第44話 宴が明けて

 オルカと次の探索の約束をした俺は、その後猫屋に戻り眠る事にした。自分の部屋へと向かう際、ゼラにはほどほどにしろと注意しておいたが、まあ恐らく効果はないだろう。猫屋ができて以来、ゼラが酒瓶を持っていない時なんて殆どないんだもの。


「ワシは魔剣じゃあ、魔剣なんじゃ~……」

「魔剣は魔剣でも、酔い潰れる魔剣は格好付かないと思うぞ」


 願望混じりの寝言を言うダリウスソードを壁に立てかけ、まだ寝慣れていないマイベッドへと潜り込む。酔いと疲れがあったんだろう。慣れていなくとも、俺は直ぐに意識を闇の中へとダイブさせる事ができた。


 ―――そして、数時間後。


「ふみゃ~……」

「………」


 耳元で呟かれた可愛らしい寝言で、俺はすっかりと目を覚ましてしまう。こんな可愛らしい寝言がダリウスソードから発せられたとは到底思えず、起床した俺はその声の犯人を捜すのであった。


「……何でアリーシャが俺の部屋に、それも俺のベッドで寝ているんだ?」


 捜査開始から一秒、俺の隣ですやすやと眠るアリーシャの姿を発見。プラス、彼女に抱き枕にされるキンちゃんも発見。こちらは起きているようだ。


「災難だったな。この小娘、手洗い帰りに部屋を間違えおったのだ。寝惚けているのか、余がいくら注意しても聞きやしない。まったく、清々しいほどに熟睡しておる」


 俺と目が合ったキンちゃんが、何が起こったのかを説明してくれた。まあ、この前に俺の部屋で寝たのもあって、まだしっかりと部屋割り覚えられていないのかもしれない。長い目で見ようじゃないか。と、そんな事を思いつつ、アリーシャを撫でてやる。ああ、そうだ。キンちゃんも労わないと。


「なるほど、お勤めご苦労様です」

「その台詞、何か意味合いが違わないか?」

「いえいえ、決してそんな事は。ちなみに、アリーシャが寝てからどれくらい経ちました?」

「む? ううむ、余の腹時計から察するに、六時間ほどだろうか」


 腹時計って、腹の空き具合で時間を計れるのか、キンちゃん。


「意外と経っていたんですね。んー、良い時間で目が冴えちゃいましたし、そろそろ起きるとしますか。キングさんはどうします?」

「余は暫し小娘を見ておる。此奴こやつ、起きるまで余を放しそうにないのでな」

「それは御尤も…… じゃ、俺は軽く軽食でも作っときます。昨日の調子だとサンドラも、まだ起きて来ないと思うので」

「余はミルクで頼む」


 分かったと軽く手を挙げながら、アリーシャを起こさぬよう、そっと部屋を抜け出す。


「み、水、うぷ……」

「了解、水な。今持って来るよ。それとバケツ置いておくから、虹を吐く時はできるだけそこでしてくれ」


 一階の酒場に向かう途中、一応サンドラの安否を確認したが、やはり駄目そうだった。南無。


「……ゼラも駄目そうだなぁ」


 酒場に行くと、昨日のテーブル席にてゼラがまだ酒盛りを続けていた。


「はい? 全然素面ですが? 空き瓶を片付けている点は褒めて頂きたいのですが?」

「うん、偉い偉い」

「フフ~」


 サンドラのように酔い潰れはしていないが、ほろ酔い状態ではあるようだ。しかし、結局夜通し(昼夜の概念がないから少し違うかもだが)飲み越したのか。まあ、予想はしていたけどさ。


「あら? 調理場へ向かうのですか?」

「アリーシャ熟睡中、サンドラ撃沈中だから、俺が何か軽食でも作ろうと思ってさ。ゼラも食うか?」

「ベクトが? 失礼ですが、料理の経験は?」

「んなもん、この世界に来てる時点でお察しだろ。仮にあっても技術は消失してるって。でも、簡単なものだったら話は別だ。サンドラが調理してるの、何回か見て来たからな」

「ほう」

「……それとも、ゼラがやってみる?」

「面白い冗談ですね、フフフフ~」


 いや、別に冗談のつもりで言った気はないんだが。まあ空気を読むに、ゼラに調理は期待しない方が良いらしい。


「では、このシードルに合うつまみでも作って頂きましょうか」

「ねえ、俺の話聞いてた? 簡単なものしか作れないって言ったよね?」


 ゴトンとテーブルの上に何かの酒を取り出し、無理難題を仰り始めるゼラさん。合う合わない以前の話だぞ、俺が調理できる選択肢の狭さは。 ……まあ心の中で愚痴っていても仕方がない。幸い材料はいくらでも出て来るんだし、失敗を恐れず調理してみようかッ!


 ―――で、サンドラを真似て適当なもんを作ってみた訳だが。


「ふむふむ、これはなかなか。ベクト、どうやら貴方には料理人としての才能もあるようです。ベクトの案内人として、私も鼻が高いですよ。うん、美味です。お酒にも合います。合うは遭うでも、失敗作と遭うような結果にならなくて良かったです。なんちゃって」


 まさか、ここまでべた褒めされるとは思っていなかった。小粋(?)なジョークまで言っている。芋やベーコン、チーズで、本当にサンドラの見様見真似の適当で作っただけなんだけど……


「フフ~♪」

「ったく……」


 そしてこのご機嫌な声である。まあ、作ったものを美味しく頂いてくれるってところは、結構嬉しいもんではある。案外記憶を失う前は、俺もこうやって誰かに料理を作っていたのかもしれない――― なんてな。


「ふわあ…… おはよ~……」


 そんな風にゼラの食事風景を眺めていると、寝惚け気味のアリーシャと尊大なキンちゃんが、酒場に降りて来た。


「おっと、アリーシャも起きたか。おはよう」

「うむ、余と小娘の帰還である。約束の供物ミルクを出すが良い」

「はいはい」


 ええ、そろそろだと思って準備はしてますとも――― ん? おかしいな。昨日に引き続き、今日も働きっ放しな気がするぞ、俺。


「ベクト、深く考えてはいけませんよ」

「ハッハッハ、勝手に心を読まないでくんない?」

「はて、何の事だか私にはさっぱり。あ、調理場に行くついでに、塩を取って来て頂けますか?」

「……了解」


 ゼラについて色々と諦めつつ、調理場へ向かい着席したアリーシャ達の分の朝食(と塩)を運ぶ。それまで眠気と戦っていたアリーシャであったが、目の前に食事が来たらすっかり目を覚ました。まったく、現金なもんだ。


「いっただきま~す♪」

「ふむ…… まあ、普通であるな。ベクトよ、精進せよ」

「いや、キングさんのは酒場に保管してあったミルクをただ器に入れただけだから、精進どうこうで美味くなるもんじゃないんだけど。というか、別に料理人を目指してる訳でもないですし」

「戯けが。探索を通し、更に上等な供物ミルクを探し出せと言っているのだ。余が満足する供物ミルクを探し出せたのなら、また褒美をくれてやる」

「あ、ああ、そっちの話でしたか。牛の黒霊とかいれば良いんですけどね」

「キンちゃんは我が儘だなぁ。お兄ちゃんの料理、こんなに美味しいのに~」

「小娘よ、甘やかすのは良くないぞ」


 そう言って笑顔でパクパクと食べてくれるアリーシャ。何だかんだ言って、キンちゃんも用意したミルクを平らげる寸前だ。


「……フフッ」

「ベクト、それは私の真似ですか? サンドラの料理の真似の次は、私の真似ですか? 可愛いと思っているのですか?」


 ゼラさん、もしかして可愛いと思って言ってたの? つか、やっぱり見た目以上に酔ってるだろ、お前。


「うう、頭、いったい…… ベクトぉ、二日酔いに効く薬、探して来てぇ~……」


 今度は這いずるようにして、瀕死のサンドラが酒場に現れる。お前、よくここまで来れたな。


「サンドラ、大人しく寝ておけって。薬に関しては頑張りたいけど…… あ、黒の世界で使ってた霊薬や毒消し薬って、こっち側でも使えたりする? サンドラの二日酔いに効かないか?」

「使えはしますが、恐らく二日酔いに効果はありません。それ、宿酔しゅくすいという状態異常なので。一定の時間経過か、専用の治療薬が必要です」

「ああ、感染と毒が別物みたいなもんか。っつう訳でサンドラ、前者で頑張ってくれ。何、半日の辛抱だ!」

「そ、その半日が、長い……(バタリ)」


 なら、これを機に飲み方について改めてほしいものだ。 ……あれ? 何かを忘れているような?


『相棒ー! ワシ、部屋に置きっ放しじゃろうて! 魔剣ダリウスは二日酔いをしとらん、良い魔剣じゃぞー!』

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