第57話 一夜の過ち
「ど、どうしてこうなった?」
おかしい、おかしいぞ。一向に帰って来ないイレーネを呼びに、彼女の教会に行って様子を確認して来る。俺はただそれだけの事をする筈だった。筈だったのに――― 改めて、どうしてこうなった?
「えええ、ええと、ええと、ええと……」
別にイレーネに問い質した訳じゃないんだが、俺の言葉に対し、赤面状態の彼女が酷く混乱しながら「ええと」を連呼している。そんな彼女は現在、下着姿にブランケットを一枚羽織っているだけ、修道服はどこに行ったんだよ!? というツッコミの一つも飛ばしたいほどに煽情的な格好をしている。ただ俺も人の事は言えず、パンツ一丁でこの場に居る。そして俺達は教会奥の一室、そこにあるベッドの上で対峙している訳で。
……あかんて! これはあかん! マジでどうしてこんな状況になったんだ!? なぜかここに至るまで記憶が曖昧で、寝起きの如く体が重い! 思い出せ、全力で思い出すんだ! 俺は一体何をしてしまったんだ!?
―――という事で、ここで一旦冷静になろう。冷静さを保たなくては、思い出せるものも思い出せなくなる。冷静だ、俺は冷静なんだ。よし、よし……!
確か、俺はゼラとキンちゃんにサンドラ達を任せた後、花畑を通って教会へと向かったんだ。色鮮やかなアリーシャの花畑は、意識しなくとも自然と視界に入ってくるもので、歩くだけで俺の目を楽しませてくれた。匂い立つばかりの美しさ、って言うのかな? 探索と家事で疲れた俺の心を、優しく癒してくれる光景だったよ。今でも脳裏に浮かぶくらいだ。
で、そんな風に花畑を楽しみながら教会へと辿り着いた俺は、教会の扉を軽くノックしながらイレーネを呼んだんだ。イレーネ、居るか~? って、そんな感じでさ。でも、俺が何度呼んでも、声を大きくしても彼女は出て来なかった。となれば、これは本気で何かあったんじゃないかって、不安が募って来るもんだろ? 俺も例に漏れずそうなって、入るぞと声を掛けた後に教会内に足を踏み入れたんだ。
教会の中は掃除を終えた時と同じ様子で、どこもかしこも綺麗になっていた。特に不自然なところもなく、同時にイレーネの姿もない。はて、ここに居ないとなれば、イレーネは奥の部屋で薬を作っているんだろうか? と、俺は更に歩みを進めた。部屋の扉の前にまで辿り着くと、何やら中から人の気配が。やはりイレーネはここだったかと再確認。
『イレーネ、居るんだったら返事くらいしてくれよ。入っても良いか?』
扉越しに声を掛けて、しばし待つ。されど、イレーネからの返事はなく。おかしい、確かに気配はあるんだ。物音も微かにする。今度は扉をノックし、そしてまた何度も話し掛けてみる。が、駄目。本格的にイレーネを心配し出した俺は、「入るぞ」と最後に一声掛けて、ドアノブを握ったんだ。
「―――それから、ええと、それから…… 扉に鍵は掛かってなくて、部屋に入ってみたら、机の前でイレーネが倒れていて。急いで駆け寄ってみたら、急に変な気分になって…… 駄目だ、そこから記憶が途切れてる」
駆け寄った際の記憶を呼び起こそうとするも、桃色の靄が掛かったかのように、そこからの出来事を思い出す事はできなかった。記憶が飛んで次に思い浮かぶのは、今のこの不可思議な状況だ。ベッドの上に半裸で寝そべる俺。その隣にて同じく半裸で添い寝するイレーネが居て。改めて思い出しても、とんでもない状況だよな、これ…… ダリウスじゃないってのに、俺とした事が目覚めた時にイレーネを凝視してしまった。イレーネも同時に目覚めて混乱していたようだったから、急いで近くにあったブランケットを手渡したけど…… うん、何はともあれ状況から察するに、全面的に俺が悪い。最低である。女性の敵である。一人で悩んでいる場合ではない。まずは全身全霊で謝らなくては。
「イレーネ、本当に申し訳ないッ! 俺はとんでもない過ちを犯してしまった!」
「ベクトさん、すみませんッ! 私、とんでもないミスをしてしまいました!」
「「……へ?」」
俺とイレーネは同時に謝罪の言葉を述べ、次いで同時に固まってしまった。多分、お互いに何が何だか分からないって感じの表情になってると思う。
「あ、あー、まずは俺から話すよ。正直な話、本当に全然記憶がないんだけど、この状況から察するに、俺が理性飛ばして変な事をしてしまったのかな、と、そう思い至りまして……」
「い、いえ、違うんです! 悪いのは私なんです! ごめんなさいッ!」
「えっと、どういう事?」
俺は何度も謝罪の言葉を繰り返すイレーネから、何とか事情を聞き出した。
彼女は教会のこの部屋に戻ってから、サンドラの為に二日酔いに効く薬の調合をし始めた。本来の家主である神父様から教わった事もあって、この部屋にはその為の器具や材料が揃っていた。 ……いたんだが、何やらイレーネにも見覚えのない材料もあったんだそうだ。よくよく確認してみれば、それはいつも使っていたものよりも高価で、効き目が数段高まる代物だった。普通では手が届かないほどに希少なそれを発見したイレーネは、途端に目を輝かせてしまった。白の空間にあるものは無制限に補充される。つまり、この素材も使い放題なのだ。
「それで、折角だからそれを使ってより良い薬を調合しようとしたのですが、その、高価かつ効力が高いものは、それだけ使用方法も難しいものでして、ええと…… 私が未熟だった故、結果として作る段階で本来想定していなかった、別の効力が発揮されてしまいまして……」
「別の効力?」
「……言ってしまえば、揮発性の媚薬、です」
「………」
媚薬、ですと? それに、ええと…… 揮発性って言うと、気体になりやすい液体の事だっけ? つまりつまり、俺の視界が急に桃色で染まったのは、気体となって部屋を漂うその媚薬のせいだった、と。イレーネが倒れていたのも、その媚薬とやらが原因だった、と。そしてそして、媚薬にやられた俺達はそれからエヘンゴホン! い、いや、まだ状況証拠だけで判断するのは早いと思うな、お兄さんは。媚薬の効力が強過ぎで、ベッドの上でぶっ倒れてそのままって線もあるだろう。うん、普通にある。
「ふわぁ…… む? 何じゃ、お前さん達、漸く正気に戻ったのか」
「「ッ!!??」」
突然、部屋の片隅から声が聞こえた。ああ、この声はダリウスソードのものだ。俺らと同じく今まで眠っていたのか、寝起きのような眠たげな声色だった。そうなれば当然、俺とイレーネはビクリとする訳で。思考を高速で巡らせ、色々と考えちゃって、動揺する訳で。
「あわ、あわわわ、あわわわわわわ……!?」
「ダダダダダ、ダリウス君!? 君、一体いつから一体何の目的でそこに!?」
「何じゃ、いつもと話し方を変えおって。相棒がワシをここに放り投げたんじゃろうて。 ……ああ、そういう事? そっちを心配しとる? 安心せぇ、ワシはできる魔剣よ? プライベートに踏み込まんよう、こうしてしっかり眠っておったわい。 ―――途中からの!」
「「と、途中から、というと……?」」
「え、それをワシに言わせるの? 何、そういうプレイの一環? いやあ、正直巻き込まれるワシの気持ちも考慮してほしいのじゃが」
「「~~~!」」
マジでやらかしてしまったんだという事実が、俺達の胸に突き刺さる。結果、俺達は同時にベッドに
「―――な~んちゃって、とか言ってみたりして! だから、安心せぇと言っておるじゃろう? 媚薬の力が強過ぎたんじゃろうて。残念な事に揃って寝床に倒れただけで、何も起こらんかったわい。ワシのワクワクを返してくんない?」
「「………」」
思考が停止する。 ……は?
「いやあ、相棒にもは男らしい一面が、イレーネにもそういった欲があるのかと、感心したもんじゃったんだがのう。うむ、誠に残念!」
「「………(すくっ)」」
「むむ? 黙って立ち上がってどうした、二人とも? ちょいと顔が怖いぞい?」
「イレーネ、どうやらアレは呪いの魔剣だったみたいだ。早急に解呪が必要だ」
「ですね。教会内にある媒体を用いて、最上級の解呪を執り行いましょう」
「えっ? ちょ、ええっ? じょ、冗談じゃよね? ま、待って、マジで冗談んああぁぁーーー!」
こうして悪は退治されたのだった。
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