第59話 司教の行方

 志新たにした俺は、早速次なる探索へと乗り出した。転移場所は大聖堂秘密の地下部屋。そこでオルカと合流した後、俺はイレーネに描いてもらったあるものをダリウスより取り出して、それをオルカに見てもらった。


「これは…… 首飾りの絵か?」

「ああ、イレーネから司教について色々聞いたけど、外見的な特徴だけじゃ確信はできないだろ? だから司教が持つ首飾りを、こうして絵として描いてもらったんだ。普段は身分を証明する為に使われるものらしくてさ、この印のある首飾りは、その司教しか持っていないらしい。最悪司教がゾンビになっていた場合も、これを首に下げていたら判別できる」


 もちろん、この世界の司教が変わらず首飾りを身につけている保証なんてものはないが、判別情報としては上等なもんだろう。少なくとも、写真もない状態で探すよりかはずっと確実だ。


「ま、絶対この扉を開けなきゃならない訳でもないし、この大聖堂の探索中に発見できたらラッキーとか、その程度の認識で良いんじゃないかな?」

「なるほど、良い落としどころだ。では、大聖堂内の調査を始めようか」


 という事で、格納よりハクとシロを出し、階段を上って赤の部屋へと戻る俺達。前回、礼拝堂からこの部屋まで一直線に駆けて来た訳だが、その間に通り抜けた通路にも、幾つか扉や分かれ道があった筈だ。まずはその辺りを順番にマッピングして、未探索場所を潰していく作戦に決定。いつも通り俺が戦闘を担当し、テンポよく戦闘を進めていく。


「うーん、広い割に新しい発見がないなぁ……」


 探索は順調なのだが、今のところ目新しい敵が出なければ、宝箱も見つからない。司教と思わしき人物も全然見当たらないわで、ないない尽くしである。


「ベクト、あまりそういった事は言うべきではないぞ。死の巫女の寵愛を受けているベクトがそれを言うと、本当に何かが起こる可能性がある」

「そうじゃそうじゃ。どっちかと言うと、呪われておるのは相棒だとワシは思います!」

「わ、分かったよ。フラグにならないように、言葉には気を付けるよ。つかダリウス、お前まだ根に持っているのか?」

「ワシ、恨みは墓場まで持っていかない主義じゃから!」


 いや、今の状態のお前は正直生死がどうなってんの、って感じなのだが…… っと、そうこうしているうちに、最初の礼拝堂にまで戻って来てしまった。ここ、あの巨大狼に青霊が食われた場所だから、あまり来たくないんだよなぁ。


「青霊の遺体は…… 流石にもうないか」

「ああ、完全に消失ようだ。尤も今も残っていたら、この礼拝堂は黒霊で溢れていただろうがな」

「それは是非とも遠慮したい――― って、ちょっと待てよ? 遺体があった場所に何か落ちてないか?」

「むっ?」


 聖餐台せいさんだいの前にまで近寄ってみる。こ、これは……!?


「……オルカ、不思議とこれに見覚えがあるんだけど、俺の気のせいかな?」

「奇遇だな。私も今さっき、これと同じ絵を見せられた気がしたんだ。ダリウスはどう思う?」

「うーむ、ワシの記憶違いでなければ、この印はアレじゃよね、アレ」


 確認は確信へと移り変わる。俺が拾い上げたのは、一部に血が滲んだ首飾り――― もっと言ってしまえば、つい先ほどオルカに見せた、司教の首飾りの絵を同じものだったのだ。イレーネは記憶力が良かったようで、殆ど絵のものと一致している。ここまで一緒だと、もう疑いようがない。


「はい、何でこれがここに落ちているのか、分かる人ー?」

「分かるも何も、そういう事なのだろう。まったく、最早奇跡だな。食われた青霊の持ち物が落ちる事は稀にあるが、まさかこのタイミングでも起こるとは」

「ワシもオルカの考えに一票じゃ。一応確認しておくが、周囲に鍵らしきものは落ちとる?」

「……いや、残念ながらなさそうだ。彼の残った方・・・・の亡骸に鍵あったのなら、首飾りと一緒に落ちていそうなものだが」

「まあ、うん……」

「そういう事じゃよねー……」


 全員、見事に考えが一致したようで。しかし、行き着いた先の考えはあまり良いものではなく。


「なるほど、なるほどな。よし、一旦状況を纏めようか。つまりだ、あの巨大狼に下半身を食われた青霊は司教だった。で、その証拠となる首飾りはこの場に残ったけど、いつも持ち歩ている筈の鍵は見当たらないと。司教が本当に鍵をいつも持ち歩いていたとして、その鍵がどこに行ったかというと―――」

「―――司教の半身を食い千切って行った、あの巨大な狼の腹の中。そう考えるのが自然だろう」

「まあ、アレじゃね。あの扉を開けるには巨大狼を倒す必要があると、そういう事じゃよね」


 司教、なんというタイミングで食われてしまったのか。


「今更だけど、あの扉をそこまでして開ける必要ってあるか? そりゃあ、厳重なだけお宝がある可能性は高いけどさ」

「そうだな…… 強いて言うとすれば、確実に希少種と戦える事、そして勝利する事ができれば、強力な霊刻印の入手、著しい成長が見込めるといったところか。まあ、これはどの希少種にも言える事でもあるから、そこまであの白狼に拘る理由にはならないが」

「だよなぁ。少なくとも絶対俺より強いぞ、あいつ」

「まあそう焦るでない。まだこの大聖堂も、全て探索し終わった訳ではないのだ。ひょっとしたら、あの司教の部屋に鍵が隠されているかもしれんぞ? 何はともあれ、まずは探索じゃて!」

「それもそうか。よし、ダリウスの言う通り、隅々までここを探索してみよう! まずはそれからだ! あ、この首飾りはどうする?」

「一応、それも装備品扱いだと思うぞ。持って帰って、案内人に鑑定してもらってはどうだ? かなりの位にあった者の装飾品だ。もしかしたら、それなりに高性能かもしれないぞ」

「なるほど。でも、俺が貰って良いのか?」

「ベクトはその首飾りの第一発見者なんだ。私がとやかく言う事ではないよ」

「そっか。じゃ、遠慮なく貰っておくよ」


 ダリウスに司教の首飾りを収納する。これで良し。じゃ、ポジティブに探索へと乗り出しますか!


「―――駄目だ、鍵の欠片も見当たらない……!」


 暫くして、俺は再び打ち拉がれていた。広大な大聖堂は文字通り隅から隅まで探し回った。赤の部屋みたいに隠し通路があるんじゃないかと疑って、ハクシロにそれらしき臭いを追ってもらったり、司教の部屋らしき場所を全てひっくり返し、そこにある物を荒らしに荒らした。が、扉の鍵と思わしきものはなく、ちょっとした宝さえも見つからなかったのだ。この大聖堂、建物は無駄に立派な癖に、肝心の中身はスッカラカンである。


「唯一発見できたものと言えば、この扉くらいなもんか……」


 そんな俺の疲れ切った視線の先にあるのは、あの隠し部屋にあったものと同じ、破壊不可の鍵付き扉だった。司教の部屋に近くにあったこの扉は、恐らくイレーネの記憶にあったものだろう。一応確認もしてみたが、鍵の閉め忘れはない。クソッ、もっとうっかりしても良いんだよ、司教……!


「扉を発見できても、やはり鍵がないと始まらない。ベクト、考えてみたんだが…… ここ最近の戦闘、少し温いと感じないか?」

「戦いか? まあ、大聖堂内はどこも黒霊の種類は変わらなかったし、戦い方が分かったから、苦戦らしい苦戦は確かにしてないけど」

「うん、私もそう思う。そこで、体と勘を鈍らせないようにする為にも、ここらで強敵と戦ってみるのも一興だと思わないか? ほら、丁度良いところに手頃で希少な黒霊が居て、今なら倒すと鍵も手に入ってしまうんだが、どうだろう? きっと心身ともに鍛えられるぞ!」

「……オルカ、まさかとは思うけどさ、俺とあのボス狼を戦わせたいとか思ってない?」

「いや、そんな事はこれっぽっちも、思ったとしても、ちょっとしか――― いや、正直に言おう。ベクトを滅茶苦茶に鍛えたい。鉄は熱いうちに打ちたい。あの白狼とぶつけてみたい……!」


 ダリウス、どうしよう。オルカの病が表に出て来ちゃった。

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