第43話 片付けと報告

 それからもちょっと豪華な宴を楽しんだ俺は、サンドラの山盛りお肉パラダイスを平らげ、ほろ酔いゼラに酒を注がれ続け、アリーシャと共にキンちゃんをモッフモフしたりしていた。もう胃は一杯一杯、酔って視界はふっらふらである。そんな俺の隣では、アリーシャがキンちゃんを枕代わりにして眠っておられる。


「あれ~? アリーシャ、寝ちゃった~? 寝ちゃったか~、ふぅへへ~。でも、ここからは大人の時間~。まだまだ飲むぞ~、ベクトぉ~~~」


 そしてサンドラはというと、こんな締まりのない口調になるまでに酔っていた。結構な量を飲んでいたってのもあるけど、彼女はゼラほど酒に強くはないようである。いや、俺も人の事は言えないけどさ。


「サンドラ、もうその辺にしておけって。それ以上は明日に響くぞ?」

「良いんです~。青霊に明日とか二日酔いとか関係ないんです~~~! ね、ゼラもそう思うでしょ~~~?」

「フフフッ、そうですね。この黒檻の世界観からして、日数という概念を持ち出すのは不適切でしょう。二日酔いとか私には無関係ですし、幽霊が酔うとか面白い冗談ですぅウフフフ~」

「いや、オルカんとこの案内人ぶっ倒れてるからね!? それに、流石にゼラも酔い始めてるぞ!?」

「「ふぇ?(トクトク)」」


 何言ってんだ、お前? みたいな顔をしながら、互いのジョッキに酒を注ぎ始める二人。うわ、駄目だこいつら。ゼラはまあ大丈夫だとしても、サンドラは誰かが止めないと、それこそぶっ倒れるまで飲んでいそうだ。ダリウス、年長者としてお前からも何か言ってくれ!


「んごおぉぉ……」


 あ、こっちも駄目なやつだった。酒風呂に浸かりながらご機嫌に寝ていやがる。というか、お前その状態で酔えるの!?


「ベクトよ、美酒に興じるのも良いが…… まずは紳士として、この小娘を寝台に運ぶのが先決なのではないか? 小娘をいつまでもこのような場所に置いておくとは、些か配慮が足りないと言わざるを得ない。己が身を恥じよ」

「す、すみません! 直ちに!」


 そしてなぜなのか、アリーシャの枕と化していたキンちゃんからご指摘を頂いてしまう。しかし、言ってる事は尤もだ。一切反論できぬ。よし、優先順位をこうしよう。アリーシャを紳士に運ぶ、サンドラの飲酒を止めて寝かす、ダリウスは錆びないようによく拭いとく! ゼラは――― 何か視線的な圧を感じるし、一先ずは放置! 空き皿やらの洗いと片づけでフィニッシュだな!


 と、そんな算段を立ててからの俺の行動は早かった。キンちゃんを抱かせたままアリーシャをベッドへ、言う事を聞かないサンドラを何とか寝かしつけ、ダリウスを皿洗いのついでに清潔に! 刃が長くなった分、洗うのが大変なんじゃこなくそう! ただ、拭く度にフガフガ言うところのはちょっと面白い。


「うぷ……!」


 うっ、急に吐き気が。そうだ、そうだった。頑張るのは良いが、俺だって酔っ払いには違いなかったんだ。つか、白の空間では癒される筈だったのに、こっちでもかなり労働しているような気がする。おかしいな、どうしてこうなった?


「ふむ、確かに青野菜のおつまみは欲しいかもですね…… ベクト、オルカにそちらも融通してもらえないか、聞いてみては如何でしょうか?」


 フガフガ言うダリウスソードの手入れをしている俺に、ジャーキーを頬張っていたゼラがそんな事を言った。


「お前、またつまみの話か。まあ、さっきの材料の話の続きでもあるけど――― って、そうだった! 俺、オルカにまだ連絡していなかったんだ! ゼラ、ちょっと外出てオルカに報告して来るよ。今回の探索、色々あったしさ」

「承知致しました。それでは私は、この場の死守に傾倒すると致しましょう」

「……できれば空になった空き瓶、片付けてほしいんだけど?」

「前向きに検討します」


 それ、日本で言うところのお断りを示す台詞じゃない? 表向きは検討だけして、裏で酒を全力で楽しむ気じゃない?


「ハァ、まったく…… せめて、二日酔いにだけはならないでくれよ? 案内人が潰れると、探索にも行けなくなるみたいだからな」

「その点はご安心ください! それだけはならない絶対の自信がありますので! フフフのフ~」


 胸を力強く叩き、これまた力強く頷いてみせるゼラ。一度、彼女に禁酒を命じた方が良いだろうか?



    ◇    ◇    ◇    



 猫屋から外に出て、アリーシャの花畑の中央まで歩いていく。連絡前の酔い覚ましに、なんて思っていたんだが、この空間に夜や風なんてものはなく、辺りは真っ白で大変に明るい。さっきまで酒を飲んでいた感覚がおかしくなっちまうな。まあ、僅かに食い過ぎ飲み過ぎの気持ち悪さは収まった気がする。今のうちに連絡しておこう。


「あー、あー…… オルカ、聞こえるか?」

「む、その声はベクトか? 無事に白の空間こちらへ帰って来れたようだな。実に喜ばしい事だ。で、探索はどうだった? あの範囲の探索であれば、迂闊な油断をしたり余程の不幸が重ならない限りは、まず大丈夫だったと思うが」

「えー、あー、うー……」


 今回の場合、どうなんだろうか? 俺としては油断はしていなかったつもりだし、恐らくは後者に当たると思うんだが。


「うん? どうした? もしや、何かあったのか?」

「じ、実はだな―――」


 嘘偽りなく、正直に真っ向から探索で起こった出来事を伝える。罠に嵌り、オーリー男爵と出会い、協力して大黒霊を倒し、命からがら下水道を脱出した、と。オルカは途中で驚き声を上げるような事もせず、静かに俺の話を聞き入っていた。


「―――という事があったんだ」

「………」

「……えと、オルカ?」

「あ、ああ、すまない。怒涛の情報に少々、いや、かなり驚いてしまってな」

「オルカとしても、やっぱりそう思うか。でも、すまん。ちょっとした女神像探しの筈が、俺の不注意でこんな事になってしまって」

「いやいや、別にベクトを責めている訳でも、ベクトのせいという訳でもないんだ。それを言ったら、罠に嵌って屍街まで転移した私も立つ瀬がない。むしろ、そんな状況に陥ってから、無事に生還できた点を褒め称えたいくらいだ」

「ハハハ、色々と奇跡的に上手くいって生き永らえたよ……」


 俺としては笑えないけど、本当に奇跡だったと思う。


「しかし、罠がある筈のない第一のエリアで落とし穴が作動し、その先で人の好い協力的な探索者と出会い、初見の大黒霊戦を私の助言なしで突破してしまう、か…… ベクト、やはり君は探索者としての才があるよ。良い悪い含めて運を持っているし、それに見合う判断力、土壇場での胆力がある」

「お、おう? 急にどうしたんだ?」

「私の忌憚のない意見だよ。今回の探索はベクトにとって大変に危険なものだった。が、それに見合うほどの実りもあった筈だ。次の探索での君の成長振りに期待しよう」

「……ああ、頭がパンクするくらいの実りがあった。色々と話をしたい事もあるからさ、俺も次の探索が楽しみだよ。あ、そういやオルカんとこの案内人、二日酔いから無事に生還できたのか?」

「ああ、ジレか。あれから大分良くなりはしたが、最低でもあと一日ほどは休ませておきたい。本当であれば今直ぐにでもベクトの力を確認したいのだが、無理をすればどうなるか分からないからな。ああ、早く確かめたいのに……!」


 顔は見えなくとも、オルカが途轍もなく我慢している姿が目に浮かぶ。本当に指導者気質なんだな、彼女は。あと、やはりドワーフ殺し、恐るべし。

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