第46話 禁を解く

 俺達は新エリアの手前、石橋が架けられた水路の前にまでやって来た。ここまでの道中、黒霊はいつもの面子のみで、となれば苦戦する事なく楽に移動できた訳で。しかし、俺の胸中には不安の二文字しかない訳で。


「~~~♪」


 この通り、いつもは冷静沈着な筈の彼女が、さっきからずっとこの調子なんだ。指導に燃え、やる気に満ち満ちている。あと、何かすんごい輝いて見える。キラキラしてる。


 ……なんつうか、こうなったオルカは俺には止められそうにない。だってさ、鼻歌交じりでご機嫌なんだよ? 瞳に熱い炎を灯しているんだよ? そんな彼女を相手に、水を差すような真似なんて、俺にはとてもとても―――


「ああ、石橋を渡った先の新エリアは、霧で覆われているんだったか…… よし、まあ今のベクトなら大丈夫だろう! 早速乗り込もうか! 突貫だ!」

「待て待て待て! 流石に待て!」


 ―――なんて思いもしたが、身の危険をここまで感じたら止めざるを得ない。今のオルカは恐らく、興奮のあまり正気と冷静さを失っておられる。


「あの霧の濃さを見ろって、見通し最悪だぞ。新種の黒霊に何をされるか分かったもんじゃない。それにだ、ただでさえ今の俺には耐性の霊刻印がないんだ。慣れない霊刻印の構成で、無暗に突貫なんて愚の骨頂だろ」

「む、それもそうか…… すまない、ベクト。少しばかり興奮し過ぎた」

「いや、冷静になってくれたのなら、俺はそれで構わないよ。えと、もしかしてなんだけどさ、オルカが転移のトラップを起動させたのって、さっきみたいな時だった?」

「……黙秘する」


 この時俺は、止めるべき時は容赦なくオルカを止めようと決意した。


「取り敢えずさ、新エリアに行く前に落とし穴を確認しないか? この前の探索で俺が引っ掛かったやつのさ。ひょっとしたら、そこから例の下水道にまだ繋がっているかもしれないだろ?」


 ちなみにであるが、白の空間から黒の空間に移動する際、今回から『屍街かばねがい・東門付近』と『物病み溝渠ものやみこうきょ・入り口』が選べるようになっていた。恐らく、オーリー男爵が瀕死の俺を女神像のところにまで運んでくれた事で、後者の選択肢が増えたんだと思う。


 これにより俺には下水道も探索できるようになった訳だが、困った事にオルカはまだその女神像に祈った事がない。つまるところ、俺は行けてもオルカは行けない状況にあるのだ。俺達を繋ぐ縁故えんこの耳飾も、流石に行った事のない場所までは、一緒に届けてはくれない。


「この辺だった筈なんだけど……」

「……それらしきものは見当たらない、か。作動が一度きりの、突発的なタイプだったんだろう。罠の類がこんな序盤の場所に常設されている筈がないからな」

「そうか…… となると、下水道に向かう手段は今のところないな」

「いや、例えあったとしても、罠を通じてそこへ向かうのはあまり推奨できない。落とされた先が前と同じ場所とは限らないし、そもそも同種の落とし穴とも限らないからな。落下先に針が敷き詰められていたら最悪だぞ?」

「た、確かにそれは想像したくない……」


 あの時の罠が滑り台式の落とし穴で、本当に良かったと再確認させられる。


「しかし、だからと言ってその下水道とやらを放置するのも、少々もったいないか…… ベクト、その場所の難易度はどれくらいだったんだ?」

「難易度? うーん、大黒霊と戦っただけで、後はオーリー男爵に任せきりだったからなぁ。あ、でも確か、全体的に黒霊が弱い場所とか言っていたような気がする。オーリー男爵自身、ゼロの探索者らしいし」

「なるほど、となれば屍街とそう変わらない難易度か。罠がある点は油断ならないが、ふむ……」

「えっと、オルカ?」

「ああ、すまん。その場所、ベクトが単独で攻略するにはちょうど良いかと思ってな。どうだろう、また私が留守にしている時は、そちらの探索に乗り出してみるのは? 話にあった鉄格子のトラップ程度であれば、今のベクトであれば断ち切れると思うぞ?」

「え、マジで? いや、それよりも俺単独の時か……」

「横から失礼するぞい。それ、相棒がまたどんでもないトラブルに巻き込まれる気しかしないんじゃけど」


 反論したいのは山々だが、過去の実績からして、こればっかりはダリウスに同意するしかない。


「む、今の声は……? ああ、そうか。君の魔具のものか。大黒霊を倒して直接喋れるようになったんだったな」

「そういや、ダリウスが探索で声を出すのは今のが初めてか?」

「うむ、驚かせてすまなかった。オルカよ、ドジな相棒がいつも世話になっている。こんな相棒であるが、これからもよろしくしてやってくれ」

「お前は俺の親か……」

「フッ、面白い魔具を相棒にしたようだな、ベクト。少なくとも探索中、暇はしなさそうだ」

「おお、オルカはなかなか話が分かるのう。そう、この魔剣ダリウスは強く役立つだけでなく、ムードメイカーとしても大活躍する予定なのじゃ。存分に頼ると良い」

「ったく、また大口を叩きやがって…… まあ、こんな愉快な魔具だけど、よろしくしてやってくれ。迷惑はかけさせないからさ」

「相棒こそ、ワシの親面せんでくれる?」

「プフッ……! ほ、本当に仲が良いのだな、二人は」

「「ハァ? どこが?」」

「プハッ!」


 俺とダリウスのやり取りがツボに入ったのか、オルカが小刻みに震えている。ええと、大丈夫だろうか?


「あ、あー…… そういやさ、オルカは二体の大黒霊を倒しているんだっけ? つまり、ダブルの探索者って事だよな?」

「ふう、ふう…… コホン! そ、そうなる」

「なら、オルカの魔具も喋れるのか? 折角だし、俺達にも紹介してくれないか?」

「私の魔具を、か? んー、どうしたものかな……」


 オルカが腕を組んで悩み始めた。何だ何だ?


「いや、私の魔具はその…… かなり口の悪い奴でな。ダリウスのように友好的ではないんだ。だから他の探索者には声が聞こえないように、いつもは心の中以外で喋るのを禁止していてな。悪党ではないんだが、恐らく気分は害すというか、これまでもそれで結構な失敗を続けているというか……」


 珍しく困った様子のオルカ。俺とダリウスは顔を見合わせ、心の中での会話へと移行した。


『黒檻は平等な世界だけど、魔具がどんな性格なのかは運否天賦なんだっけ?』

『そういう意味では相棒、豪運であったな!』

『だから自分で言うなと…… って、それよりもどうする? オルカがめっちゃ困ってるっぽいぞ』

『華憐な乙女を困らせるのは、ワシの流儀に反するぞい。ここはワシらの漢を見せるのはどうじゃ? 広く深い心を見せつけるのじゃよ。ガハハ!』


 既にその発言が器の小ささを示しているような気がするが、気のせいだろうか? まあ、少し話す分には問題ないと思う。


「軽く自己紹介と挨拶をするくらいなら問題ないんじゃないか? オルカが良ければ、俺はその魔具と話してみたい」

「ワシもワシも。騎士として、それが礼儀じゃて」

「そ、そうか? では、禁を解くぞ?」


 何やら緊張した面持ちで剣の柄に手を置くオルカ。それが合図だったのか、オルカの魔具から声が聞こえて来た。


「てめぇら、俺のオルカに馴れ馴れしく話しかけんじゃねぇ! ああん、何だその不満だらけの貧相なつらはぁ!? 三下雑魚風情が俺様を馬鹿にしてんのか―――」


 ―――声というか、それはもう罵倒であった。俺らの反応から結果を察したのか、叫びは途中で中断される。


「ええと…… ど、どうだった?」

「「すまん、やっぱり喋らせるの禁止で」」


 思わず声を合わせてしまう俺達。前言撤回。ダリウス、俺、すっごく運良かったわ。

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