第69話 収穫祭

 結論から言おう。栄養素が枯れ、痩せ細った野菜しか収穫できなかった教会の畑は、諸々が改善されて立派な畑となった。収穫できる野菜の種類こそは変わらないが、その質が一変したのだ。うん、俺もおかしいと思う。肥料ってさ、こんなにも即効性のあるものだったっけ?


「具体的に説明しましょうか? レベル1の畑がレベルアップして、レベル4になったのです。収穫できる野菜の質が向上したのも、まあ当然かと」

「い、いや、畑が改善されるにしても、いくら何でも効果が出るのが早過ぎないか? それにレベルって、お前……」

「ベクト、何を今更な事を言っているのですか。ここは黒檻、現世の常識が通じる場所ではないのです。与えるべき肥料がそこにあれば、直ぐにでも効果は出ますとも」

「……まあ、それを言ったらいくら収穫しても、無限に野菜が補充される畑だしな。理解はできないけど、納得はしたよ」


 要は深くなんて考えるな、である。確かに今更なのだ。


「おっきい!」

「瑞々しい!」

「え、ええと、ええと…… お、重いです! 中身ぎっしり!」

「ハハッ。イレーネ、無理にサンドラ達に合わせなくたって良いんだぞ?」

「あ、いえ、嬉しい気持ちは私も同じですので。それに、神父様の畑がこうして皆様のお役に立てると思うと…… ええ、やっぱり嬉しいです」


 満面の笑みを見せてくれるイレーネ。天使か。アリーシャに続く第二の天使か。


「んー、それにしても良い野菜だねぇ。形の良いニンジン、丸々としたカブ、芋は元から酒場にもあったけど、こっちのがしっかりしていて、煮崩れしなさそうだし…… うん、腸詰めとかも入れて、ポトフにでもしようか!」

「わーい、ポトフ!」

「おっ、温かくて良さそうだな」

「素敵ですね。あ、そうです! 新たな畑の記念すべき初収穫ですし、食事は外でしませんか? 収穫した畑の近くで食べるのも、新鮮で良いと思いますよ。私、教会からテーブルと椅子を出してきますので」

「おっ、良いねぇ! ちょっとしたピクニック気分になりそうじゃない?」

「さんせー! ここからなら、アリーシャの花畑も見えるよ!」


 イレーネの提案に、サンドラとアリーシャはすっかり乗り気だ。ゼラは―――


「サンドラ、それら野菜を使ってお酒の肴を作る事はできますか? できますよね? 酒場の看板娘ですものね?」

「さ、肴にかい? ええと、そうだなぁ…… ピクルスにでもしようか? それで良ければ、ポトフと一緒に仕込んでおくけど」

「グッド! サンドラ、今夜は寝かせませんよ!」

「いやー、流石にそこまで飲まないし寝かせてほしいし、そもそも出来上がるまで二、三日は掛かるから、今日はお預けだよ?」

「シット!」


 ―――うん、大丈夫そうだな!


「イレーネ、ナイスなアイディアをありがとな」

「いえいえ、私がそうしたかっただけですので。この教会があった私の故郷では、年に何度か教会前で収穫を祝うお祭りを開いていたんです。何だかその頃に戻った気がして、年甲斐もなくワクワクしてきちゃいました」

「へえ、収穫祭ってやつか。それなら尚更、盛り上がらないとだな。あ、テーブルの移動とか手伝うよ」

「良いのですか? 助かります」

「アリーシャはサンドラお姉ちゃんを手伝うね~」

「おっ、アリーシャ隊長が? 百人力じゃないか、是非お願いするよ」


 そんなこんなで、各自持ち場へと散って行く。さて、気合い入れて運びますかね。


「……案内人よ、貴様は何もしないで良いのか?」

「あら、キングではありませんか。復活されたのですね。貴方こそ、何もしなくて良いのですか?」

「余はそこに居るだけで、周囲の士気を高める稀有な存在なのだ。余に限っては、そのような事をする必要はあるまい」

「そんな事を言っていると、今以上にデブっとしてしまいますよ。しかし、私もこの空気の中でただお酒を飲んでいるだけというのも、外聞を憚られます。何か、何か…… あ、そうです。宴会芸を磨きましょう。私がベクトの盾を投げますので、キングはそれをキャッチしてください。きっと盛り上がりますよ」

「なぜそうなる?」


 背中からそんな会話が聞こえて来たので、ゼラにも運ぶのを手伝ってもらう事にした。作業後、体力が絶望的なゼラは疲労困憊になるだろうけど、そこはまあ、この後の酒が美味くなるって事で。



    ◇    ◇    ◇    



 諸々の準備が終わり、なんちゃって収穫祭が無事に開催。お手製ポトフは俺を含め皆に絶賛され、サンドラはどこか恥ずかしそうだった。アリーシャがまた作ってと何度もお願いしていたので、もしかしたら酒場の定番メニュー入りするかもしれない。俺としてはアップルパイもメニュー入りしてくれると更に嬉しいんだが、如何せんこちらはまだまだ材料が足りない。残念、実に残念だ。野菜分が補給されたら、次はデザートを求めるようになると、人間の欲望とは底なしなものだな。


「キンちゃーん! 私がこの円盤を投げるから、追いかけて取って来てー!」

「……小娘よ、お前には余が犬に見えるのか? というか、発想がゼラレベルになっているぞ? 少し頭を冷やすと良い」

「キング、それは一体どういう意味でしょうか?」


 命の水を飲んで復活したゼラが、笑顔だけど額に怒りマークを浮かべながら、そんなツッコミを入れていた。まあ、何だ、キンちゃんが言わんとしている事は、俺からはノーコメントで。


「大丈夫だよー、お兄ちゃんには許可を取ってるから! 盾、使って良いって!」

「そういう問題ではない。そもそも、余は下々が行うような芸など―――」

「―――えーい!」

「うおにゃーーー!」


 アリーシャが建物がない方向に盾を投げると、キンちゃんはそれを全力で追って行った。ノリが良いというか、本能に抗えない悲しき定めというか。兎も角、キンちゃんは犬の如く疾走した。


「ふんぬっ!」

「キンちゃん、ナイスキャッチ!」

「おー、キング、見事にキャッチしたね。また新しい芸を覚えおって。やるなぁ~」


 デブ猫らしからぬ俊敏な動き眺めていると、サンドラがそんな感心するような台詞を言いながらやって来た。


「個人的にはアリーシャの方に驚かされてるよ。それなりの重さのある盾を、あれだけ自由自在に投げられるようになったんだからな。ぶっちゃけ、俺より投げるの上手くない?」

「あらら~、ちょっとの練習で越されちゃったねぇ、ベクト~?」


 なぜにサンドラが得意気なのか。ちなみにこの白の空間では、何が起こってもダメージが発生しないらしい。なので、万が一に投げた盾をキャッチし損ねても、誰かが怪我をするような事は起こらない。じゃなかったら、流石に俺も許可なんか出さないからね。


「それよりもサンドラ、あのポトフ本当に美味かったよ。今度、探索者仲間のオルカにも、お裾分けしてほしいくらいだ」

「そ、そう? もう、ベクトったら褒め過ぎだよ! でもまあ、普段からオルカには色々な料理を貰ってるし? 私としてもとっても参考になってるから、その感謝って事で作らない事もないよ? 今度はあっちの料理人が、私の料理を参考にする番かもね?」

「おっ、言うねぇ。褒めらまくって自信に繋がったみたいだな」

「フフン、まあね~」

「乗り気で助かるよ。じゃ、そういう事でオルカ、今度うちで収穫した野菜と一緒に、サンドラ自慢のポトフも持ってくから、期待してくれてオーケーだ。向こうの料理人にもよろしく」

「え、何で唐突にオルカ? それに、向こうの料理人?」


 サンドラがよく分かっていない感じだったので、縁故えんこの耳飾に指を差してやった。そう、俺はアリーシャ達を眺めつつ、今の今までオルカと通信していたのだ。サンドラもその事に漸く気付いたようで、急にあたふたし始めた。


「も、もも、もしかしてベクト、今までの会話、オルカも聞いて……?」

「聞いても何も、オルカとの通信中にサンドラが話し掛けて来たんだよ。あっ、オルカから期待してるって返信来たぞ。向こうの料理人や青霊達と一緒に、舌に全神経を集中させながら食べるってさ。え? 頂くからには、厳密に採点もするって? いや、流石にそこまでは……」

「前言撤回! もっと気楽に食べてください!」

「……だ、そうだ。勘弁してやってくれ」


 サンドラが真の自信を身につけるのは、どうやらまだまだ先の話のようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る