第64話 犠牲

 俺達の勝利条件は巨狼を討伐する事、或いは感染による攻撃を幾度となく仕掛け、奴をゾンビにして使役する事だ。倒す事ができればステータスの大幅向上、強力な霊刻印の入手に繋がり、仲間にできれば純粋に頼りになる。要は逃がしさえしなければ、どちらに転んでも美味しい!


「そらっ!」


 割った酒瓶の半分を、巨狼に向かって放り投げる。こんな非力な投擲、奴にとっては攻撃にもなり得ない、取るに足らないものだろう。だが、この酒瓶はさっきまでドワーフ殺しが入っていたものだ。投じた酒瓶からその残り香を感じ取ったのか、巨狼は嫌な顔をしながらこの空瓶をひょいと躱した。そして次の瞬間、嫌になるほどの殺意を俺に向けて来るのだが、やっぱこの悪臭で思考が鈍っているんだろう。想像よりも行動に移るのが遅い。


 ―――ドォォン!


「ギィィアァ!?」


 突如として爆発する巨狼の後頭部。もちろん、その爆発は聖ゾンが死角より放った魔法だ。完璧なタイミングで決まる不意打ち、そして生じた隙を見逃してやるほど、俺達はお人好しではない。


「凍れ」


 先陣を切ったオルカが、『魔法・氷剣』を施した魔具で奴の四肢を次々に斬りつける。巨狼の防御力が高い為か、斬撃は皮膚の表面を斬る程度に止まってしまう。しかし、オルカの狙いは別にあった。


「グゥ!?」


 攻撃を受け、反射的に巨狼が前足を持ち上げようとするが、足は一向に動こうとしない。それもそうだろう。斬られた四肢の傷痕から足裏と接する地面に至るまで、その全てが凍結してしまっているのだから。


 オルカによれば、彼女の魔法は自身の魔具に直接付与するタイプのもので、魔具の攻撃自体が魔法代わりになるのだという。剣が触れたものはその箇所から凍結していき、あっという間に周りをも巻き込んで氷が侵食していく。今回の場合は足と接していた地面が凍結し、一体化してしまったのだ。こうなってしまえば、殆ど身動きが取れないも同然だ。だけど―――


『仮に私の氷剣が上手く決まったとしても、攻撃の手は緩めないでくれ。あのレベルの黒霊なら、その気になれば力だけで氷を破壊する事もできるだろう。過信は禁物、これはあくまで次の一手に繋げる為の、時間稼ぎに過ぎないんだ』


 ―――って、そんな事も言っていたからな。手を緩める理由にはならない。つうか、俺も負けてはいられない。


 ただ、俺よりも強いオルカの攻撃で、浅くまでしか攻撃が通らなかったのもまた事実だ。となれば、俺やハクシロの攻撃で負わせられる傷なんて、ぶっちゃけ高が知れてる。だから、すまん。初手からこれで行かせてもらう。


 身動きが取れないうちに、ハクシロと共に奴の巨体を駆け上り、死角を利用しつつ一気に頭部にまで到達する。この間にも下ではオルカによる攻撃が続いているので、俺達まで氷結に巻き込まれないよう、そして巨狼に噛みつかれないように警戒。聖ゾンの遠距炎弾攻撃をも利用して、可能な限り奴の気を逸らすのも忘れない。それら努力と工夫を済ませたら、後は目標を捉えて――― 突き立てる!


「フッ!」

「「ガァウ!」」

「ギッ……!?」


 通常の攻撃の効果が薄いのであれば、脆い場所を徹底的に突く。肉ゴリラ戦で学んだ戦法を、今回も大いに活用させてもらう。俺はダリウスソードで奴の右目を穿ち、奥へ奥へと刃を肉に埋まらせる。一方のハクシロにはその裂けた大きな口で、奴の首にあるであろう頸動脈を狙わせる。これら渾身の突きと噛みつきで、更なる優勢を確保させてもらう。たとえ1のダメージしか与える事ができなくても、剣と牙に沁み込んだ感染の手数は稼げるのだ。


「ゴォオオオォーーー!」

「クッ……!」

「「キャウ!?」」


 ここまで工夫を積み重ねても、攻撃の隙は一秒にも満たなかった。巨狼は信じられない速度で体を揺さぶり、俺達を強制的に振るい落とそうする。右目に突き刺さったダリウスソードのお蔭で俺は耐えられたが、ハクとシロは今ので弾かれてしまったようだ。というか、そろそろ俺も限界だ。これ以上は酔う、それ以前に骨が折れる。深手を負わせ、視力も半分を奪った。脱出の頃合いだろう。


「だ・け・ど! その前にッ!」


 ―――ガシャン!


 根性でダリウスから中身入りの酒瓶を取り出し、奴の眉間に叩きつけた。追いドワーフ殺し、略して追いドワである。


「ふげっ!」


 次の瞬間、突き立てたダリウスがすっぽ抜け、俺は宙を舞った。幸いにも着地は上手くいき、怪我らしい怪我もない。むしろ丁度良いタイミングだったな。ハクシロは――― よし、大丈夫そうか。


「グゥゥルルルルゥ!」


 唸り声と共にバキバキと氷が割れ、封じていた奴の四肢が遂に地面を離れ始めた。攻撃を続けていたオルカも一旦距離を取り、様子を窺うようだ。さて、不意打ちでかなりの深手を負わせ、目と鼻の妨害も成功、感染だって進行し始めている筈。奴には後どの程度の余力があるだろうか?


「スゥ―――」


 何やら巨狼が大きく息を吸い始める。てっきり高速での近接戦を仕掛けて来ると思っていたけど、一体何をする気だ?


「ブゥアアアァーーー!」

「うおっ!?」

「これは…… 霧か!」


 ハクシロ以上に裂けた大口を限界まで開け、巨狼は地面に向かって大量の霧を吐き出した。白い霧は見る見るうちに周囲へと満たされ、奴の巣穴がそうであったように、全く辺りを見通せない状態へとなってしまう。やべぇ、本当に全然見えねぇ。けど、それは鼻が使えないあいつも同じ筈――― いや、

霧裂魔都の霧が奴の能力によるものだとしたら、霧の中を透視する力があっても不思議じゃないか。


「ベクト、聞け。後退する際、地面に凍結する氷を仕掛けておいた。最早一時凌ぎにもならないだろうが、それを粉砕する音で大体の位置は特定できる。ハクシロの嗅覚と氷の音を、生き残る為に最大限利用してくれ」

「了解、絶対死んではやらないよ」


 考える事はオルカも一緒か。しかも、先んじてそんなトラップを仕掛けていたとは。氷剣の魔法、大分応用が利くみたいだ。


 ―――パキ、バキバキ……!


 そうこうしているうちに、奴が前進を開始した。氷の罠なんて関係ないとばかりに、力づくで進み続ける派手な足音が聞こえて来る。ハクシロに全力で攻撃を避け、可能であれば俺にも襲って来るタイミングを教えるよう指示。俺自身も攻撃に備える。


「……?」


 突然、足音が止んだ。立ち止まっている? それとも、感染の症状が進んだのか? 試しに巨狼へその場で声を出せと指示を送ってみるも、反応はなし。まだゾンビにはなっていない様子だ。じゃあ、今は何をして―――


 ―――バキ、ヒュッ。


 氷が破壊された音の後に、風を切るような音が聞こえた。そして気が付けば、俺はハクとシロに体当たりをされ、押し飛ばされていた。なにもハク達が裏切ったとか、そういう訳ではない。むしろハク達のお蔭で、俺はギリギリのところで生き永らえたんだ。


 先ほどまで俺が立っていた場所には深々とした爪痕が、無残な姿となったハクとシロの死体が残されていた。一体何が起こったのか? いや、考えるまでもないだろう。力を溜め一気に俺のところまで跳躍した巨狼が、あの鋭利な爪で地面ごと俺を引き裂こうとしたんだ。俺よりも先に危険を察知したハク達は、自分達を顧みずに俺を助けようとして、代わりに犠牲になってしまった。


 巨狼の引き裂きの衝撃で、霧もまた両断されたんだろう。視界が僅かに回復している事に気が付く。だが、ハク達の死体は直ぐに靄となって消えてしまい、もうそこを見ても、歪な形となった地面しか目にする事ができなくなっていた。


「ぐっ……!? ベクト、しっかりしろ! 身を投じたハクシロの行為を、無駄にするなっ!」

「―――ッ! あ、ああ!」


 前線でそう叫ぶオルカが、巨狼の攻撃を必死になって受け止めてくれていた。攻撃を受け止めた先から氷結させ、何とか猛攻を凌いでいる。が、既にオルカも少なくないダメージを負っているようだった。あれだけ溺愛していたオルカだって、心を殺しているんだ。呆然としている暇なんてない。俺も直ぐに行かなくては。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る