第47話 霧裂魔都

 自分達の狭く浅い器に落ち込みながらも、何とか気を取り直した俺とダリウス。下水道への道は見つからず、このまま準備不足のまま新エリアに行くのも危険である為、まずはこの辺りで女神像を探す事にした。


「エリアとエリアの境目には、結構な頻度で女神像があるものなんだ」

「なるほど、だからこの周辺で探した方が効率的――― なあ、オルカ。あれってもしかして……」


 水路沿いの道から少し外れたところにあった、小さな公園らしき広場を指差す。公園の真ん中には噴水があって、その装飾の一つから女神像らしきものを発見したんだ。石色の他の装飾に比べ、その像だけは色合いが真っ白。嫌でも注目してしまうってもんだ。


「おお! ベクト、でかした。これこそ女神像に違いない!」

「相棒、やっぱ持ってる~」

「いやいや、これだけ目立つところにあったら、流石に誰だって見つけられるだろ。なあ、オルカ?」

「………」

「何で肩を落として黙るの!?」


 もしかして、オルカってば細かい作業が苦手? と、そんな事をズケズケと聞けない俺は、何とか話題を変える事に努めるのであった。


 それから俺達はこの女神像に祈る事で一旦帰還、準備を整える事にした。具体的には『増殖』を外して『耐性・感染』を刻むって感じかな。これにて慣れ親しんだ万全状態である。あ、ちなみにステータスの成長は全くなかった。やはり、もうこの屍街での成長は見込めないらしい。


「ま、ちょうど良いタイミングだって事だよな?」

「うむ! いざ、新エリアへ!」


 新たに転送場所として登録された『霧裂魔都きりさきまと・東入り口付近』を選択し、公園から石橋の前にまで移動した俺達は気合いを入れ直す。フッ、帰還した時に手土産無しだと知られ、ゼラとサンドラに落胆された痛みはもう微塵もないぜ!


『世のパピィ達の気持ちが分かったくらいじゃよね!』


 出稼ぎとは責任重大なのである。まあ、サンドラの二日酔いが完治していたし、アリーシャで癒されたので良し。


「それにしても、霧裂魔都きりさきまとか。屍街かばねがいもどうかと思うが、こちらも物騒かつ意味深な名だな。名の頭の通り、街全体が霧で覆われているんだろうか?」

「ろくでもない場所ってのは確かだろうな…… ゾンビ君と鳥さんのストックが三体ずつある。先行部隊として鳥さん二体を使おう。霧が深いから飛べないだろうけど、地上での移動速度もゾンビ君よりはマシな筈だ」

「うむ、良案じゃて。して、オルカよ。この先のエリアからは、本格的に罠が出始めるのではないか?」

「え、マジ?」

「ああ、本来はここからポツポツと設置されるものなんだ。罠に嵌ってこの場にいる私が言える立場ではないが、かなりイレギュラーな運を発揮するベクトには、特に注意してもらいたい」

「ワシ、とっても心配」

「わ、分かってるよ、注意するって。でもさ、具体的にどう注意すれば良いんだ? 罠が作動してから回避するの、難易度が高いってもんじゃないだろ?」


 落とし穴に掛かった時の俺は、あまりに突然だったが為に何もする事ができなかった。しかも、次のエリアはあの深い霧だ。罠を見逃してしまう可能性が非常に高い。ぶっちゃけ、罠が作動してから回避できる自信がない。


「罠を回避する方法はいくつかある。最も確実なのは、身の危険や罠の位置を察知する霊刻印を入手する事だ。以前協力したという男爵な探索者、その類の霊刻印を持っていたのだろう?」

「あー、そういや身の危険を察知できるとか、そんな事を言ってた。オーリー男爵の場合、部屋に閉じ込められるとか、直接的に害を成さないタイプは察知できないようだったけど……」

「まあ、万能という訳ではないからな。それでも毒を浴びたり、ダメージを食らったりしなくなるのは大きい。死にさえしなければ、いくらでもチャンスは巡って来るものだ」

「確かに」


 俺は大きく頷いた。


「しかし、私もベクトも察知系の霊刻印は持っていない。よって、この手は除外」

「除外!」

「代わりに、探索者の心得的なもので乗り切る」

「心得的!?」


 それからオルカより聞いた探索者の心得は、罠についての知識による部分が多かった。取りまとめると、こんな感じである。


①黒霊は本能的に罠を避ける傾向にある。よって、黒霊が歩き回っているところには罠がない。

②宝箱などがあからさまに設置されている場所は要注意。十中八九罠がどこかにある。

③黒檻の奥深くでもない限り、即死級の罠は非常に稀――― だったが、ベクトがベクトなので、あまり当てにならない。


 なあ、③について物申したいんだけど。


「①が一番効果がありそうだけど…… この霧だと遠くの黒霊が見えないし、対処法が限られないか? そもそも黒霊が見当たらない場所だったら、確かめるのはやっぱり自分になるぞ?」

「……さて、どうしたものか」

「オルカさん!?」


 まさかオルカ、どうしようもない時は今まで根性と運で乗り切って来たのか!? 見掛けによらずギャンブラー気質!?


「流石にそれは、ん? 待てよ…… さっきの黒霊が罠が避けるって性質、俺が操る黒霊達にも適用されるんじゃないか? 先行部隊、罠避けにも役立つかも?」

「おお、冴えとるのう、相棒! それ、グッドアイディ~アじゃね?」

「なるほど、試してみる価値は十分にありそうだ。それで行こう」


 という訳で俺達は、先行させる鳥さん達に期待を募らせるのであった。いざ、出発である。


「うえ、想像以上に霧が深い。数メートル先でも、もう影しか見えないぞ……」

「屍街同様、序盤のエリアとしては難易度が高そうだ。ベクト、ダリウス、気を抜くなよ?」

「言われておるぞ、相棒」

「お前もだよ」


 辺りの白霧はくぶに嫌気を差しながら、慎重に石橋を渡って行く。この霧も最悪だが、橋下の水はドス黒いタール水から漂っている臭いも最悪だ。下水道での記憶が甦って来る。


「ガァ」


 数分して、先行させていた鳥さんが小さく鳴いた。どうやら、何事もなく向こう岸に辿り着いたようである。


「ふう、取り敢えず石橋での黒霊の不意打ちはなし、トラップもないみたいだな」

「む? 気のせいかの? 霧が少し晴れて来とる?」


 そんなダリウスの声を受け、辺りを見回してみる。


「言われてみれば、確かに……」


 相変わらず見通しは悪いが、橋の上のように一寸先は闇状態ではなくなっていた。霧でぼやけながらも、遠くも何となく見通せるレベルにまで落ち着いている。


 こちら側にも屍街と同じような、寂れた街といった光景が霧の中に広がっていた。霧の有無を抜かせば、複雑な大通りから今にも崩れそうな廃屋まで、街のつくりは大体が似ている。あ、でも霧裂何とかの方が、廃屋寸前ながらも建物は立派なものが多いかな? 富裕層が集う高級住宅街だったとか?


「どうやらエリアの境界が特に霧が深かったようだ。見ろ、橋の先はさっきのままだ」

「まるでこのエリア一帯が霧のバリアに囲まれているみたいだな。でも、エリアの中だけでも視界が回復してくれたのは、素直に有り難いじゃないか。先に行ってしまえば、この悪臭も多少は薄らぐだろうし」

「ガァ!」

「おっ、鳥さんもそう思う?」

「いや、敵の接近を知らせてくれとるんじゃろうて。相棒、気ぃ抜けとらん?」

「抜けてねぇよ。緊張を解す為の、ちょっとした冗談だ」


 オルカと共に剣を構え、石橋を背に大通りの正面を見据える。鳥さんは戦闘の巻き添えにならないように、一旦空へと避難。さて、ここでは鬼が出るか、それとも蛇が出るのか、しっかり勉強させてもらおうか。

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