第61話 腐臭

 霧裂魔都を中心地に向かって進み、更により霧が濃い場所を発見したら、方向転換してそちらへと進む。そんなスタンスで探索をすれば、当然大通りから外れるし、今まで通る事を避けていた裏路地方面にも進む事となる。更に進めば進むほどに霧が深くなる為、正直視界の確保が難しくなって来ていたり。まったく、自ら地獄の入り口に突き進んでいる気しかしないよ。


 俺達が視界を封じかけられているそんな中で、ハクシロの先導は大変に有り難いものだった。罠があれば前以って注意を促してくれるし、敵の気配があればその方向を教えてくれる。機動力も結構ある為、戦闘時の俺の動きにも、それなりに合わせられると来たもんだ。あとはここ掘れワンワンとばかりに、お宝も発見してくれればパーフェクトな働きとなるのだが…… いや、あるかも分からないそんな宝の話をする前に、まずは目の前の敵を倒すとしよう。


「キィィヤアアァァーーー!」


 耳に障る甲高い叫び声を上げる幽霊に対して、魔法をお見舞いするよう聖ゾンに指示を送る。杖から放たれた炎弾は幽霊に着弾後、盛大に爆発。百発百中を誇る聖ゾンの制球力には、本当に惚れ惚れしてしまう。


「ゥウァァ……」

「よーしよしよし! 聖ゾン、良い攻撃だったぞ! 今日も気合いの入った良い魔法だったじゃん!」

「「クゥーン」」

「ああ、そう嫉妬するな。ハクとシロの誘導も見事なもんだったって。よくあの幽霊をここまで誘き寄せてくれた!」


 戦闘後の交流タイム。犬にするが如く、俺は配下達を褒めては撫でる。ペットの躾はしっかりとするものだからな。俺は躾の一環を忘れたりしないのだ。


「狼はまだ良いとしても、ゾンビとまで戯れとるよー…… 相棒、外から見るとそれ、結構異様な光景よ? のう、オルカもそう思うじゃろ?」

「よーしよしよし、今度ブラシを持って来てやるからな。良い子にしているんだぞー?」

「……めっちゃ頭撫でとる」


 牙と爪に触れなければ、感染の効果は発揮されない。それが分かってからというもの、オルカはハクシロと積極的に交流するようになった。二匹の体に腐敗し始めた箇所を見つける度に、『修繕』の力で元の綺麗な肉体に戻すというサービスっぷりである。本来あの能力は物にしか作用しない筈なんだけど、ゾンビは生物とはまた違う判定なのかね? ただまあ、いくら修繕しても感染はしている状態なので、また時間が経てば腐っていくんだけど。


「にしても、あの紫シーツほど強くはないんだろうけど、それに似た幽霊タイプの敵が出始めたな。出現率は稀な方だが、壁を通り抜けて来る事があるから、心臓に悪いよ。見た目も紫シーツよりアレだし……」

「む、もしかして相棒、その緊張をハクシロとの戯れで誤魔化しとる?」

「……まあ、多少は」


 そう、配下達とのこの交流には、癒しを求めての意味もあった。先ほど倒した黒霊は、この辺りから出始めた霊体の敵だ。見た目は一見足のない人型で、遠目には姿の輪郭は朧気にしか見えないんだが…… こう、近付くとホラーなお顔をされている。真夜中には絶対枕元に立ってほしくない顔だ。


 いや、怖いもんは怖いのよ!? 何度も言うが、相手はマジもんの幽霊。ゾンビに見慣れてスプラッター耐性がある程度付いた俺も、そういう別ベクトルで怖いタイプには、まだあまり慣れていないのだ。洋ホラーは大丈夫だけど、和製ホラーは駄目とか、そういう感覚に似てると思う。あの耳障りな悲鳴といい、途轍もなく心臓に悪いんだよ、本当に。


「あの幽霊達も霧で目が見えていないのか、近付かないとこっちに全然気付かないってのは、嬉しい誤算だったけどな。そもそも俺達に対する攻撃手段が、憑依以外に何もない様子だったし」

「そういった意味ではハクやシロのような口裂け狼が、嗅覚を使って私達の位置を特定してくるのが厄介だと思っていたんだが…… あれから全然現れないな、口裂け狼……」


 心なしか残念そうにオルカがそう呟いた。オルカ、もしや犬派か?


「うーん、狼がゾンビ達の腐臭を嫌がっているとか?」

「腐臭? 別にそんなものは感じないが……」

「それは俺らの鼻がもう慣れたんだよ。ほら、俺も一度『嗅覚』の霊刻印を試した事があったじゃん? あの時も感じたんだけど、臭いのは嘘偽りなく心が折れるレベルで、マジで辛かったんだ。ハクシロは同じゾンビだし気にならないかもだけど、普通の狼であるあいつらは嫌うんじゃないかと思ってさ」

「おー、その線は普通にあるかもじゃな。言われてみれば狼っころと出遭った時は、配下は鳥くらいしか出しておらんかったし。サイズ的に、そこがラインじゃったんじゃね?」

「……私達、狼に避けられてる!?」


 あからさまにショックを受けるオルカ。出遭ったら倒さなくちゃなんだし、そこまでショックを受ける必要もないと思うけど。あの巨大狼と戦いたいって願望、ひょっとして犬好きな一面からの影響も受けてない?


「ま、まあ肝心なのはでっかい方の狼だし…… だけど、そいつも見つかる気配がないんだよな。図体がでかい一方であの身体能力だから、建物の上を走ってどこにでも行けそうっていうか」

彼奴あやつもワシらの臭いを嫌って、とことん避けていたり? ほれ、初対面の時、ワシらを無視して去って行ったじゃろ?」

「「………」」


 た、確かにあの時はゾンビ君を出してはいた気がするが、俺らにまで腐臭移ってたかな? いやまあ、避けてくれるってんなら、俺は有り難い限りなんだけど、オルカは―――


「避け、られてる…… 私、臭い……」


 ―――さっき以上にショックを受けていらっしゃる。


「な、何はともあれ、一旦女神像のところまで戻らないか? 指揮の練習で結構魔法を使わせちゃったし、戻るには良い頃合いだろ?」

「じゃな。大丈夫じゃよ、オルカ。白の空間に戻りさえすれば、怪我と共に腐臭も取れる! さすれば、良い匂いになるぞい! 今も良い匂いだけど!」

「ダリウス、お前はまたナチュラルにセクハラを……」

「い、いや、私を元気付けようとしての言葉だったのだろう。気にしてなんてないさ。では、あの辺りを探索して一区切りをつけるとしよう。ああ、ベクトは休んでいて良い。私、ちょっと暴れたい気分だから」

「あ、はい」


 絶対黒霊に八つ当たりする気だよ、オルカさん……!


 そんなオルカの要望もあって、俺達は霧深き路地裏をもう少し進む事となった。それから少し歩いて行くと、少し開けた道に出て。出て、出て―――


「―――な、何だ、これ?」


 地面に開けられた穴が、それも巨大なドリルで掘ったのかってくらいの大穴が、俺達の目の前に現れた。大穴のあるそこは、恐らく元は道沿いに建てられた、裕福な住宅地だったんだろう。比較的大きな建物を無視するように穴は開けられ、邪魔だと言わんばかりにその周囲が粉砕されている。後に残るは奇跡的に直立を維持している建物の壁のみという、まるで大穴の部分だけをくり抜いたかのような形状になっていた。


「「「………」」」


 大穴の中を覗く。内部は霧が立ち込めており、最初に大聖堂の中がそうであった時の如く、視界が悪い。


「なあ、狼って穴を掘るのか?」

「巣を作る為に掘ると、どこかで聞いた事はあったが…… これ、最早そんな領域じゃないぞい。モグラにだってこの規模は掘れぬわ」

「逆に言えば、あの白狼以外に掘れる者はいない、か。よし、降りてみようか!」

「駄目、一回帰るって約束したろ。準備なしには飛び込めないって」

「でも……」

「駄目です」


 流石の俺も今回ばかりはオルカを制止し、一旦白の空間へと帰還する事にさせた。それに戦うにしても、敵のホームで戦う必要はないんだ。さて、どう策を練ったものか。

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