第二章 霧裂魔都編

第42話 ちょっと豪華で騒がしい宴

「よーし、手にジョッキは持ったな?」

「アリーシャはジュースね~」

「持ったー!」

「別に酒瓶を直にでも構いませんよね?」

「え? ま、まあ良いけど……」

「それがドワーフ殺しじゃなくて安心しとるワシ」


 俺達は集った。どこに? もち、大猫の飲屋である。いつもの丸テーブルを皆で囲い、思い思いの飲み物を樽ジョッキに注ぎ(一部直にだが)、サンドラお手製の料理を並べる。用意はできたか? よし、なら早速祝宴を始めよう。


「祝、大黒霊討伐! 勇者ベクトおめでとう!」

「お兄ちゃん、おめでとう! 凄い凄い!」

「ベクト、おめでとうございます。今後の充実した飲酒生活の為にも、これからも頑張ってくださいね」

「相棒、不測の事態続きの探索であったが、今回もよくやった。まあ九割ほどはワシのお蔭って感も否めないが、残り一割については素直に褒めたいと思う。フハハ!」


 ありがとう、皆ありがとう! ゼラとダリウスには一言申したいけど、今日くらいは見逃す度量を見せちゃる! それに、今言うべき言葉はこっちだろ!


「おいおい、気が早いって。まずは――― 乾杯だぁーーー!」

「「「「かんぱーい!」」」」


 何はともあれ、まずは乾杯から。カァーンという樽ジョッキ特有の心地良い音が響き、笑顔が溢れる。早速酒を飲み干す者、いつもよりも手の込んだ料理を堪能する者、俺の背を思いっ切りバシバシと叩く者と、誰が誰なのかは想像にお任せするが、皆が皆この祝いの席を楽しんでいた。


「相棒よ、ちょっくらワシの剣身に酒を垂らしてくれんか? ああ、ジョッキの中にそのまま剣先を突っ込んでくれても構わんぞい」

「……折角の新しい姿、錆びたりしない?」


 ま、まあ楽しみ方は人(剣?)それぞれだし。取り敢えず、言われた通りダリウスソードを酒風呂の中に入れてやる。ドワーフ殺しで良い? あ、駄目?


「ベクトよ、大黒霊を倒したそうではないか。どうやらそれなりの才はあったようであるな」

「あっ、殿」

「誰が殿か!」


 風呂桶代わりの樽ジョッキに良さ気な酒を注いでいると、いつの間にかテーブルの上に移動していたキンちゃんが、俺に話し掛けてきた。相変わらず酒瓶を肘掛けに使っておられる。


「まったく、才はあるようだが余に対して畏敬の念が足りぬぞ」

「も、申し訳ありません。口が反射的に動いてしまいまして……」

「フン、まあ良い。此度はベクトに、献上品に対する礼を知らせに来たのだ。光栄に思うが良い」

「献上品、ですか?」


 はて、キンちゃんに何か土産を渡していたっけか? 確かに以前、キンちゃんのお眼鏡に適うものを持ってきたら、預かり可能な霊刻印の数を増やしてくれるとか、そんな事は言っていたけど。


「何だ、もしや自覚がないのか? あれだけ活きの良いネズミを捕って来たというのに、欲のない奴め」

「ネズミ…… って、もしかして俺が倒した大黒霊の事ですか!?」

「その通りだ。確か名は死病振り撒く鼠災そさいという、ネズミにしては大層なものだったか。うむ、実に余の献上品として相応しい供物である。改めて褒めて遣わすぞ」

「そ、それは、どうも……」


 キンちゃんへのお土産、てっきり何かを持って来る必要があると思っていたけど、どうやらそうではなかったらしい。キンちゃんが欲していたのは、彼のお眼鏡に適う黒霊だったのだ。


「しかし、猫にネズミか。ああ、言われてみれば、なるほど……」

「どうした?」

「いえ、何でも!」


 誇り高い(?)キンちゃんの事だ。普通の猫扱いされるのは嫌うだろう。まあ、アリーシャが相手だとアレだけど。


「……? まあ良い。以前にも言ったが、褒美とは余が保管してやれる霊刻印の数の事よ。今までは二枠を限度としていたが、これを機にもう二枠を加え、全部で四枠まで預かってやろう」

「ッ! た、助かります、キングさん!」

「フッ、そうだろうそうだろう。もっと敬うが良い」

「何々、キンちゃんがどうしたの? あっ、お腹に隙あり!」

「ふにゃにゃん♪」


 俺がキンちゃんに平伏していると、その横からアリーシャが奇襲を仕掛け、キンちゃんを瞬く間に制圧してしまった。彼女の魔法の指にかかれば、如何に尊大な殿も一発よ。


 しかし、このご褒美は今の俺にとってマジで有益なものだ。大黒霊の黒ネズミ、今回あいつを討伐した事で、俺は新たに『感染』、『格納・屍』、『増殖』のレベル3という高品質霊刻印を手に入れた。更にはダリウスが進化した事で、魔具に刻める霊刻印数も一つ増えた。 ……が、それでも枠が足らず、現在所持している霊刻印、或いは新たな霊刻印の中から、2つを諦めなければならない状態だったんだ。キンちゃんが保管枠を増やしてくれたお蔭で、何とか捨てる選択肢を取らなくて済んだ訳である。


「殿、存分にアリーシャのわしゃわしゃを堪能してくださいね!」

「にゃ、にゃにおおぉぉ~~!」

「それぇ!」


 キンちゃんに心から感謝する俺は、この至高のひと時を邪魔してはいけないと、紳士にこの場を去るのであった。いやまあ、同じテーブルを囲んでいるのだから、ただ席に座っただけなのだが。


「という訳でゼラ、今回入手した霊刻印の行き先が決まったんだけどさ」

「ングングング――― ぷはあっ! やはり仕事明けと言ったらこれですね、これ。 ……あ、今何か仰いましたか?」

「……ううん、何でもないんだ。良い飲みっぷりだなと思って」

「フフッ、急にどうしましたか? ベクトも一杯いっときます?」

「いや、それ一杯じゃなくて一瓶だから」


 ゼラの近くには、既に空の酒瓶が列をなしている。彼女はすっかりオフモードに入っているようだ。酔いの勢いで霊刻印の保管先を間違えられたら困るし、その作業は後にしてもらうかな。保留している分の判断は、次の探索までに決めれば取り敢えずは大丈夫だとか言っていたし。


それよりもほら、ベクトは私が作った料理こっちを食べなよ! 今日のはベクトの為に、相当気合いを入れて作ったからね。さあ、たんとお食べよ!」

「お、おおうっ!?」


 そう言ったサンドラは、俺の前に山盛りの料理を並べていった。確かに、どれもこれも香りから食欲をそそる。空腹をこれでもかと刺激する。けど、何か肉料理が多くない? ここにあるものを弁当に詰めたら、それだけでパワー系の男の子弁当ができてしまいそうだ。兎にも角にも緑がない。


「こいつは美味そうだ。けどサンドラ、サラダ的なビタミンやミネラルが見えないようだけど?」

「サラダ? ハッハッハ、何いってんだいベクト。サラダならそこにあるだろう?」


 笑いながらサンドラが指差した先には、てんこ盛りのマッシュポテトが。一口食べてみる。うん、こいつは美味いぞ! パクパクいける! 他の肉料理も絶品だ! 俺は素直にサンドラの料理の腕を褒め称える。


「それはそれとして…… もしかしてなんだけどさ、酒場の野菜ってマジで芋しかない?」

「ないねぇ。ほら、猫屋の客って冒険者やら兵隊さんが多かったし。メニューに置いても、頼む客が殆どいなかったんだよ」

「なるほど、それで最終的に芋のみが残ったと」

「お芋美味しー!」


 キンちゃんの討伐を終えたアリーシャが、美味しそうにマッシュポテトを頬張っていらっしゃる。しかし、そうか。猫屋には冒険者向けのパワー系食材、そしてゼラも満足な豊富な種類の酒もあるが、圧倒的なまでに野菜が不足していたのか。衣食住が確保できたからこその贅沢な悩みだが、やっぱり野菜も確保したいよなぁ。どこかで野菜の種を入手しアリーシャに託すか、それとも救出した青霊に野菜畑を期待するか――― うん、どっちにしたって先の長い話になりそうだ。

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