第60話 誘惑

 鍛錬押しモードとなってしまったオルカ師匠。可能な限り無茶を回避したい俺は、当然この誘いを拒否。青霊を助ける訳でもないのに、自ら強敵と戦うなんて御免です。強い奴に会いに行く! とか、そういう事しか考えていない戦闘馬鹿じゃないんだよ? 俺は至極真っ当な思考の持ち主なんです。


 鍛える鍛えないの攻防を終えた俺達は、それから女神像前のセーフティーエリアへと戻る事にした。大聖堂の探索が粗方終わったので、次にどうするか、今後の探索方針について相談する事になったんだ。


「で、だ。あの白狼をどう探すかの相談なんだが」

「待て待て、さっき断ったよね? かなり丁重にお断りさせて頂いたよね!? 何で戦いに行く事になってんの!?」

「……駄目?」

「うぐっ」


 オルカが上目遣いになり、急に可愛らしく振舞い出した。しかもだ、恥ずかしいのか結構な赤面をしていらっしゃる。そんな慣れない事をしてまで、俺を落とすつもりか。オルカ、どんだけ俺を鍛えたいんだよ……


「そそっ、そんな可愛い子ぶったって、おれおれ、俺には効かないんぞい!」

「相棒、動揺が過ぎて言葉遣いが大分可哀想な事になっておるぞ……」

「よし、交渉成立だな!」

「成立してないよッ!?」


 この後にもオルカによる拙くも魅力的な誘惑は続き、最終的には俺が折れる形となってしまった。いやあ、それは卑怯だよ。落ちちゃうよ、お年頃の男の子だもの。


「やった! 言質取った!」

「だ、だが、妥協の為の条件は付けさせてもらった! これは決して、誘惑に負けた訳ではない! 冷静な判断を下した結果、そうなっただけだから!」

「ええっ…… 急に早口で何言い出してんの、相棒?」


 ダリウスから可哀想なものを見るような視線を浴びせられているような気がするが、きっと気のせい。その証拠にあの巨大狼と戦いになった際は、オルカも参戦するという条件を付けさせてもらったのだ。大黒霊と違って、あの狼は黒霊の希少種でしかないからな。こっちが何人で挑もうと、何ら問題にはならない! そしてオルカが戦ってくれるのであれば、比較的安心!


「というかオルカ、最初からそのつもりじゃったよね? あの狼、大分強そうじゃったし、流石の相棒も一人じゃ即死よ?」

「ああ、実を言うとそうなんだ。あの白狼が相手なら、私とベクトが力を合わせて良い感じになるんじゃないかと、そう思ってる。そろそろ私も全力で戦いたいし、そんな私と連携を高めるのに、これは絶好の機会だろう? まあ、多少の命の危険は伴うだろうが、その緊張感もまた良し」

「………」


 さ、最初からそのつもりだった、だと……!? 俺はオルカと交渉をし、その末に妥協案を出したつもりだった。しかし実際は、ずっとオルカの手の上で踊っていたに過ぎなかった……!? しかも、俺とオルカが共闘してどっこいレベルの強さ……!?


「うん? ベクト、酷く動揺しているようだが、一体どうした?」

「あー、そっとしておいてやれ。相棒ってば、最近遅れて来た思春期だから」

「ちげぇよ!?」


 ああ、もう。度重なるツッコミで余計な体力を使ってしまった。もうあの狼と戦うのは確定事項っぽいし、そっちの策を練った方が有意義か。


「冗談はさて置き、まずさ、あのボス狼をどうやって探す気だ? 霧裂魔都に居るにしても、この広大なエリアを探すのは苦労するぞ。つか、現実的じゃない。いやさ、別に最後の抵抗をしている訳じゃないよ? 俺は一探索者として疑問を提示しているんだ。ほら、ここって屍街と同じで、街の裏路地が迷路みたいなもんだし」

「めっちゃ抵抗しとる~」


 失礼な。真っ当な疑問を投げ掛けているに過ぎないぞ、俺は。


「それについても考えてみたんだが、やはり霧の深いところを探すのが、一番近道だと思う」

「「霧の深いところ?」」

「そうだ。あの白狼と対峙した時の事を覚えているか? 奴がこの大聖堂を飛び出して来るまで、礼拝堂一帯には深い霧が立ち込んでいて、酷く見通しが悪かった。外からじゃ内部の様子が見えないほどにな。だが、奴が走り去った後はどうなった?」

「そういえば、いつの間にか霧が殆ど晴れてたな。あいつ自身も、心なしか霧を纏っているように見えて――― ああ、なるほど。そんな狼の特性を利用した、霧の深い場所を探す作戦か」

「その通り」


 確かに、それならある程度は探索エリアを絞る事ができる。視界が悪くなると危険も増すが、ハクシロには『嗅覚』があるから、不意打ちを食らうような事もないだろう。


「けど、それでも分の悪い賭けじゃないか? 霧の深いところなんて、この街にどの程度あるのかも分からないし」

「そこはまあ、ベクトの運命力が加われば、どうにかなるかな~と」

「結局それ!?」


 い、いかん、またツッコミ癖が。だが、これを指摘しない訳にはいかなかった。


「フッ、まあ半分冗談だ。最初にベクトも似たような事を言っただろ? 絶対にあの白狼と戦う必要がある訳じゃない。私達の本分は黒檻の探索、そして大黒霊の打倒だ。その遂行中に出会える事ができればラッキー、その程度に思っていこうじゃないか」

「俺としては、出遭ったらアンラッキーなんだけど」

「見える、見えるぞい。相棒とあの狼が、街中で鉢合わせする未来が」

「不吉だから止めてっ!?」


 という事で、俺達は大聖堂を出て霧裂魔都、その霧の深い場所の探索を進める事となった。さらば、クウラン大聖堂、そして秘密の扉の奥にあるだろうお宝達。できる事ならまた会いたいような、そうでもないような。ああ、石橋を叩きたい……


「よし、頑張ろうか」


 だがそれでも、気持ちの切り替えは早い俺。士気が低いと注意力も散漫しちゃうしね。


「パッと見で霧のが濃いのは…… 街の中心地の方かな。あの白狼もあっちに向かって消えたよな?」

「その筈だ。ところでベクト、探索前に新しい戦法を思い付いたと連絡を寄こしていたが、それはまだ使わないのか? 大聖堂内ではいつもの戦い方のままだったろ?」

「ああ、新戦法については、新種の黒霊を相手に使おうと思ってるんだ。使える回数が限られているし、それを使ったら力の吸収ができなくてさ。様子を兼ねた戦いか、よっぽどの強敵に使わないと損だろ?」

「回数に限り…… なるほど、魔法を実戦投入するのか。前回従えた聖職者風の黒霊も、確か魔法を使えた筈だからな。これまでは前線に投入するだけの指揮で良かったが、アレを使うとなれば後方支援として役割も頭に入れなければならない。つまり、より広い視野が必要という事だ。行き成りギリギリの実戦で運用するよりも、余裕のある時に何度か試した方が良いと思うぞ? 女神像の近くでやるのであれば、魔法の使用回数も復活させる事ができるしな」

「ア、アドバイスありがとう。じゃ、道すがら練習してみようかな……」


 一瞬で新戦法の中身を見破られ、それどころか助言まで貰ってしまう俺。しかも的確である。オルカは変な鍛錬癖さえなければ、本当に良い指導者なんだが。そう、鍛錬癖さえなければ……!


「まあ、いつもは安全第一で我慢してくれてるっぽいし、たまの発症時には付き合うのが筋ってもんか」

「ん? 一体何の話をしているんだ、ベクト?」

「ううん、物凄く個人的な話」


 俺はハクシロの頭を撫でながら、霧裂魔都の中心地に向かって歩き出した。

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