第66話 モフモフ

 俺達はホワイトに乗って、大聖堂の赤の部屋に到着した。女神像前に向かう隠し階段を通るには、ホワイトの体は大き過ぎる。その為、ホワイトは一旦格納に入ってもらい、ここからは歩きとなる。


「う、うう……」

「どうした、ベクト? 泣くほどに感動したのか? なるほどな。その気持ち、痛いほど分かるぞ……!」


 オルカは何かを勘違いしているらしい。違うんだ、俺は吐き気と戦っているんだよ……


 確かにホワイトに騎乗しての移動は大変に優れたもので、出鱈目に速くて大聖堂まで直ぐに到着したし、その間に立ちはだかる黒霊達もまとめてぶっ飛ばしてくれた。毛はフサフサだしで、乗り心地の良い装甲車にでも乗っているようなものだったよ。


 ……けど、俺にとってはスピードがあり過ぎた。前のオルカの時よりもやばかった。如何に乗り心地の良い装甲車でも、それがジェットコースターの如く走り回れば、気持ち悪くなるのは必然というもの。そんな風になった影響で、途中で俺は何度も吐きそうになってしまったのだ。ケロッとしているオルカを見るに、彼女は絶叫系の乗り物も得意なんだろうなと思う。うらやま。


「よし、補給完了だ。さあ、ベクト! 再び巣穴の前まで、ホワイトに運んでもらおうじゃないか!」

「オルカ、それは良いけどスピードは落とそう! ほら、折角周りを見ながら移動できるんだから、見落としがないか探せば効率が良いし!」

「む? ふむ、確かに…… では、ホワイトにそう頼んでくれ」


 よ、良かった……! 今日が俺の命日になるところだった……!


 とまあ、そんなちょっとした試練を乗り越えつつ、俺達は再びホワイトの巣穴前にまでやって来たのである。


「おー、ホワイトが能力を解いてくれたお蔭で、巣穴の霧が晴れてるな。 ……というか、微妙に明るくない? 光源らしい光源もない筈だよね?」

「ああ、こういった光の届かない巣穴や天然の洞窟の中でも、黒の空間では最低限の視界が確保されるんだ。以前ベクトが言っていた下水道も、暗くて見えないという事にはならなかったろう?」


 そういえば、確かに。微妙なところは親切仕様なんだな、黒檻。


「うん、ドワーフ殺しの悪臭も薄まってる。そいじゃ、鍵のある場所まで案内よろしくな、ホワイト!」

「ゴオオォン!」

「それと、安全運転でよろしくな! 安全・運転でッッッ!」

「ゴ、ゴオォ……?」


 ホワイトの背に掴まり、巣穴の中へと潜り込む。ホワイトは急斜面である巣穴を、手慣れた様子ですいすいと進んでいる。まあ自分の巣穴なんだから、当たり前ではあるんだけど。しっかし、この急斜面といい、ここで本気のスピードを出されたら、マジもんのジェットコースターになっていたかもな。自分の足で探索していたら、先に進むだけで苦労しそうだ。


「しかも、結構道が枝分かれしてんだよなぁ…… ホワイト、どんだけ家作りに気合い入れたんだ?」

「ゴォ!」


 なるほど。正直何言っているのかはさっぱりだけど、凄く気合い入れたって思いだけは伝わって来た。


 それから更に進んで行くと、俺達はとある空間へと到着した。行き止まりではあるが、ホワイトが十分に入れるほどに広く、高さも確保されている。空間の中央に枯れ草などの植物性の材料で組まれた寝床が設置されているのを見るに、ここはホワイトにとっての寝室なのだろう。


「よっと…… これまた広い場所に出たな。ホワイト、ここって崩れたりしないよな?」

「ゴオオ、ゴオォン」


 うん、何言ってんのか分からん。


「ベクト、鍵があったぞ。ホワイトの寝床に落ちていた」

「おっ、早速目標達成か」

「あと、他にも色々と落ちてるぞ」

「え、他にも?」


 ホワイトの寝床を覗き込む。すると、あるわあるわ。ホワイトが収集したのであろう、ガラクタ――― お宝の山が。


「中身のない剣の鞘に、ボロボロの盾、珍しい形の石。こっちは…… 毛糸玉? ホワイト、何でこんなものを集めたんだ?」

「グオオォン!」


 ホワイトが石を転がし、サッカーをするように辺りを走り回り始めた。 ……かと思えば、剣なし鞘を口に銜えて噛み噛み。それが終われば、今度は盾を俺に渡して――― もしかして、これを投げろって事? フリスビーみたいに?


「そおれっ! あ、この盾飛ばしやすいっ!」

「グォン! グォオオン!」

「次、私! 次は私が投げるからな、ベクト!」


 意外なくらい綺麗に飛んだ盾を追いかけ、パクリと口でキャッチするホワイト。俺の後ろで順番待ちをするオルカ。


「ふう、満足した…… 何となくだが、これらはホワイトの玩具代わりなんじゃないか?」

「それも、思いっ切り犬の玩具っぽい使い方だよな……」

「あ、今度は毛糸玉を転がし始めた」


 それは極めて猫っぽい――― って、猫とな? もしかしてこの毛糸玉、キンちゃんの供物になったりするかな? いや、でも流石にそんな事は…… ないとも言い切れない。


「ホワイト、この毛糸玉貰っても良いかな? うちの猫が気に入るかもしれなくてさ」

「ね、猫!? ベベベ、ベクト、おま、お前の白の空間には、まさか猫も居るのか!?」


 何かオルカが食い気味に問い掛けて来た。まさか、猫までもが琴線に触れるとは。って、そうだ。キンちゃんについて聞く良い機会じゃないか、これ? 何だかんだで聞くの忘れちゃってたし。という訳で、我が家のマスコットについて説明する。


「―――って感じの、霊刻印をストックしてくれる不思議生物でさ。酒場で助けたサンドラと一緒に、白の空間にやって来たんだ。オルカのとこには、そういう奴は居ないのか?」

「……少なくとも、私の白の空間には居ないな。他の探索者からも、そのような羨ましい話、聞いた事がない」

「そ、そんなに羨ましいか?」

「正直なところ、私が青霊を救助していれば良かったと、かなり後悔している」


 言葉だけでなく、オルカは割と本気目に落ち込んでいた。ホワイトの寝床で、膝を抱えながら座っておられる。


「んー、オルカも知らないとなると、キンちゃんの謎生物っぷりも、いよいよ本格的なものになってきたなー。ハハハ……」

「でっぷりとした、猫……! クッ、さぞモフり甲斐があっただろうに……!」


 確かに、暇さえあればアリーシャが毎日モフってるけどさ。しかし、想像以上に後悔が募っているっぽいな、オルカ。


「えっと、オルカって動物が好きなのか?」

「好き、か? ……どうなんだろうな。この世界に来てからというもの、動物と呼べるような真っ当な生物に会う事なんて稀だったから、よく分からないよ。ただまあ、敵意がなくなったハクやシロを目にした時は、私自身が動揺してしまうほどの衝撃が確かにあった。溢れ出す愛でたいという感情が、制御し切れなかった。フッ、まだまだ私も未熟という事だな……」

「い、いや、動物好きなのは良い事だと思うぞ、普通に。あ、ほら、キンちゃんみたいな不思議生物を探すのは無理かもだけど、モフモフな黒霊を使役する事はできるんだ。探索の合間の時間くらいは、存分に可愛がってやってくれよ」

「そ、そうか? まあ、ベクトがそこまで言うのなら、私もやぶさかではないかな」


 口角が上がりっ放しのオルカ。大変に感情が読み取りやすい。


 それからホワイトの寝床にあった玩具類は、俺とオルカで持ち帰る事になった。俺は毛糸玉と盾を、オルカが石と鞘といった感じだ。全てオルカが『修繕』してくれたので、ホワイトの歯形でボロボロになっていた盾も、新品同様の輝きを取り戻した。 ……思ったんだけど、これって結構良い盾なんじゃないか?

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