第58話 アリーシャ探索隊

「うおおぉ、塩、塩が目に沁みるぅ……! 目ぇないけど、心の目に染み渡るぅ……!」


 渾身の解呪をやり終えた俺達は酒場へと戻り、ダリウスが天に召した事を皆に伝えた。まあ、それは流石に冗談なのだが、塩や聖水に塗れたダリウスソードは、皆の注目を集めるのに十分な姿となっていたのは本当の事だ。


「……あ、葡萄酒!」

「フッ、漸く来たか。神への供物よ」


 しかし、それよりもゼラとキンちゃんの興味は教会から持って来た葡萄酒にあったようで、直ぐに視線をそちらへと移していた。自業自得ではあるけど、なかなかに不憫なダリウスである。


 それから二階へと上がった俺達は、サンドラの様子を見に行ったんだけど…… うん、残念な事に手遅れだったよ。クッ、あと数時間早く来ていれば……! と、そんな風に嘆いていても仕方ないので、俺が部屋の掃除を担当し、イレーネにはサンドラを綺麗にしてもらった。この作業ももう手慣れたものだ。一応、この際に薬も飲ませておく。今回は間に合わなかったが、急いで調合した二日酔い薬の残り分は次回活用する為に、サンドラのベッド脇でも置かせてもらおう。


「あ、何かスッキリしてきた」

「いや、流石に効き目あり過ぎだろ」


 薬を服用させた途端、そう言ってサンドラが起き上がった。尋常でない効果で逆に怖い。


「ふわ…… 皆、おっはよ~……」


 そうこうしているうちに、隣の部屋からアリーシャが起きたようだ。可愛らしい寝癖をつけているのがチャームポイント。サンドラが二日酔いから解放され、アリーシャも目覚めて合流したので、このまま全員で下に降りる事となる。


「ああ、ベクト。これをご覧ください。今しがた気が付いたのですが、例の葡萄酒がバーカウンターの一角にあったのですよ。これでわざわざ教会へ足を運ばずとも、好きなだけこのお酒を飲む事ができます!」

「そ、そうか。良かったな」

「はい!」


 酒場に戻るなり、ゼラが興奮した様子でそんな事を言い出した。反射的に言葉を返してしまったが、この現象はもしや―――


「教会の酒が、こっちにも出現…… ハチミツの時と同じかな? ほら、アリーシャの花畑の影響を受けたってやつ」

「あー、それでお酒が新たに棚へ並んだって事かい? うーん、さっきまで二日酔いをしていた身からすると、喜んで良いのか微妙な気分……」

「あの、どういう事です?」


 この現象と初めて立ち会ったイレーネが、よく分からないといった様子で首を傾げていた。丁度良い機会なので、彼女にも説明しておく。


「―――なるほど、異なる施設がリンクして、新たな物資を生み出すと…… あっ、もしかして教会にあったお薬の材料も、それが原因で生み出されたのでは? 清貧に生きていた神父様が、あのような高価なものを買われたとは思えませんし」

「ああ、例のアレか。となると、植物関係でアリーシャの花畑から分岐したのかな? ……ひょっとして、まだ何か増えてる要素もあったり? ちょっと探し回ってみるか」

「おっ、それって面白そうじゃない? よーし、酔いも醒めたし、このサンドラさんがひと探ししてあげようかな!」

「私も、私も! アリーシャも探す!」

「よし、じゃあ皆で探してみようか。アリーシャ、探索隊の隊長を任せても良いかな?」

「お任せあれ!」


 という訳で、アリーシャ隊長が率いる新要素探索隊が結成される。探索場所は大猫の飲屋に花畑、教会とその周囲一帯だ。


「頑張ってくださいね、フフ~」

「ゼラ君、君も一緒に探すのだよ?」

「ええっ……」


 この案内人、フードで顔が見えないのに、なぜか表情豊かである。


 とまあ、そんな感じで始まったマイホームの探索は、黒の空間のそれとは違い、遊び感覚で楽しいものだった。何と言うか、宝探しに近い。探索隊長に就任したアリーシャはやる気満々、その筆頭隊員となったサンドラも、一緒になって辺りを駆け巡っている。気分転換も兼ねて、この探索ごっこは定期的なイベントにするべきかな?


「駄目ですね、こちらにはお酒もツマミもありません」

「余の方もだ。まあ、あったとしても余の舌に合うとは到底思えんがな」


 打って変わって、こちらはゼラ&キンちゃんチーム。君らは一体何を探しているのかと問い質したい。


「ベクトさん、教会の裏に小さな畑がありました。これも以前はなかったものです」

「おお! 遂に来たか、畑!」


 教会内外を俺と一緒に巡っていたイレーネが、教会の更なる新要素を探し当ててくれた。元々この場所を知る彼女なだけあって、俺とは比較にならないくらいに頼りになる。 ……あれ? 俺ってば居る必要なかった?


「ベクトお兄ちゃん、花畑に新しい種類の花があったよ!」

「綺麗だけど、変な形の花だったね。まっ、よく分からなかったけど!」

「大猫屋の各所に目新しい書籍がありました。どれも学問関係のものなので、元から酒場にあったものではないかと」

「尤も、余の知識に勝るものはなかったがな」


 続々と新要素が発見されていく。これまでの発見をまとめると、こんな感じ。


・鮮やかな花畑 ⇒ 新たな品種の植物が発現、それに伴い霊薬が1つ追加

・大猫の飲屋  ⇒ 酒棚に教会の葡萄酒、各所の本棚に学問書や聖書が追加

・懐かしの教会 ⇒ 裏庭に小さな畑が発現、調薬材料が追加


 探してみればあるもので、全施設で新要素が発見された。


「霊薬が増えたのは有り難いな。黒の空間での生存率が段違いになる。だが、今回はそれよりも」

「ああ、やっぱりこれを喜ばないとね」

「え? 喜ぶと申しますと?」

「お野菜だよ、イレーネお姉ちゃん!」


 そう、お野菜である! 我々は遂に、新鮮は野菜畑を手に入れたのだ! これで野菜=芋のみ生活ともおさらばして、新鮮シャキシャキの野菜生活をお出迎え!


「な、なるほど、酒場の食材にはそういった制限があったのですね。ですが、その…… この畑、大分土が弱ってます。恐らく、新鮮シャキシャキな野菜はそこまで作れないかと……」

「「「えっ」」」


 イレーネの話を詳しく聞くに、そもそもこの畑にはそれほど多くの野菜は植えられておらず、俺達と顔見知りな芋の別種、そして干乾びかけたニンジン、拳大ほどの大きさもないカブがあるのみだった。幸いいつもの無制限収穫方式かつ、これら野菜の種らしきものも見つけられたが…… 俺達のショックは計り知れないものとなっていた。


 ……が、それでも俺達は立ち上がる。そこに新鮮な野菜への道のりが、微かに見えて来たのだから。


「……イレーネ、ここの土って改良できるのかな? その、俺はよく分からないけど、肥料とかを与えてさ」

「そ、それは可能だと思いますが」

「なら、アリーシャがここのお世話も頑張る! お野菜の事はよく分からないけど、お勉強の御本が増えたって聞いたし、それを見て工夫する!」

「アリーシャが頑張るなら、私も頑張らないとねぇ。質の悪い野菜だって、調理の仕方一つで味は変わるもんだ。絶対に美味しく調理してやる!」

「外の探索で使えそうなものはないか、引き続き探してみよう。ゼラ、野菜だって調理次第で、立派なツマミになるよな!?」

「―――ッ! ええ、なりますともッ!」

「なら、力を合わせてこの畑を豊かにするぞ! アリーシャ探索隊の力を、ここに一つに!」

「「「「おー!」」」」

「わ、私も協力しまっ、します! お、おー!」


 こうして俺達アリーシャ探検隊は想いを一つとし、新たな目標へと向かって突き進むのであった。


 ……しかし、はて? そういえば何かを忘れているような。


「おーい、ワシってばいつまで聖水漬けの塩漬けにされる感じ? ねえ、そろそろ錆びるよ? おいってば~」

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