第63話 巣穴強襲
日を改めテンションを正常に戻した俺は、今一度黒の空間へと向かうのだった。現地にてオルカと合流、そして女神像前のセーフティーエリアに置いていた、収納できなかった分のドワーフ殺しを持てるだけ持って移動する。行先はもちろん、巨狼の巣穴だ。
「ふう、大荷物だな。ベクト、これだけの酒が本当に必要なのか?」
「必要も必要、むしろ必須だと俺は思ってるぞ。まあ、巣穴の中にあいつが居るかどうかだけは、運否天賦になるだろうけどさ。ハクにシロ、穴の中にでっかい気配はあるか?」
「「ウォンウォン!」」
お、ラッキー。あのでっかい狼かどうかは分からないけど、どうやら大きな気配はあるようだ。
「フッ、流石はハクシロだ。さすはくしろ」
「変な略し方するなって…… じゃ、まずは周辺の黒霊を狩ろうか」
できるだけ不確定要素を減らす為、巣穴周辺の黒霊を一掃しておく。その後、大した時間もかからず、その辺を闊歩していたゾンビやら骨やら霊やらの清掃が完了。これで第一段階はクリアである。
「よし、清掃完了。いよいよ次からは、ドワーフ殺しの出番だ。オルカ、ダリウス、臭いを我慢する覚悟は良いか?」
「まあ、うむ」
「ワシ、そもそも鼻ないし」
用意して来た酒瓶の栓を開け、白線を引くが如く酒を垂らしていく。これを巣穴の周囲に何重にもなるように施せば、簡易的かつ強力な結界の完成だ。ドワーフ殺しの黒霊避け効果は肉ゴリラや黒ネズミで実証済み、下手な聖水よりも信頼が厚い。尤も、臭いはマジで地獄だけどね!
「ハク、シロ、鼻は大丈夫か?」
「「ウォン!」」
「うん、さすはくしろだ」
「………」
え、ええと、空間の往復中にも確認はしておいたが、ハクシロはこの臭いが大丈夫であるらしい。ゾンビは悪臭にとことん強いな。
「ハクシロが大丈夫でも、あの巨狼にとっては致命的な臭いに違いないよ。これだけ周りを囲えば、跳躍して飛び越えるのにも躊躇する――― 筈だ。と、思う。だと良いな……」
「相棒ってば、段々と弱気~」
「いや、だってどれだけあいつに効果的か分からないし…… だけどまあ、よっぽどじゃないと越えられないとは思ってるよ。『嗅覚』を身について、一度遠くに置いたドワーフ殺しの臭いを試したんだけどさ、その場で気を失いかけたから、俺。霊刻印のレベルが2以上だったら、それくらいの効果は期待できる」
「それは凄まじいな。ジレも倒れる訳だ」
「オルカんとこの案内人は、普通に二日酔いだろ…… 兎も角、これで第二段階クリアだ」
地獄の悪臭結界が完成、空になった瓶はダリウスに収納しておく。ゴミのポイ捨て、駄目絶対。 ……というよりも、これはこれで使い道がある。
最後の工程へ行く前に、悪臭結界の外側に聖ゾン部隊を配置。少しでも戦力を増強する為、鳥さん二羽を配下から退役、その代わりに新たな聖ゾンを二体加えたので、全部で五体の聖ゾンが結界外に並ぶ事となる。大通りに並ぶ建物の高所、またはその陰など、配置場所も拘っておいた。ドワーフ殺しの臭いが嗅覚の邪魔もしてくれるので、隠れている居場所を見つけるのは困難だろう。
「聖ゾン達の配置も完了、と。二人とも、いよいよ次の最終工程で奴を巣穴から引っ張り出す。準備は良いか?」
「それは良いが…… 最終工程と言っても、ただドワーフ殺しを巣穴に流すだけじゃよね? それで出て来てくれるかのう?」
ダリウスは半信半疑といった様子だ。俺が考えた今回の巨狼討伐作戦の目的は、まず第一に巨狼と戦える状況を作る事にある。突き詰めて言えば、奴を誘い出し、更に逃がさないようにする事だ。大前提として、暗闇と霧で満たされた巨狼の巣穴を探索するなんて無謀は、絶対に冒してはならない。
「ダリウス、お前は鼻がないからそんな気楽な事を言えるんだ。ぶっちゃけ、結界に囲まれているこの場も結構な地獄なんだからな?」
「う、うむ。鼻が捻じ曲がってしまいそうだ……」
そう、口での呼吸に努めている筈なのに、俺達の気分は悪くなる一方なのである。しかしだからこそ、巣穴という閉鎖空間では、この悪臭も効果倍増。巨狼の鼻の良さも加われば、更に倍々の効果まで期待できるのだ。
そんなドワーフ殺しの臭いに気付き、堪らず巣穴から出て来た巨狼。しかし、巣穴の周囲には悪臭結界が既に施されており、この決戦領域が逃れる事はできない。巣穴に戻る事も、当然不可能。そんな最悪な状況を押し付け、そのまま戦闘に突入させる。それがこの作戦の肝だ。
「あ、そうだ。一応、自分にかけるようの酒は最低でも一本は残しておいて。それ、最終防衛手段になるから」
「え゛、これを自分にかける、のか……!?」
「ああ、頭からな」
「………」
あら、珍しい。オルカが助けを求めるような顔になった。
「気持ちは痛いほど分かる。でももしもの時は、そうする覚悟を決めておいてくれ。色々と代償は払う事になるけど、黒霊に対する効果は保証するから」
「……了解。そもそも、ベクトを誘ったのは私の方だ。それくらいの覚悟は既に決まって、決まって、うん…… 努力する」
覚悟がめっちゃ揺らいでる。まあ、オルカなら大丈夫だろう。 ……大丈夫だよね?
「じゃ、ドワーフ殺しをドンドン投下していこうか。よっと」
酒瓶を開け、目の前の巣穴に最終兵器を流し込んでいく俺達。この巣穴は入り口の時点でもう奥が見えないほどに見通しが悪いが、結構な傾斜になっている事だけは確認できた。こうやって地上から液体を流していけば、自然と奥へ奥へと液体と悪臭が向かってくれるだろう。我ながら恐ろしい作戦である。
「うう、巣穴に流すだけでも、これはちょっとした試練だ…… 目に沁みてきた……」
「大変じゃのう。しかし、ゼラがこれを見たら、泣きながらもったいないと叫ぶじゃろうな。そして、また相棒を恨むと」
「またとか言うなって…… まあ、結局最後まで飲み会をやるもんだと勘違いしてたけどさ。それよりもハクにシロ、中の気配に動きがあったら、直ぐに教えてくれよ?」
「「………」」
「ん? どうした?」
次の酒瓶に手を伸ばしながら、俺らと一緒になって巣穴を見守る白狼達に語り掛ける。
「グゥルル……!」
「ッ!」
ハクとシロの様子が少しおかしい事に気が付く。黙ったまま穴の中を注視していたのが、次第に何かを警戒するような唸り声を上げ始めたのだ。
「マジか、やけにはえーな!? オルカ!」
「分かってる、一旦下がるぞ」
凛々しく、頼もしい声が返って来る。振り返れば、既にドワーフ殺しに泣くオルカの姿はそこにはなく、歴戦の女剣士が臨戦態勢となっていた。流石、頼りになる先輩だ。さすオル。
―――ズン、ズズゥン……!
巣穴の入り口より離れた直後、大きな地響きが鳴った。強力な何かが地の下を駆け、その衝撃で大地が揺れているのだ。それによって倒壊寸前だった巣穴付近の家屋の壁が倒壊し、穴の中へと瓦礫が落ちていく。ガラガラと大きな音を立てて転がり落ちる瓦礫の音、地の底から駆け上がる何者かの足音、それら二つの音が反比例するかのように、徐々に音量が移り変わっていく。そして、遂にその時が来た。
「ギィィギャアァオオオオォーーーン!」
猛烈な咆哮と共に姿を現す、純白の巨狼。巣穴より飛び出した奴の表情は、獣ながらに恐ろしく歪んでおり、怒りと苦しみを同時に表していた。まあ、そりゃあそうだよ。温厚な俺だって、寝起きにこんな事をされたらキレる自信があるもの。
「よお、久し振り。なかなか刺激的な目覚めだったみたいだ、なっと!」
―――ガシャン!
「グゥルルゥ……?」
巣穴の目の前に着地した奴に対し、空の酒瓶を割って注意をこちらへと向けさせる。すると狙い通り奴の鋭い瞳が、俺とオルカを認識した。正直、すっごく怖い。頼むから俺みたいな雑魚に、全力なんて出さないでくれ。
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