第56話 余はいける口

 裏技的指導の検証を終えた俺達は、ゼラ達が酒盛りをしているであろう大猫の飲屋へと向かった。良い仕事をした後は、上手い飯を食い上手い酒を飲みたいものなのだ。いや~、本当に良い仕事をしたよ、俺達。


「二人とも、来るのが遅いですよ。既にサンドラは沈み、アリーシャは夢の中。私を誰と飲み明かさせるおつもりですか?」


 酒場に入ると、ゼラの酒気を帯びた声、そして顔を真っ赤にしながら沈むサンドラ、キンちゃんの胴体を枕にして、すやすやと眠るアリーシャがお出迎えしてくれた。 ……二日酔い、後処理――― 良い気分からの地獄である。


「おまっ、ゼラ! またサンドラに酒を飲ませまくったな! まさか、アリーシャにも!?」

「そんな訳ないじゃないですか。サンドラに関しては目を背けますが、アリーシャは遊び疲れて眠っているだけです。キングと遊びながら、ずっと待っていたのですよ」

「余で遊びながら、の間違いではないか?」

「わああっ!? ベベベ、ベクトさん、この猫さん喋ってます! のろのろ、呪われている可能性ががががっ! 解呪、解呪の準備をっ!」


 どうしよう、ツッコみが間に合わない。と、そんな風に挫けていても仕方ないので、俺は丁寧に一つずつ問題を解決していく事にした。酔い潰れているサンドラの介抱をし、アリーシャの肩にブランケットを掛け、キンちゃんは不思議生物であって正直よく分からないけど害はない事を説明、ゼラに適当な酒のつまみを作り――― 漸く椅子に座る。


「つ、疲れた…… あ、これイレーネの分ね。バッと適当に作ったものだから、口に合うかは分からないけど。今更だけど、宗教的に食べられないものとかあった?」

「い、いえ、何でも美味しく頂けます。と言いますか、お任せしてしまってすみません」

「まだ勝手が分からないんだ。今日くらいはゆっくりしてくれよ」

「で、では、お料理くらいは次にさせてくださ――― あ、美味しい」


 俺の手抜き料理を頬張り、次いで頬を綻ばせるイレーネ。良かった、それなりに喜んでくれたみたいだ。さて、俺も探索の疲れを癒すとしよう。


「ベクト、一杯いっときます? いいえ、いっとくべきです」

「一杯だけな。サンドラが倒れた今、俺には後片付けに介抱という使命がある。アリーシャもちゃんとあったかくして、寝かしつけないと……!」

「なんか相棒、最近主夫染みてきてない?」


 そいつはきっと気のせいだ。気のせい気のせい。


「あの、サンドラさんに二日酔いに効く飲み薬を調合しましょうか? 確か、教会に材料と道具があった筈ですので」

「えっ、イレーネってそんな事もできるの!?」

「え、ええ、まあ。魔法では治らない症状もあるので、簡単にできるものでしたら」

「素晴らしい! 是非頼む!」


 イレーネが頼りになり過ぎて、目頭が熱くなってしまう。ああ、今日は虹に目を背けながら掃除をしなくて済みそうだ。


「ところでベクトよ、随分と遅かったようだが、教会とやらで何をしておったのだ? 余を待たせるとは、随分と偉くなったものだな」


 枕状態のキンちゃんが、ちょっと不機嫌になりながらそう言って来た。よっぽどアリーシャに遊ばれてしまったらしい。そんな状態でもよく威厳たっぷりなもんだよ。感心だよ。


「ハハッ、遅くなってしまい申し訳ないです。実はですね―――」


 教会で俺とイレーネが発見した裏技的指導についてゼラとキンちゃんに話す。


「―――と、なぜか黒霊を出せないところから始まって、そんな驚きの結果に結びついたんですよ」

「ふむ、なかなか興味深い話であるな。案内人よ、どう思う?」

「ングングング…… ぷはぁっ! へ? ああ、そうですね。黒霊をその場に出す事ができなかったのは、白の空間に黒霊を持ち込ませないよう、世界がそのように処置したのでしょう。本来黒霊は、白の空間こちら側に来れないものですから。ですが、黒霊に魔法を教えるというお話は初耳でした。恐らく試した事があるのは、探索者の中でもベクトくらいなものではないしょうか?」

「えっ、俺だけ?」

「はい、ベクトだけです。黒霊を格納できる能力だなんて、それほどに希少なものなんですから。それ以前に、わざわざ自らのホームに黒霊を連れて行こうとするもの好きなんて、まずいませんので」


 い、言われてみれば、確かに。


「今回の発見はベクトにとって、大きなアドバンテージに――― っと、お酒が切れてしまいましたか。仕方ありません、ここからは別のお酒を楽しむと致しましょう。イレーネ、貴女も飲みませんか?」

「え、ええと、すみません。一応聖職者ですので、儀式以外でお酒はちょっと……」

「む、そういった理由があるのでしたら、無理強いはできませんね。では、ベクト」

「ではじゃないではじゃない! 俺の杯になみなみ注ごうとするな!」


 意気揚々と注ごうとするゼラを全力阻止。アルハラですよ、アルハラ!


「案内人よ、代わりに余が頂こう。これでも余、いける口である」

「ほう、伊達に酒瓶を肘掛けにしていた訳ではありませんね」


 そう言って枕となるキンちゃんの目の前に、ミルクを与えるが如く、酒を注いだ器を差し出すゼラ。キンちゃんはそれを優雅に舐め取り始める。


「……あの、ベクトさん。猫さんがお酒飲んでますけど、良いのでしょうか?」

「まあ、キンちゃ――― キングさんは普通の猫と違うっぽいし、大丈夫なんじゃないかな、うん……」

「かんぱーい!」

「乾杯できる手がないが、気持ちくらいは言葉にして表してやろう。乾杯にゃにゃにゃにゃっ!?」

「おおっ、寝惚けたアリーシャが無意識で技を披露しておる。何とキレのあるモフり芸じゃろうか」

「「モフり芸……」」


 とまあ、案内人と不思議猫による不思議な酒盛り風景を見せつけられながら、俺達は穏やかな食事を済ませるのであった。


「うみゃ~……」

「ほら、アリーシャ。本格的に寝るなら部屋で寝るんだぞ、と。ちょっとアリーシャを部屋まで運んで来るわ」

「でしたら、御片付けは私が。あっ、遠慮しないでくださいね! これくらいの事はさせてください!」

「そうか? 悪い、なら頼むよ」

「うぷ……」

「サ、サンドラはもう少し我慢してくれな? 頼むから、運んでる最中に悲劇は起こさないでくれ……」

「が、頑張りゅ……」


 眠るアリーシャと沈むサンドラを寝室へと運び、皿や調理道具の片付ける。俺達はそれらを連携して行い、サンドラが虹を吐く前にやるべき事を成していった。その間、キンちゃんがゼラの相手を一手に担ってくれていたので、酒盛りの矛先が俺達に向かう事もない。キンちゃん、本当に頼りになる猫である。


「な、何とか峠は越えたかな…… イレーネ、皿洗いとかの続きは俺が引き受けるから、二日酔いに効く薬の調合をお願いしても良いか?」

「了解です。では、こちらはお任せしますね」


 役割をバトンタッチ。さて、洗いますか。


「相棒、家事にこなれて来おったな。それに、まるで長年連れ添った夫婦のような連携じゃわい」


 う、うるさいわい! そんな事言われたって、嬉しくなんてないんだからね!


「うっ、ワシも唐突な吐き気が……!」


 ―――とまあ、そんな感じで調理場とダリウスの片付けを終わらせた俺なのだが、いくら待ってもイレーネが戻って来ない。何かトラブルでもあったんだろうか?


「うーん、ちょっと心配だからイレーネの様子を見てくるよ。二階のサンドラとアリーシャを頼んだ」

「頼まれては吝かではありませんが…… あ、葡萄酒のおかわりを持って来て頂けます?」

「神への捧げもの、余も多少の興味がある。どれ、飲んでやるとしようではないか。ベクトよ、急ぐと良い」

「……本当に頼むよ?」


 若干の不安を抱きつつも、俺はイレーネが居るであろう教会へと向かうのであった。

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