第45話 新たなる力

 朝食後の皿洗い、アリーシャの花畑への送迎、サンドラの看病とアレの後始末を一通り終えた俺は、オルカに連絡して探索へ向かう事に。ゼラがほろ酔い状態でちゃんと黒の空間に行けるか若干不安だったが、移動は何とか無事に行えた。今は成長した、或いは新たに会得した霊刻印の試運転をしているところだ。


「ハァッ!」

「アウアッ……!」


 屍街の大通りにいたゾンビに向かって、進化したダリウスソードを斬りつける。ゾンビは真っ二つに両断され、そのまま靄となってダリウスに吸収されていった。


「どうだ、使い心地は?」

「……驚きの一言、かな。剣身が長くなって使い辛くなったかと思っていたけど、実際はそんな事全然なかった。小剣の時より自在に操れる感じだし、剣速なんてむしろ速いくらいだ。レベルが一つ上がるだけで、こんなにも変わるもんなんだな」

「ガハハ、もっと褒めるが良い!」


 何やらダリウスが調子に乗っているけど、それを許せるほどの成長振りだ。素のステータスが成長したってのもあるんだろうが、この技術の向上はそれだけでは語れないものがある。


「大黒霊の討伐は困難を極める。実際に刃を交えたベクトは、前回の探索でそれが身に染みただろう。しかし、その試練を乗り越えた先にある報酬は、また途轍もない。霊薬、アイテム収納数、保有霊刻印数の増加等々、探索者として嬉しいものばかりだ。その中でも特に注目すべきは―――」

「―――大黒霊が所持していた高レベルかつレアな霊刻印の会得、そして自分が刻んでいた霊刻印のレベルアップ、か」

「その通り。大黒霊に勝利した探索者はそれら霊刻印を活用し、黒檻の更に奥深くへと進む訳だ」


 今回あの黒ネズミを討伐した事で、俺は奴の霊刻印である『感染』、『格納・屍』、『増殖』を手に入れる事ができた。どれもレベル3と、大変に強力な霊刻印である。そして、あの時の戦いで刻んでいた『剣術』、『統率・屍』はレベル2に、『耐性・感染』はレベル3へとそれぞれレベルアップ。剣捌きが向上したのも、この恩恵の為だ。


「大黒霊から会得できる霊刻印は、多少推測する事はできるだろうが、実際に倒すまで何が会得できるか分からない。一方で探索者が所持する霊刻印の成長については、ある程度調整を利かす事ができる。このシステムを利用して、レベルアップさせたい霊刻印を刻んで挑むのが望ましかったのだが…… すまない、その事をもっと早く伝えるべきだったな」

「いや、別にオルカが謝る事じゃないだろ? あんな状況になるなんて誰も予想できなかったし、俺はそこまで器用じゃないんだ。あの構成以外で大黒霊を倒せたとも思えない。むしろ、これが俺にとってのベストな成長だとさえ思ってるよ。ほら、接近戦に剣術は必須だし、屍街では感染の耐性もまた必須、統率だってレベルアップさせておかないと、次のエリアで効かないかもしれないだろ? うん、やっぱりこれがベストだって」

「ベクト…… フッ、そう言ってくれると助かる。よし、続けよう。今回の探索では、主にそれら霊刻印について確認するんだったな?」

「ああ、今回は感染の耐性を外して、格納と増殖を刻んで来た。で、今の段階で分かった事なんだが―――」


 ダリウスに霊薬を出してもらう要領で、心の中である言葉を念じる。すると、俺の目の前にある者達が現れた。


「ゾンビ君と鳥さん、正式な名前はせる屍と屍荒しだったかな? この通り、『格納・屍』の力を使えば名前に屍が付く黒霊を魔具内に保管する事ができるみたいだ。保管条件は黒霊が俺の手の届く範囲に居る事、最大格納数は七体まで。今の段階ではどの程度の強さの黒霊まで入れる事ができるのか不明だけど…… まあ、統率の力で操れた奴らは問題ないと思うから、それが目安にはなるかな。操れない奴をそこまで近づけたくないし。あ、でも奇襲とかされた時の、緊急避難用には使えるのか? となれば、枠の一つ分くらいは空けておかないと」


 ちなみにこのゾンビ君と鳥さんは、道すがらに操作して格納して来た奴らだ。


「俺が思うに、以前から使っていた統率とこの格納、滅茶苦茶相性が良い。連れ従わせる時に問題だったゾンビ君の足の遅さが解消されるし、操る事で安全に格納の能力が使えるようになる」

「なるほど。それ単体では使い辛いものでも、既存の霊刻印と掛け合わせる事でより実戦的なものになったという事か。 ……しかも、ベクトが戦った大黒霊の力はもう一つある」

「ああ、これを見てくれ」


 先ほど出したゾンビ君と鳥さんに手をかざし、心の中で増えろと念じる。すると、彼らの真横にまったく同じ姿の黒霊が、分裂したかのようにポンと現れた。


「さっきの霊刻印と同じように、『増殖』は俺の手が届く範囲で能力を発動させられる。対象となるのは黒霊で、そいつと同じ個体の偽物を作り出す事ができるんだ。大黒霊の黒ネズミはこれらを応用して、自分の格納庫内で子分のネズミを大量生産していやがった。偽物は倒しても経験値にならないし、もう最悪だったよ」

「なるほど、苦労したんだな。だが、それは裏を返せばベクトもまた同じ事ができると、そういう事だろ?」

「オルカは察しが良いな。ご名答、ネズミの真似をしてみたら、格納した状態でも増殖の力はちゃんと働いた。ただ、黒ネズミほど強力ではないような気がするんだよなぁ。一度に最大三体までしか増やせないし、発動させた次の使用まで十秒ほど時間が必要になる。あとはこの通り、よっと」


 再びダリウスを構え、分裂させたゾンビ君のオリジナルの方を斬り倒す。斬られたゾンビ君がダリウスソードに吸収されるのは当然だ。が、それと同時に、先ほど増殖の力で増やしたゾンビ君二号も消えてしまう。


「増殖元のオリジナルが力尽きると、増やした偽物の黒霊も一緒に消えてしまうんだ。まあ、この仕様についてはオリジナルを格納の中に入れて、増やした偽物のみを出せば問題がなくなる訳だけど…… やっぱり、大黒霊あいつの力には全然及ばない。増殖の数といい速度といい、あの時の黒ネズミの猛威はこんなもんじゃなかったんだ。俺の能力の使い方、何か間違っているのかも……」

「ん? ああ、その心配はないと思うぞ。大黒霊から会得する霊刻印は、弱体化している場合が殆どだからな」

「え゛? そ、そうなの?」


 思わず声が裏返ってしまった。


「以前、私が酒場の廃屋で使ってみせた修復能力があったろう? あの霊刻印の名は『修繕』と言ってな、ベクトのそれら力と同じく、かつて倒した大黒霊から会得したものなんだ」

「へえ、大黒霊から! ……なるほど、道理で規格外な力の筈だ。便利で良いよな、あの能力」

「フフッ、ありがとう。だが、大黒霊が使っていた修繕の力は私の比ではなくってね。私は原形あるものしか直す事ができないが、奴は完全に破壊した武器や鎧までを修繕してみせた。お蔭で何度も何度も奴の装備を破壊する羽目になって…… ああ、そういう意味ではベクトが戦った大黒霊と似たタイプ、持久戦型の敵だったのかもしれないな。非常に面倒な戦いだったよ」

「へ~!」


 完全に破壊した武器や鎧までもを復活、か。確かに、それは面倒そうな相手だ。装備があるって事は、人型の相手だったんだろうか?


「まあ何が言いたいかというと、大黒霊の力は弱体化したものだったとしても、総じて有用だという事だ。能力が弱くなろうとも、使い方次第では大黒霊のそれを上回る可能性だってある! よし! ベクトの新たな力を慣らしに、これから新エリアに行ってみるとしようか! うん、それが良い!」

「……え゛?」


 また裏返ってしまった。

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