挟んではいるが、帝国の軍事力の前では、それら緩衝国が踏破されるのも時間の問題であるらしい。要塞都市を有し、長年に亘ってこの地で生きて来た我らであるが、戦力差を鑑みるに先行きは決して明るくない。残念な事に、国王はそうハッキリと仰っていた。それと同時に、例の研究を早急に進めるようにと命じられてしまう。歴史あるクラウン大聖堂に地下で、あのような悍ましい実験を繰り返す事になるとは。ああ、確かにここであれば、余計な人の目は避けられるだろうさ。あの腐れ司教め、国から一体どれだけの大金を積まれたのだか。
天星歴1674年4月11日
喜ぶべきか、それとも嘆くべきなのか。国王より指示を受けてからというもの、研究は順調に進んでいる。国内から有能な研究員と専門家を集め、罪人を優先的に地下へと送っている成果とも言うべきか。しかし、アレは明らかに黒魔術に属するものだ。人を人為的に魔物化させ、強力な兵士として運用するなど、果たして神は許してくださるのだろうか? ……いや、今は深くは考えないようにしよう。私の些細な信仰心など、この国に住まう全国民の命を比べれば、羽毛の如く軽いものなのだから。
天星歴1674年5月28日
何という事か。今日、我々は更なる禁忌に触れてしまった。何を考えていたのか、研究員の一人が魔物化の薬を人の死体に施したのだ。彼らは戯れのつもりでやったのかもしれないが、悪魔はこの愚行を見逃さなかったのだろう。あろう事か、その死体は息を吹き返して独りでに動き出したのだ。その非現実的な光景に私を含め、研究員の者達も放心状態にあった。そして、それが悲劇の始まりだった。 ……マーズが食われた。死体であった者が腰を抜かしたマーズに覆い被さり、生きたまま彼を食い始めたんだ。生き返った死体は後に処理されたが、恐ろしい事に、数分後に食われたマーズまでもが起き出して、ああ、クソッ。
天星歴1674年5月29日
私は今日、昨日起こった悲劇を国王に報告して来た。このような危険な研究、一刻も早く止めるべきだと進言しに行ったのだ。だからこそ、私は研究の全てを国王に打ち明けた。 ……結論から言ってしまえば、国王は乱心された。王が私に何と言ったと思う? あろう事か、あの動く死体を生物兵器として運用するよう、私に厳命してきたのだ。危険性を憂うどころか、死んだ民や兵士を再活用できると、幸運に感じ取っている節があった。国王は帝国を恐れるあまり、倫理観を捨てられたのだ。もちろん、私は断ろうとしたさ。だが最悪な事に、国王は私の故郷を人質に取った。もう私に退路はないんだ。あの悪魔め。
天星歴1674年7月15日
ここ連日、国中の死体が地下研究所に運ばれている。帝国の侵攻スピードは想定以上に速いらしく、国王も焦っているようだ。墓を暴いてまで持って来たのか、中には状態の酷いものもかなりあった。通常の魔物化でさえコントロールが難しいというのに、死体の魔物化は更に融通が利かない。無理な運用試験で施設内での事故も増え、仕事仲間にも少なくない被害が出始めている。尤も国王からすれば、そのような不幸の事故も、実験の材料が増えたくらいにしか捉えていないんだろうが。ああ、そうそう。最初に死体に薬を投与したあの馬鹿も、つい先日にそうなったんだったか。
天星歴1674年8月1日
この国は最早形振り構わないところまで来てしまっている。これまで生きた犯罪者が送られて来る事はあったが、今や身寄りのない者達まで、国から素材として提供されるようになってしまった。中にはこのクラウン大聖堂に派遣される体で、各地よりこの場所を目指す聖職者も居るのだという。神に仕える聖職者を悪魔に売ってまで、この国の軍事力を高める意味はあるのだろうか?
天星歴1674年8月9日
遂に恐れていた事が起こってしまった。動く死体が研究所の外に漏れ出してしまったのだ。厳重に管理していた筈の死体が、どうやって外に出たのかは分かっていない。が、今更そんな事を考えても、もう遅い、遅過ぎる。あの死体に噛みつかれる、もしくは引っ掻かれでもしたら、襲われた人間はたとえ生きていたとしても、数分で奴らの仲間入りをしてしまう。城塞都市とはいえ、そういった手段で内部より溢れ出した怪物に抗う術は極限られる。武力で対抗するにしても、兵力を国境に割いている現状況では、蔓延を防ぐ方法はもう……
天星歴1674年8月12日
ハハハ、まさかこの城塞都市が、帝国の手ではなく、自ら作り出した怪物の手によって落ちる事になるとは。怪物化が蔓延する速度は、私の予想の何倍も早いものだった。今や外は、動く死体が跋扈する怪物の楽園だ。私以外にも多少の生き残りは居るだろうが、それも長くは持たないだろう。国王? 知った事か。どういう訳か、城なら真っ先に落ちてしまったんだ。 ……だが、この状況になって、最早何が幸いなのかも分からないが、唯一の救いとも言える出来事もあった。怪物と化した国民達が都市の外に出るのを防ぐ為、都市の外側を囲う鉄壁の城壁門が、全て閉ざされたのだ。これにより、怪物達がこの都市の外に出るという、最悪で最悪な展開にはならないだろう。まあ、逆に言えば内部に取り残された私達に、生き残る希望は一切なくなったという訳だが。ああ、扉の奥から奴の醜い呻き声がする。故郷の家族よ、お前達の幸運を祈るよ。
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