第48話 霧中の獣
白霧の向こうからやって来たのは、獣臭のするこれまた白い奴らだった。全部で三匹。白狼、それとも白狐? そのどちらにも似ているが、口が裂けて某都市伝説みたいな事になってる。つか、物騒な牙を剥き出しにし過ぎだ。顎の外れた肉ゴリラといい、一度獣医さんに診てもらう事をお勧めしたい。
「グゥルルルル……!」
あ、この殺気は駄目だ。診てもらう獣医さんを食べちゃう感じだ。つか、さっきから統率で命令しているのに、全く言う事を聞いてくれる素振りがない。
「統率が効かない。こいつら、屍系の黒霊じゃないかも」
「口は醜悪だが、外見上は腐っていないからな。接近戦を鍛えておいて正解だっただろ?」
「それに関しちゃ、大黒霊戦の時から感謝してるよ。で、配分は?」
「私が二、ベクトが一でどうだ? 前回探索できなかった分、私も運動不足を解消したい」
「了解だ」
初見の敵だったから気を遣ってくれたのか、それとも剣を振るいたくてうずうずしているのか。どちらにせよ、今回はオルカの言葉に甘えさせてもらおうか。
「ウォ―――ン!」
「ガァァウ!」
「グゥル!」
先頭にいた白狼が雄叫びを上げると、その左右を横切るようにして後方の二匹が駆け出して来た。すると、そいつらは自分に任せろとばかりにオルカが前へ出て、左側へと敵二匹を引き付ける。オーケー、そいじゃ最後の奴は任されよう。
いつもの戦法、その辺に落ちていた石ころ投擲。当たらずとも、これでラストウルフは俺に敵意を向けて来る筈だ。というか、もう来てる。
「ガァァー!」
最初の二匹の走りっぷりを見て思ったが、この白狼達のスタートダッシュは結構なものだ。一瞬で最高速にまでスピードを上げている。そして、その最高速もまた結構なもので――― あの黒ネズミと戦う前だったら、動揺していたかもってレベルだ。
「つまるところ?」
「今なら止まって、見えるッ!」
「ゾンビばかり相手にしとったから、まだ実感しとらんかったか。ワシ、大黒霊を倒した猛者よ? 名剣にして魔剣よ? これくらい当然じゃわい!」
そんなに今の活躍が嬉しかったのか。今のダリウス、多分鼻息荒らそう。
「ベクト、そちらも終わったか?」
ぶった斬った黒霊の靄をダリウスに吸収させていると、敵を引き付けていたオルカが歩み寄って来た。当然のように無傷、アンド既に戦闘を終わらせている様子である。
「あー、オルカの方が速かったのか…… さっさと終わらせて、オルカの戦い振りを拝見したかったんだけど」
「フッ、それは残念だったな。それは次の機会に――― と言いたいところだが、どうもその機会は直ぐに訪れそうだ」
「「「グゥ―ルルルルゥ……」」」
霧の街の奥より、さっき倒した狼と同種の唸り声が聞こえて来る。つうか、さっきよりも声の数が多い。路地裏やら建物の上やらに、顔の怖い白いモフモフが集まっているのも見えた。
「さっき遠吠え? みたいなのやってたもんなぁ。アレ、この前の赤ゴリラと同じで、お仲間を集める作用でもあるのかね?」
「恐らくそうだろう。しかしベクト、随分と冷静じゃないか? 大黒霊を倒して、精神も一皮剥けたという事か?」
「まあ、その赤ゴリラで集団戦の予習をさせてもらったからさ。統率の命令が効かないのは難だが、あの時みたく強い奴はいなさそうだし。それに、今回はオルカも手伝ってくれるんだろう? 俺としては、そっちの関心の方が高いかな」
「言うじゃないか。ならば、私もその期待に応えねばならんな」
「二人とも、やる気なのは良いが、戦いに夢中になってトラップに引っ掛からんでくれよ? ワシ、そこだけが心配です」
「「言われなくとも!」」
黒霊がこちらに向かって来るという事は、少なくともこの周辺には罠がないという事だ。一応、必要以上に移動はしないよう気を付けるけどさ!
―――とまあ、それから俺達は正攻法で白狼を打ち倒した。大体二十匹ほどはいただろうか。半分以上はオルカがやってくれたんだが、彼女の戦いは本当に綺麗なものだった。いや、剣で斬ってるから血生臭くはあるんだけど、動きに全く無駄がないと言うか…… うーん、言語化が難しい。思わず見惚れてしまう戦い振り、って言うのかな? 剣の達人の演武に魅せられたとか、そんな感情に近いと思う。ダリウスが進化して俺も剣の扱いが上達したと思っていたけど、オルカのそれに比べたらまだまだお子ちゃまの剣だったんだって、そう悟ったよ。
『腕がお子ちゃまなのは相棒であって、ワシは名剣で魔剣じゃからな?』
へいへい、分かっとるわい。
「ふう、やはり剣を振るうのは良いものだな。何と言うか、こう…… スッキリする!」
「そ、そうか……」
ただ、剣を振るってる本人の思考は結構単純だったりするかも? ……うん、するかも。
「お疲れ。あれだけ同じ種類の敵が出て来たんだ。あの狼が希少種って事はないんじゃないかな?」
「うむ、奴らをこのエリアの強さの基準とするのであれば、現段階でも十分に戦えるじゃろうて。まあ、毎回あんな大人数をけしかけられては、少々面倒ではあるがな」
「逆に言えば、この辺りにいる狼を大方一掃したとも考えられるが…… ベクト、どうする? 探索は続けられそうか?」
「お蔭様でまだ無傷だし、いけるいける。しっかし、このままゾンビ系の敵が出なかったら、折角刻み直して来た霊刻印が腐っちゃうな。『統率』も『格納』も使えそうにないよ」
「ほう、ゾンビ系の霊刻印だけに腐る、か? なかなかのセンスよのう!」
「ばっ!? おまっ、違うから!」
「ッ!? ク、ククプフッ……!」
突然、オルカが小刻みに震えながら口元を押さえ始めた。酷いデジャブである。まさか、またも笑いのツボに入ったのか? 今のしょうもない親父ギャグで?
『……相棒、もしかしてなんじゃが、オルカの前では冗談言わない方が良い?』
う、うん、その方が良いかも。この笑いの沸点の低さだ。戦闘に支障が出てからじゃ、悔やんでも悔やみ切れないぞ。
『ラジャじゃ。しかし、ふむ、なるほど…… ワシのナイスなジョークも、まだまだ捨てたものではないのう!』
むしろ、それは捨てた方が良いぞ。
「ま、まあそれはさて置きさ、このエリアの敵が全部今の調子じゃ、マジで霊刻印の使いどころがなさそうだ。いつまでもゾンビ君や鳥さんを酷使する訳にもいかないし、いかないし…… んんっ?」
前エリアの強敵達を思い浮かべていると、俺はある事を閃いた。頭上に電球が浮かび上がったかのような、そんな凄い閃きである。
「なあ、思ったんだけどさ…… 名前に屍がない奴も『感染』でゾンビ化させたら、俺の命令を聞くようになるんじゃないか?」
「「えっ?」」
オルカとダリウスに詳しく説明。現在キンちゃんに預けている霊刻印『感染』は、あの黒ネズミより会得したレベル3。それだけ高レベルの能力であれば、たとえ敵が耐性持ちだったとしても、問題なくゾンビにする事ができるだろう。そしてこの策が上手くいけば、今後どんな敵が現れようとも、感染さえさせる事ができれば、仲間にしていける可能性がある。
「なるほど、その手があったか……!」
「あの狼っころを仲間にできれば、鳥もどきよりも戦力になるじゃろうな。相棒、冴えてるぅ~」
という事で、ちょっくら『耐性・感染』と『感染』を入れ替えて来ます。
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