第67話 繋がる世界

 見つけるものを見つけ、拾うものを拾った俺達は、来た時と同様にホワイトに騎乗し、巣穴の出口へと向かっていた。制限速度さえ守ってくれれば、ホワイトの乗り心地は本当に良いものだ。傾斜や段差もすいすいである。移動が楽になり過ぎて、探索者としての勘が鈍ってしまいそうなくらいだ。


「そういやさ、この巣穴の中ではまだ黒霊と出遭っていないよな? ホワイトが作ったものだから、黒霊が発生しないのかな?」

「どうだろう。他の黒霊に比べ、ホワイトはこの周辺で桁違いの力を有している。本能的にホワイトの巣穴には、近寄らないようにしているのかもしれない」

「あー、なるほど。ゾンビや骨は兎も角、種族的に似通った白狼はそうかも。まっ、俺達としては安心して進められ―――」

「―――チュウ」

「「……チュウ?」」


 突如として聞こえて来たのは、どこかで耳にした覚えのある不吉な声。ホワイトに止まるよう指示を出し、地面に降りる。辺りを軽く見回すと、先ほど声を出した張本人を見つけ出す事ができた。


「チュー」

「うげっ、やっぱりネズミか……!」


 脳裏に浮かぶは忌まわしき黒ネズミ。しかし、現在俺の目の前に居るこの黒霊は、少しばかり外見が異なっていた。毛の色が黒ではなく茶、そしてサイズが一回り以上大きいのである。そういえば、オーリー男爵が言ってたな。下水道に現れるネズミの黒霊は、犬みたいに大きいって。しかし、何でそいつがこんなところに? いや、待てよ……?


「む、新種の黒霊か? 手伝おうか?」

「いや、俺にやらせてくれ。このネズミ、多分『感染』持ちだ」


 そう言うと同時に、ネズミに向かって指示を出してみる。が、効果はなし。やはり『感染』持ちでも、ゾンビ化していない状態では無理か。細心の注意を払いつつ、俺はダリウスを振るいネズミを倒す事にした。


 ―――シュッ。


 一閃。どうやらこのネズミは、霧裂魔都の黒霊よりも大分弱かったようだ。反撃をする暇も与えず、両断する事に成功。今はもう靄となって、ダリウスに吸収されている。


「こいつ、前に言った下水道の黒霊だ」

「下水道と言うと、ベクトが罠に嵌って落ちた先の、あの?」

「そ、その言い方はちょっと傷付くんだけど…… オルカ、ちょっと寄り道をしても良いか? 気になる事があってさ」

「それは構わないが」

「ありがとう。ホワイト、この巣穴を掘ってた時にさ、どこか別の場所、そうだな…… めっちゃ臭くて、汚い水が流れている場所を掘り当てなかったか? もし思い当たる場所があったのなら、俺達を案内してくれ」

「グオォン」


 ホワイトが頷いている。どうやらあるっぽいな。ホワイトの背に再び騎乗し、その場所へと移動を開始。タッ、トッ、ビュン! そんな感じで目的地には直ぐに到着した。


「グォン!」

「ここか」


 行き止まり、いや、正確には突貫で埋め直して、道を封鎖した努力が見られる。突貫工事である為、先ほどのネズミが通れるくらいの隙間を所々に発見。巣穴を作っている段階でこれを掘り当ててしまい、大急ぎで処理したんだろうな。ほら、感染前のホワイトって、悪臭を嫌っていたし。だが今のホワイトなら、そんな悪臭もへっちゃらだろう。埋めた壁を破壊して、道を拓くよう指示。ホワイトが前脚を一振りすると、突貫の壁は一撃で崩れていった。


「ハハッ、やっぱあの下水道に繋がっていたか」


 目の前に広がるは、今となっては懐かしいあの下水道だった。まさか、ホワイトの巣穴がここと繋がってしまうとは。


「なるほど。下へ下へと掘り進めれば、いずれ市街の真下に広がる下水道とかち合うのも、ある種自然な流れという訳か」

「そういう事。正確な位置までは分からないけど、多分オーリー男爵と出会った場所、それに女神像がある場所にも繋がっていると思う。攻略難易度的には、屍街と同じくらいだけど…… どうする?」

「補充した霊薬も魔法も、まだ全く手を付けていないんだ。多少の探索くらいはできるだろうさ。それに、ホワイトが通れるくらいの広さもある!」

「……背に乗ったままだと天井に頭ぶつけそうだから、ここの探索中は歩くとしようか」


 結局のところ、オルカは少しでもホワイトと一緒に探索したいだけなのであった。


 それからの下水道探索は、大黒霊に頭を悩ませていたのが嘘だったかのように、順調も順調、順風満帆だった。出現する黒霊は『感染』持ちが多く、初見の敵ばかりとはいえ、強さとしてはどれも屍街レベル。となれば、飽きるほどにゾンビ達と戦った俺達の敵ではなく、戦いでホワイトに頼る場面も皆無となる。以前は頭を悩まされたトラップの類も、ホワイトの『嗅覚』があるので不安材料にはならず。そしてそして、なんとホワイトが宝箱を発見! 久しぶりの宝箱に、思わず興奮してしまった。


「た、宝箱だ! ホワイト、罠は仕掛けられてないか!?」

「グォン!」

「ないようだ」

「よっし、いざ、オープン! ……ん、んんっ? 何だ、これ?」

「宝箱の中が土? で、一杯になっているな。泥ではないようだが、ええと、いや、何でもない……」

「あ、うん…… 取り敢えず、見なかった事にしようか」


 中身が期待に伴っているとは限らなかった。そうだね、ここ、下水道だったものね……


「おーい、お主ら、一体何を想像しとるんじゃ。それ、堆肥じゃろ。まあ、お主らが想像するものも入っとるには入っとるが、言ってしまえば肥料じゃよ」

「肥料とな!?」

「な、なぜ宝箱にそんなものが……?」


 まあ、糞尿繋がり――― コホン! いやあ、それについては本当に謎だよ。全く想像できないよ。


「そりゃあ、のう?」


 ダリウスが何か同意を求めている風だったが、俺はそれ以上深くは考えない事にした。しかし、こんな素晴らしいタイミングで肥料が出て来てくれるとは、何と言う奇跡だろうか。宝箱の中に剥き出しのまま入っているのも、正直どうかと思うけど…… まあ、結果オーライ! これで畑の土に栄養が少しは灯るだろう!


「これ、俺が持ち帰っても良いかな? この前、白の空間に畑ができてさ。良い野菜が収穫できるようになるかもしれない」

「私が貰っても、使い道に困ってしまうだけだよ。しかし、なるほどな。畑か。ベクト、その畑が上手くいったら、今度野菜を分けてくれないか? うちの料理人が喜ぶと思うし、その野菜を作った料理をレシピと一緒にお返しできると思うんだ」

「おお、そりゃあ良い案だ! サンドラも最近料理に燃えていてさ、絶対喜ぶよ!」


 という事で、俺とオルカの間でお野菜協定が結ばれるのであった。まる。


 そんなグッドイベントが起こったものの、残念ながら今回の探索では、この下水道のどこかにあるであろう、オーリー男爵の女神像を見つける事はできなかった。尤も、下水道がこの不気味な街全体に張り巡らされているとすれば、相当な広さを誇っているのは明白だ。俺だってそこまで都合良くは考えていない。


「あ、そうだ! ホワイトって女神像を嗅ぎ分けられないかな? 宝箱を探す要領で!」


 いないが、いつまでも悪臭の中を探索したくはないので、効率は重視したかった。


「それは無理だろう。黒霊は女神像に近寄れないんだぞ? 嗅いだ事のないものを、どうやって探すというのだ?」

「そ、それは確かに……」


 そういえば、黒霊は女神像のセーフティーエリアに入れないし、その内部では格納から出す事もできないんだった。言うなれば、女神像付近は白の空間と同じ扱いなんだ。クッ、良い案だと思ったのに、無念……!


 とまあ、冗談もほどほどに。今回の探索はここまでにして、俺達は来た道を戻り、一番近場である大聖堂の女神像を目指すのであった。

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